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3話 魔女様は魔王様と友達になる

 長い長い沈黙が続き、今すぐに消えてしまいたい衝動に駆られていると、その沈黙が魔王様によって破られました。


「っく、ふふ、あはははははは!」


「ま、魔王様……?」


 顔を隠すように頭を下げた体勢のまま、魔王様は顔とお腹を押さえて笑い始めました。


「あはっ、あははは! も、申し訳ありませんわ! こんな、はしたない…………あっはははは!!」


 そのまま魔王様は笑い続け、しばらくしてから体を起こすと、涙を拭いながら言いました。


「失礼いたしました。まさか友達になってほしいと言われるなど、欠片も考えていませんでしたので……」


「すみません……」


「いいえ、貴女が謝ることではありませんのよ。……お友達の件、承りましたわ。お友達になることで許していただけるのであれば、(わたくし)は喜んでお友達になりましょう」


「ありがとうございます、魔王様」


 魔王様から差し出される手を、おずおずと握り返します。

 しかし、魔王様は私の手をがしっと両手で掴むと、何故か眉をひそめながら私に口を尖らせて見せました。


「他人行儀ですわ。お友達と言うのは、名前で呼び合うものではなくて?」


「えぇ……? ですが、ただの魔女の私が魔王様を名前でお呼びするなど……」


「レ・オ・ノ・ー・ラ、ですわ」


 軽く睨まれ、自身の名前を呼ぶようにと強調されてしまいました。

 これは、魔王様の仰る通りにした方がよさそうです……。


「わ、分かりました。レオノーラさん」


「さんも不要ですわ。貴女と私はお友達でしてよ? 敬意を払う必要などないのではなくて?」


「で、ですが、私は誰に対してもこんな感じなので……」


 私の返答を聞いたレオノーラさんは、今度は私の手を下にぐいっと引っ張りました。それにつられて体のバランスが崩れ、レオノーラさんの顔の近くに私の顔が寄せられます。


 そのままレオノーラさんは私の耳元に顔を寄せると、「それならば」と囁きました。


「貴女が私をレオノーラと呼び捨てられるまで、この部屋から一歩も出させませんわ。もちろん、この部屋にはトイレもお風呂もありません。食事も用意させません。そんな状態で、どこまで耐えられるか見せて頂きますわね?」


「そんな……!」


 ぱっと手を離し、私から距離を取ったレオノーラさんは、悪戯を楽しむかのように微笑んでいました。

 彼女は扉の方へ向かい、扉に手を掛けながら顔だけ私に向けると、その笑みを一層深めて言います。


「それでは私は所用がありますので、一旦失礼させていただきますわ。私をちゃんとレオノーラと呼ぶ気が起きたのなら、そこの机にある呼び鈴を鳴らしてくださいまし」


「あっ、待ってくだ――」


 私の制止の声も聞かず、レオノーラさんは扉を閉めて去って行ってしまいました。

 残された私は、机の上に置いてある呼び鈴を見つめながら深く息を吐くのでした。


 魔王様を呼び捨てなんて、とてもできる気がしません…………。



 ☆★☆★☆★☆★☆



 扉を閉じたレオノーラの横に、男性のものと思われる影が立ち並ぶ。

 その影は、彼女の耳元に顔を寄せて声を潜めながら進言した。


「魔王様、御戯れが過ぎます。いくら好戦的では無かったとは言え、我々は足を踏み外せば焼き払われてもおかしくはないのですよ?」


「落ち着きなさい。あの子を昔の魔女と比較してはなりませんわ。あの子は、これからの私達の未来にとっても重要なカギを握る人間でしてよ?」


「……まだ、人間や魔女との交流を諦めていらっしゃらないのですね」


「くどいですわ。かれこれ千八百年近く、私達の領土は微々たる文明の進歩しかできていません。現状を脱却するには異種族との交流、ひいては理解が必要だと、何度言わせれば気が済みますの?」


「しかし、魔女はともかく人間は信用ならな――」


「口を慎みなさい。魔女とて、生まれは人の子です。彼女を利用するというと言い方が悪くなりますが、彼女をきっかけとして、本当の意味で世界の融和を行わなければなりませんの。そうでなければ、私達魔族に先がありませんわ」


 レオノーラの先を憂いる声に、それ以上影は何も言うことは無かった。

 黙り込む影の襟首を引き寄せ、レオノーラは警告する。


「もし私が不在の時間で、あの子に何かがあったらタダでは済ましませんわ。二度の失態を繰り返して、私を失望させないでくださいましね、クローダス」


「……承知いたしました。この身に代えてでも、魔女様の身は保証いたしましょう」


「よろしい。では、呼び鈴の音が聞こえたら呼びに来て頂戴。時間としては、そうですわね……。あと二時間もしないで鳴らされると思いますわ。あの子がどれだけ我慢強かったとしても、それを崩せる罠は仕掛け済みですの」


「はっ」


 レオノーラからの命を受けた影は、手を離されると同時に姿を消した。

 今度こそ一人になった廊下で、レオノーラは月明りの差し込む窓を見上げ、先ほどまでのシルヴィとのやり取りを思い浮かべる。


 何とか(ゆる)しを得た後、友好な関係を築けないかと模索はしていたが、まさか向こうから友人になってほしいと提案されたのは僥倖(ぎょうこう)だった。あの慌てようから、つい口走ってしまい引き下がれなくなってしまったのだとは容易に想像できるが、レオノーラとしては好都合だ。


 さらに予想外の収穫だったのは、二千年前に自分を討った勇者一行にいた大魔導士であり、自分の初めての友人であるシリアと深い繋がりがあったことだ。チョーカーを外した瞬間に溢れ出したシルヴィの魔力は只者では無いと察せたが、まさか血縁者――しかも先祖返りだとは思わなかった。

 シリアの血縁者であるということは、彼女もまた人間領の王家の血を引く子孫ということ。それが指すのは、自分達の扱い次第で良くも悪くも未来が容易く変えられてしまうということだ。


 本人は知らなかったとは言え、魔女として自分達に手を出してくれたシルヴィ。友として自分に接してくれていたシリア。二人の力を借りれるように上手く立ち回ることが出来れば、先細っていくしかない現状を打破する手段を得られ、魔族の繁栄と世界の安寧を掴み取ることだって可能だろう。


 それは結局、言い方を悪くすれば利用する以外の何物ではない。


 だが、レオノーラは手段を選んでいられるほど、魔族に選択肢が残されていないことも分かっていた。


「……私達に残された道は、これしかありませんの。私の身勝手に付き合わせることを、どうか許してくださいまし。シルヴィ」


 今後は本心から、自分を友として接してくれるであろう魂の清いシルヴィを想うと心が痛むが、せめてもの謝罪を夜闇に溶かし、レオノーラは夜の(とばり)が降りる廊下に消えて行った。

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