14話 魔王様は魔女様の代わりに泣く
私が物心つく前から塔に幽閉され、幼い頃は顔も見えない謎めいた人に身の回りのお世話をしていただけてはいたものの、六歳か七歳の頃には彼らも来なくなり、自分で全てやらないと生きていくことが出来なかったこと。
彼らが去る前に泣きついて、「どうして私はここで生きて行かないといけないのですか?」と尋ねた時、初めて彼らから一通の手紙を渡され、その中に私が忌み子だから本当なら生きていてはいけないとの旨の真相を知ってしまったこと。
世界を恨み、深い絶望の中で死を考えていた時に、考えなしのまま【制約】を自分に課してしまったこと。
王女であるにも関わらず、国民はおろか親の顔も分からないまま、誰にも会えず十六年間を塔の中で過ごしたこと。
そして、十六歳の誕生日の日に、シリア様に出会えたおかげで運命が変わったこと。
話にまとめても語ることがない私の空虚な人生に、自虐気味に少し笑ってしまいます。
「――と、つまらない話になってしまいましたが、私の生い立ちは以上です」
話し終えた私が一息入れ、二人の反応を伺うと。
「……こんな非道な仕打ち、他にありまして? 幼い我が子を忌み子と称し、亡き者として扱うなんてありえませんわ」
「仮にも王家の愛娘であるシルヴィ様を、こんな……。自分が忠誠を誓っていた王家は、こんな腐敗しきっていたのか……?」
顔に影を落とし、怒りと悲哀に満ちた声色でそう感想を述べていました。
少し暗くなり過ぎた雰囲気を和ませるため、私は軽く補足を入れることにします。
「で、でも、私の両親か親切な貴族の方かは分かりませんが、私が死なないようにと物資を送ってくださっていましたし、それなりに大切にされていた――」
「それは大切にされているとは言いませんわ!!」
「……と、思って……いました……」
あまりの剣幕で怒鳴られ、尻すぼみになってしまいます。
レオノーラは立ち上がり、私の両肩を掴んできました。
「いいですことシルヴィ? 如何な親であろうと、我が子は愛しいものなのです。例え子に罵倒されようと、邪険にされようとも、それすらも愛しく感じられるもの。親の愛という物は、我が子を孤独死に追い込むようなものを指すものではありませんのよ!?」
「で、ですが、それでも私が生きていくために食料とかを……」
「そんなの家畜同然ですわ!! 食料や物資だけ寄越せば親の責務を果たせていると思いますの!? 違うでしょう!?」
私には、何故レオノーラがこんなに怒っているのかが分かりません。
確かに塔で幽閉され、孤独な日々を送ることを強いられていたのは事実ですが……。
困惑しながらレオノーラを見返していると、彼女は怒りの色を浮かべていた顔色を変え、今度は可哀そうなものを見るような表情で私に問いかけてきます。
「シルヴィ。貴女、本当に分かりませんの……? 私が憤っている理由も、言葉の意味も……?」
「ごめんなさい……。私が不快にさせる発言をしてしまったのかもしれない、ということしか分かりません……」
「……っ!」
私の返答を聞いたレオノーラは、突然私を強く抱きしめてきました。
今度は一体……と尋ねようとすると、私の肩の上に乗せられている彼女の顔から、小さく嗚咽が聞こえていることに気が付きました。
「レオノーラ?」
「ぐすっ……。今はもう、何も言いませんわ。ですがシルヴィ、ひとつだけ約束くださいませ。貴女がいつか、本当の意味で成長した時……。その時は、私の元へ訪れて改めて答えを聞かせてくださいまし」
泣きながらそう言うレオノーラの言葉の意図は、よく分かりません。
ですが、彼女の言葉の端から優しさに似た何かを感じられます。
私はレオノーラに頷き、そっと彼女の背中に手を回しながら答えます。
「分かりました。その時が来たら、必ずレオノーラに会いに行きます」
「絶対ですわよ? 忘れなどしようものなら、シルヴィの森を焼きに行ってしまうかもしれませんわ」
「そ、それは困ります……。絶対行きますので、安心してください」
「……ふふ、冗談でしてよ。その時を楽しみに待っておりますわ」
涙の跡が残る顔を私に見せ、柔らかく微笑む彼女に私も微笑み返します。
そんな私達を見守っていたコレットさんが、御者台から小さく笑みを浮かべながら声を掛けてきました。
「魔王様、シルヴィ様。落ち着かれましたら、窓の外をご覧ください。もう直に目的地である魔獣園に着きますよ」
コレットさんの声に、二人で窓の外へと視線を送ります。
気が付けば石造りの建物が立ち並ぶ商業区はとっくに抜けていて、少し開けた石畳の道路の先には何かを覆うかのような高い壁が、滑らかな曲線を描きながらそびえ立っていました。
「あそこは、どういった場所なのですか?」
「魔獣園はその名の通り、魔族領で生息している魔獣を飼いならし、危険性を無くした魔獣と触れ合いを楽しめるテーマパークです。人間領で動物を見る機会に恵まれなかったシルヴィ様でも、きっと楽しんでいただけると思いますよ」
「うふふ! 中には手のひらサイズの小さな魔獣から、貴女の背丈の三倍はあるものもいましてよ? 手のひらサイズのは、膝に乗せたりすると頭を擦り付けて甘えてきますの。それがもう可愛すぎて可愛すぎて! シルヴィも悶えること間違いなしですわ!」
近づくにつれて、中から子どもや女性が楽しそうに声を上げているのが聞こえてきます。
それにしても、三倍以上ですか……。となると、メイナードよりも大きいのでしょうか? そちらも気になりますが、手のひらサイズの魔獣が甘えて来るというのがとても気になってしまいます。
手のひらサイズの動物というと、真っ先に思い浮かぶのはシリア様――いえ、猫です。きっと図鑑で読んだように、にゃあにゃあと鳴きながら遊んで欲しいと甘えてくるのでしょう。それが膝の上に乗ってきて、撫でてと言わんばかりに頭や体を擦り付けて来る……。ちょっと理性が耐えられないかもしれません。
「まぁシルヴィ! 貴女もそんなだらしのない顔をしますのね!? 連れてきたかいがありますわ!」
「し、してないです! してません!」
「そうやって顔を隠しても無駄でしてよ? 魔王たる私にかかれば、貴女が何と考えているかなんて読むことくらい容易い――」
「レオノーラ! それはズルいです!!」
「んん~……うふふ! 猫はいませんが、猫に似た魔獣なら沢山いましてよ! 貴女が描いていたように、体全身で甘えてきてくれますわ!」
「やめてくださいー!!」
「きゃあ~! シルヴィという魔獣に食べられてしまいますわ~! コレットぉ、助けてくださいませ~!」
「ははは! 魔王様、シルヴィ様、御戯れもほどほどにお願いします。車体が揺れてしまいますので……」
そんなやり取りをしながら、私達を乗せた馬車は魔獣園の壁の内側へと吸い込まれていくのでした。




