9話 魔女様は外出着を準備してもらう
翌朝。主人であるレオノーラを起こしに来た給仕の方の悲鳴で、私達は目を覚ましました。
「ま、魔王様!? 何故魔女様と寝床を共にされているのですか!?」
「ふぁ……。うふふ、そのような事を聞くなど無粋でしてよ。見れば分かるでしょう?」
「全く持って理解できませんが!」
「まぁ! では私の口から言わせるおつもりですの? 魔王たるこの私に?」
混乱する給仕の方をからかい続けるレオノーラ。
赤面しながらさらに困惑する様子が不憫に思えてきました。
「すみません。私が無理を言って、一緒に寝て欲しいとお願いしたのです。誰かと一緒でないと寝れない体でして……」
一緒に寝て欲しい。で言葉を止めようと思いましたが、昨日の夜の二の舞になると考え直して付け加えます。
それは無事に給仕の方に伝わったようで、安堵の表情を浮かべながら息を吐いていました。
「あぁ、左様でございましたか……。魔王様の事ですので、遂に魔女様に手を出されたものかと勘繰ってしまいました」
……レオノーラ、あなたはもしかしてフローリア様と同じタイプなのですか?
給仕の方の発言から普段のレオノーラの様子が伺えてしまい、少し冷ややかな視線を向けていると、当の本人が恥ずかしそうに頬に手を当てながら言いました。
「嫌ですわ。私、そのような趣味はありませんのよ?」
「失礼ながら魔王様。それは日頃のご自身の行動を、今一度見つめ直してから発言いただければと思います。……お話は変わりますが、間もなくお食事の用意が整いますので、お召し物をお着替えください」
レオノーラの態度に慣れているらしい給仕の方は、艶やかな黒髪を揺らしながら一礼すると、私たちに背を向けて部屋から出て行きました。
訪れた静寂にちょっとだけ不安になった私は、自身の服の乱れなどが無いか確認します。
「もう、真に受けないで下さいまし! 私、寝込みを襲われることはあっても、自分から襲う趣味はありませんのよ?」
「ごめんなさいレオノーラ。その言葉と似た事をよく口にする人を知っているので、全く信用がありません」
「あ、あんまりですわー!!」
昨夜の夕食よりはかなり少なめに用意していただけた朝食を食べ終え、食後のお茶を頂いていると、レオノーラが私に提案してきました。
「そうですわシルヴィ。せっかくですし、魔族領の見聞を広める為にも城下町を見廻りませんこと?」
「城下町……ですか?」
「えぇ。我が魔王城を置く、魔族領最大の街ですわ。きっと気に入って頂けると思いますの」
魔族領の首都とも言える城下町。
それほど大きな街ともなれば、魔族の方々の暮らしや文化なども見ることが出来そうです。
それに台所を預かる身としても、魔族領の料理にも興味がありますし、本や話で学ぶより舌で学んだ方が為になる気がします。
「ぜひ案内をお願いしたいです」
「もちろんですわ! 魔族領の良いところを、これでもかと紹介させていただきますわ!」
嬉しそうに顔を輝かせるレオノーラに釣られて微笑んでから、ふと魔女の暗黙のルールを思い出しました。
そう言えば魔族と魔女は関係を絶っていましたし、いつもの姿で散策するのは良くないのではないでしょうか。
「街を歩く時は、兎人族の格好をした方が良いでしょうか?」
「私が同伴するので問題はありませんが、万が一のトラブルは避けるべきですわね。シルヴィには少し不便を掛けることになりますが、あの魔道具を使っていただけます?」
「分かりました。でもあのチョーカーには欠点がありまして、使用中は私は魔法を使えなくなるのです。なので、何かあった時はレオノーラに頼る事になりますが……」
私の言葉に、レオノーラはクスクスとおかしそうに笑いだしました。
そして両手を組んで顎を乗せると、瞳を細めながら言いました。
「シルヴィ、私はこれでも魔王でしてよ? たかが兎人族一人を護るくらい、美味しくお茶を入れるより容易いですわ」
「す、すみません! レオノーラの事を信頼していない訳ではなく、私が荷物になると言うことを言いたくて……」
「ふふふっ! 冗談ですわ。何があろうと貴女の事は護って差し上げますので、ご安心あそばせ?」
レオノーラは残っていたお茶を飲み干すと、席を立ちました。
「さて……では、貴女の分の外出着を用意させてきますわ。お茶に飽きたら、客室の方で待っていて下さいまし」
「えっ、私の服ならここに来た時のが……」
「あの服は魔族領ではあまり見ないデザインですから、人目を引いてしまいますの。ですから、魔族領を歩いても違和感の無い服が必要なのです」
レオノーラはそのまま扉の方へと向かっていき、昨日自室から出る時のように顔だけ振り向かせ、何故かニヤリと笑みを見せました。
「あぁ、ご安心くださいまし。貴女のスリーサイズは既に測定済みですわ」
「えぇっ!? い、いつ測ったのですか!? ちょっと、無視しないでくださいレオノーラ! 詳しく、詳しく聞かせてください!!」
私の静止の声に手で返事しながら、レオノーラは扉の向こうへ姿を消しました。
……私、本当に寝てる間に何もされてないですよね?




