12話 魔女様は城下町を散策する(後編)
レオノーラと食べ歩きを楽しみながら、私達の城下町散策はまだまだ続きます。
ある服飾店の前を通りかかった時には。
「シルヴィ、こちらなんていかが? 貴女が着ている魔女の服のコンセプトに似てましてよ」
「これは動きやすそうですね……。マントとローブが一緒になっているのでしょうか?」
「防寒用に、内側は別の素材で出来ておりますの。素材も軽いからと、魔族の冒険者にも人気のある品ですわ」
「魔族にも冒険者という職業があるのですか?」
「えぇ。人間の領土での職業とイメージが強いのは分かりますが、魔族領でも未開の地はところどころありますの。そう言った地域に財宝とロマンを求めて、冒険者同士でパーティを組んで冒険に出る者も少なくはありませんわ。ほら、これとこれを組み合わせて、こうすれば……。うふふ! 見た目だけは貴女も冒険者ですわ!」
「なるほど、冒険者の方々はこういった格好なのですね……。ですが、私は危険を冒したい訳ではないので、これは遠慮しておきます」
「んもう、保守的ですわね! まぁいいですわ……。もし? こちらをいただけるかしら」
私の着せ替えを楽しみながらレオノーラの買い物をしたり。
また、ある雑貨店の前を通りかかった時に。
「わぁ……綺麗な宝石ですね」
「それは“蠱惑の瞳”と呼ばれるマジックアイテムですわ。敵対する対象に使うと、所有者の技量によって対象を誘惑して戦力を削ぎ落すという代物ですの」
「誘惑、ですか?」
「えぇ。相手が殿方であれば、貴女を好きで好きでたまらなくなるくらい魅了させられるかもしれませんわね。シルヴィは戦闘向きではないのですし、保険に持っておいたらいいのではなくて?」
「使うときはあるのでしょうか……」
「まぁこれに頼らずとも、その姿ならばこうして胸元を強調させて、こう投げキッスを飛ばすだけで適当な殿方程度なら墜とせそうですけど」
「な、ななな、何を言ってるんですか!?」
「冗談ですわ! そこまで顔を真っ赤にしないでくださいまし。あぁ、そこの貴方。こちらをいただけますこと?」
レオノーラにからかわれながら、マジックアイテムを買ってもらったり。
噴水のある広場で一休みしようとしたところへ、旅の芸人さんがやってきて。
「そこの愛らしいお嬢さん方。良かったら私の芸をご覧になりませんか?」
「あら、私達は目が肥えてましてよ? それでもよろしくて?」
「えぇ、えぇ。ぜひご満足いただける芸をご覧に入れて差し上げましょう。……では、こちらをお持ちになってください」
「これは……トランプですか? ハートのAのようですが」
「はい。そちらのトランプにある絵柄を、カードの中から取り出して見せます。行きますよー……?」
「わ、わわ!? レオノーラ! カードの中から徐々に風船が!!」
「まぁまぁ! これは中々に面白いものですわね!」
「ふふふ。今取り出したこちらの風船、ただの風船ではございません。こちらの風船を割ると……」
「きゃっ!? ……あっ!? 中から白い鳩が出てきました!!」
「これぞ、我がイリュージョンでございます。いかがでしたでしょうか?」
「ふふっ! 素晴らしい腕でしたわ。チップはこちらでよろしくて?」
「ありがとうございます。近々、隣町で大きなサーカスを行いますので、ぜひお越しになってください」
思わず拍手を送ってしまうほど素晴らしい手品を見せて頂いたりと、楽しく時間が過ぎていきます。
レオノーラに買ってもらったジュースを一口飲み、息を吐いて街並みを眺めていると、隣で同じものを飲んでいたレオノーラが話しかけてきました。
「いかがです? まだ全体の七分の一も案内できてませんけれども、いい街でしょう?」
「はい。街の皆さんも楽しそうに過ごしていて、活気溢れるいい街だと思います」
「ふふっ! そう言っていただけて嬉しいですわ!」
そう言いながら付け合わせで買ったチップスを咀嚼し、私の口元にもそれを差し出してきました。
彼女の細い指先からチップスを食べさせてもらうと、レオノーラは楽しそうに笑います。
釣られて一緒になって笑顔を浮かべた私に、「そう言えば」とレオノーラが尋ねてきました。
「先ほど、“こうした街に入ったのが初めて”と言っておりましたけど……。出身はどこか田舎町だったんですの?」
その質問に、私は体を強張らせてしまいました。
つい感情が高ぶって、街に入るのが初めてだと口を滑らせてしまいましたが、詳しい話をしてしまうと私が人間領の王族の人間だと知られてしまいます。
大昔とは言え、敵対していた人間の王族の血を引いているなど知られたら、友好的なこの関係もあっさり断ち切られて、見る目を変えられてしまうかもしれません。
答えに迷っていると、小さく笑ったレオノーラが申し訳なさそうに謝ってきました。
「……なんて、魔女である貴女に聞くのはよくないことでしたわね。困らせてしまって、申し訳ありませんわ」
「い、いえ! 謝るほどのことではありません! ただ、ちょっと言いづらい内容だったので……」
「誰にでも秘密のひとつやふたつくらいありますわ。私なんて口に出すのも憚られる秘密が沢山ありましてよ?」
魔王であるレオノーラがそう言うと、本当にとんでもない秘密がありそうな気がします……。
これ以上はこの話はしないようにしようと思い、私は無理やり話題を切り替えることにしました。
「そ、それよりも! もし他の区域で名物となるような何かがあれば、そっちも見てみたいです!」
「えぇ、もちろんですわ。我が城下町はこの程度の魅力には収まらないことを、滞在中でたっぷりとお伝え差し上げましてよ!」
すくっと立ち上がったレオノーラが、私の手を取って立ち上がらせました。
彼女は顎に指を当て、少しだけ思索する様子を見せると、やがて何かを思いついたように私に提案してきます。
「シルヴィ。貴女、動物はお好きですこと?」
「動物……。あまり間近で見たり触れたことは無いですが、嫌いではないです」
「動物を見ないって、本当にどんな生活を送っておりましたの……? まぁいいですわ。それでしたら、少し移動して動物に癒されに行くことにしましょう」
レオノーラは私の手を引きながら歩き始め、大通り沿いにあったポツンと立っている看板の前で足を止めました。
そして、その看板に埋め込まれていた白い水晶に手をかざし始めます。
「レオノーラ、これは何ですか?」
「これはエヴィル・ホースを使った魔族流の馬車乗り場ですのよ。こうして魔力をかざして、待っていることを伝えると――あぁ、来ましたわ」
私の背後を見ながら言うレオノーラに釣られ、後ろを振り向くと。
少し離れたところから、私の背よりも高い薄水色の馬のような魔物が客車を引きながら、こちらに向かって歩いてきています。ですが、その馬の毛並みは蒼く揺らめいていて、よく見ると馬の足先にはモヤが掛かっています。
この世のものとは思えない雰囲気に呆然としていると、その馬は私達の横に止まりました。
「お待たせいたしました、魔王様。二名様でよろしいでしょうか」
「えぇ」
レオノーラの物ではない、凛とした女性の声が聞こえ、周囲をキョロキョロと探してしまいます。
そこへ、再び同じ声が聞こえてきました。
「あぁ、失礼いたしました。今、姿をお見せいたします」
女性の声は、誰も座っていない御者台の方から聞こえた気がします。
じっと御者台を見つめていると、御者台周辺が若干歪み、女の人の姿が現れました。
その人は、本物を見たことが無い私でも一目で分かるような女性の騎士の恰好をしていました。
銀色の甲冑は無数の傷がついていて、ところどころ金の装飾も剥げてしまっているくらいにボロボロになっています。
ですが、それこそ騎士としての勲章であると思わされてしまうのが、また不思議な感覚です。
彼女は肩に垂らしている灰色の三つ編みを揺らしながらこちらに顔を見せると、澄んだ水色の瞳を柔らかく細めて私達に挨拶をしてくださいました。
「そちらのお客様は初めましてですね。自分はアンデッド族の首なし騎士、コレットと申します」




