10話 魔女様はバニーガールになる
部屋に戻り、しばらく時間がかかりそうな気がしたので、チョーカーを身に着けて兎人族の姿を取っておくことにします。
ドレッサーの鏡に映っている自分の姿は、髪の色や体型こそ違えどペルラさん達と違わないものです。
自分の顔を可愛いと思ったことはありませんでしたが、長い兎の耳の生えている鏡の中の私は、いつもよりは愛嬌があるように見えます。
両手の指で口端を上に持ち上げ、ペルラさん達がよく浮かべている喜色満面の笑みをしてみると、心做しか少しだけ可愛いと思えました。
「……私は何をしているのでしょう」
自分らしくない行為に自虐的に笑っていると。
「あら、私は可愛いと思いますわよ?」
「ひゃああああああ!?」
いつの間にか部屋の中にいたらしいレオノーラが感想を述べてきました。
慌てて振り返ると、レオノーラの隣には何着か腕に抱えている給仕の方もいらっしゃいます。
「み、見なかったことにしてください……」
「何故ですの? 鏡を見ながら笑顔の練習をするのは、女の嗜みでしてよ? 気にすることなどありませんわ」
「はい。魔王様の仰る通りでございます、魔女様」
「い、いえ! 普通の女の子ならそうかもしれませんが、私は可愛くないですし……」
「あら、シルヴィで可愛くないと言われては、街娘が嫉妬に狂って襲って来ますわよ?」
そう茶化しながらレオノーラは私に歩み寄り、そっと顎に手を当てて私の目を覗き込むようにしてきました。
「この左右で色の異なる瞳も、シルヴィが持つ魅力のひとつでしてよ。それに、あまり自分を卑下にすると、中身まで可愛くなくなりますわよ?」
「魔女様は、もう少し自信を持たれてもよろしいかと。こちらに魔王様が見繕って下さったお召し物がございますので、ご自身の可愛らしさと併せてご確認くださいませ」
給仕の方は、手に持っていた服をベッドの上に並べ始めました。
シンプルなワンピースに、至る所にフリルが着いているドレス。レナさんの魔女服に似ている学生服のような服に、ディアナさんが着ているような機能優先のポケットの多い服など、レパートリーは様々です。
どれも着たことが無い種類なので頭の中で着せ替えながら悩んでいると、「私はこれがオススメですわ!」と一着の服を手に取って私に見せてきました。
それは、服と言っていいのでしょうか。
胸元が強く主張され、股部分は足の付け根に沿って三角形になっています。
裏返された背中側はほぼ布地がなく、大きく開かれた背中の腰元には、私の兎の尻尾を入れる穴が付いているだけです。
「それは……服、なのですか?」
「えぇ! 歴とした、ある店で働く兎人族の仕事着でしてよ!」
「そちらに、この網タイツを合わせることで正しい仕事着となります」
常識ですと言わんばかりに網タイツを持ち上げる給仕の方。
もしかして、ペルラさん達も魔族領の店ではこれを着ていたのでしょうか……。
「さ、流石に仕事着を着て街を歩くと言うのも変な話ですし、他の物で……」
「別に変でもありませんわよ? 店のサービスとして、指名した兎人族を連れ歩いてデートを楽しむ事も出来ますから、割と見る光景ですわ」
「はい。本日は火の日ですので、魔王様が仰る店も営業中です。ですので、仮に魔女様がこちらをお召しになったとしても、また魔王様が店で遊んで来たとしか民には思われません」
国の長たる魔王が街を遊び歩いていると言うのは、それはそれでどうなのでしょうか。
「シルヴィ、その顔は何ですの? まさか、私が行政を蔑ろにして遊び歩いているのかと思ってはおりませんわよね?」
「そ、そんなことは思ってません!!」
「口では否定しても、露骨に顔に出ておりましたわよ。良いですわ、そんなことを考えるシルヴィには罰を与えることに致します。キリエ、シルヴィをそれに着替えさせなさい」
「かしこまりました。魔女様、失礼致します」
「ま、待ってください! 謝ります! 少しだけ考えました、すみませんでした!!」
「やはり考えてましたわね! キリエ、容赦なくやってしまいなさい!!」
「えぇ!? 引っ掛けだったのですか!? あっ、待ってください! ホントに嫌です、まっ――きゃあああああああ!!」
数分後。あれよあれよと着替えさせられてしまった私は、レオノーラの視線から両手で身を隠すようにしながら抗議の声を上げます。
「こ、こんなの服じゃないです!!」
「うふふ! とても似合ってますわよシルヴィ!!」
「はい。魔王様の仰る通り、他の兎人族にはないプロポーションが魔女様の魅力を際立てております」
今にも剥がれそうな胸元もそうですし、お尻も強調されていてどこを隠したらいいか分かりません……!
涙目でレオノーラを睨むと、声を上げて笑われました。
「そんな目で睨まれても、嗜虐心を唆るだけですわよシルヴィ! なんと可愛らしい……あぁ、そう言えば貴女、ウィズナビと言う通信アイテムをお持ちでしたわよね。貸していただけますこと?」
「ウィズナビなら私の服のポケットに――待ってください、何をするつもりなのですかレオノーラ!?」
私のポケットからウィズナビを取り出して起動させたレオノーラは、悪戯を楽しむ子どもの笑みを浮かべて答えました。
「せっかくですし、シリアに貴女のその姿を見て頂こうと思いまして。ええと、これが撮影かしら」
「いやああああああ!? やめてください! それだけは、それだけは本当にダメです!!」
「うふふ! 兎人族の体で私に逆らおうなんて無駄ですわ!! “バインド”!!」
取り返そうと手を伸ばした私に、レオノーラは魔法を放ってきました!
何があっても護るって約束してくれたばかりなのに、あなたからそういう事をするのですか!?
普段私が使う拘束魔法に似た拘束を用いられ、レオノーラに手を伸ばしたままの体勢で身動きを封じられました。
そんな私に顔をにやけさせながら、撮影機能を使って私の全身をパシャパシャと撮影し始めます。
「私達が使うものとは異なりますが、これはこれでいいモノですわね! シルヴィ、こちらを見てくださいな!」
「もうやめてくださいー!!」
私の懇願も虚しく、拘束が解除されたのはシリア様達にその写真が送信されてからでした……。




