5話 魔女様は取り乱す
しかし、そんな私の小さな抵抗は、呆気なく崩されてしまうのでした。
仮眠をしようと試みてからしばらく経つと、部屋の中から唐突に奇妙な音がし始めました。きっと、レオノーラさんが仕掛けた何かの音でしょう。
私は無視を決め込み、再び眠ろうとします。
ですが、物音は鳴り止むどころか少し大きくなり、まるで誰かが何かを動かしているような音に変わってきました。
流石に気になってしまい片目を見開くも、部屋の中に特に異常はありません。
もしかしたら、隣の部屋で何かをしているだけなのでしょう。それならば、家具を移動させた時にこんな感じの音が生じてもおかしくありません。
そう思うことにしようとした直後、先ほどまでは部屋の右奥側から聞こえていたその物音が、今度は私の背後の方から聞こえてきました。
勢いよく音のする方へ振り返ってみるも、やはり何もありません。
……魔王城、しかもその頂点に立つ魔王様が寝る部屋なのに、壁が薄いなんてことはあり得るのでしょうか。
少し気になり、音のした壁に耳を押し付けて音源を探ってみることにします。
かすかな音でもすれば、壁が薄いという仮説は正しいものになるのですが、不思議なことに全く音がしなくなってしまいました。
一体何が……と思考を巡らそうとした瞬間、今度は部屋の照明が唐突に落ちました。
それと同時に、首筋を何かひんやりとしたものが撫でたような感触に襲われます。
「ひぃっ!?」
真っ暗な視界の中、首筋を手で触って確かめますが、やはり何もありません。
何が起きてるのか段々と分からなくなり、内心焦り始めてきた私へ、追い打ちをかけるかのように次が来ます。
『くすくすくす……』
複数の、女の人が笑っているような声が細く聞こえ、私は体を強張らせます。
この部屋、絶対に何かがいます……!!
確かめようにも暗すぎて分からないので、明かりを灯そうと指先に意識を集中させますが、今度はその指が何かに掴まれました。
「わきゃああああっ!?」
『くすくすくす……くすくす……』
冷たい感触を振り払って数歩後退すると、何かに足を引っかけてしまい、腰を強く床に打ち付けてしまいます。痛みで小さく呻きながら腰を擦っていると、私の耳元に息を吹きかけられ、咄嗟に押さえた耳とは反対の耳元でその声が囁きました。
『可愛いお客様……一緒に、遊びましょ……?』
その声を聞いた私は、もう限界でした。
「いやああああああああああ!!」
何も聞きたくないと叫びながら、一目散に扉があると思われる方へ駆けだします。
手探りで扉の模様を見つけ、激しく叩きながら外に向けて助けを求めました。
「レオノーラさん! レオノーラさん!! 開けてください! 何かいるんです!!」
強めに叩き、懸命にレオノーラさんを呼びますが、扉が開く様子も誰かが来る気配もありません。
そんな私を楽しんでいるのかは分かりませんが、先ほどの女性の声は笑いながらどんどん近づいてきます。
「開いて……! なんで、なんで開かないんですか!? レオノーラさん!!」
迫りくる声で完全にパニック状態の私は、開かないと分かっている扉を何度も押したり引いたりしますが、扉はびくともしません。
恐怖で涙が零れてしまっていますが、それを気にしていられる余裕は欠片もありませんでした。今は一刻も早く、この部屋から出たい。その一心しかありません。
そこで私は、レオノーラさんが言い残した言葉を思い出しました。そうです、呼び鈴!!
「呼び鈴、確かあっち……いったぁぁ!?」
暗闇でどこに机があるかも分からないのに走った結果、私の脛が何かにぶつかりました。痛みで脛を抑えようとした私は前のめりに体勢を崩し、ソファらしき何かの上に倒れ込みます。
そのまま横に転げ落ち、落下の衝撃と同時に机の脚にぶつかったダメージが私を襲いました。
「痛い……ぐすっ、もう嫌ぁ……!」
情けなく泣きべそをかきながらも机の上に手を伸ばし、手探りで呼び鈴を探します。そしてようやく呼び鈴の持ち手を掴めた私は、力いっぱい呼び鈴を振りながら助けを求めました。
「助けてくださいレオノーラ!! 呼び捨てでもなんでもしますから! この部屋から私を出してください……!!」
しかし、すぐに助けが来る訳がなく、泣き叫ぶ私の元へ先ほどの女性の笑い声が近づいてきます。
『くすくすくす……もう、逃げないの……?』
「レオノーラ! レオノーラぁぁぁ!!」
せめてもの抵抗として、声のする方へ鈴を振り上げて鳴らしながら叫びます。
すると、真っ暗だった部屋に突然明かりが灯り、ドアの開く音と共にレオノーラの呆然とする声が聞こえました。
「こ、これは一体……何があったと言いますの……?」
私は彼女の姿を見つけると、自分でも驚くくらい素早く彼女に駆け寄って抱き付きました。
「ど、どうしたんですの!? なぜ泣いておりますの!?」
「ぐすっ、ふえぇぇぇぇぇん……!!」
私はレオノーラに抱き付いたまま、しばらく泣き続けることしかできませんでした。




