10話 魔女様は歓迎される
今回から、シルヴィは魔女として活動を始めます。
しばらくほのぼのとした日々が続きますので、
シルヴィと一緒に森の住人との交流をお楽しみください!
怪我人は村で手当てを受けているとのことで、私達は彼らの村へ向かうことになりました。倒した熊については、また暴れられても困るということで仕留められ、数人がかりで運ばれています。
道すがら聞いたのですが、彼らは人間ではなく“亜人種”と呼ばれる種族のひとつで、獣ではあるものの人のように二足歩行をするようになったことから、“獣人種”と呼ばれているらしいです。
彼らは人間や魔族とも交流を持たず、獣人種のみで生活を築いているらしいのですが、それでも魔女を深く詮索しないというのは共通のようで、私がどこから来たのかとか尋ねられることはありませんでした。ありがたい限りです。
そして辿り着いた村――もとい小さな集落は、塔から見えていたレンガなどを用いた家造りとはまた異なり、木材を多く使用した自然味の溢れる家が建てられている場所でした。
「こちらです、魔女様」
案内された少し大きめの建物の中には、敷布団の上で苦しそうに呻く獣人の方々の姿がありました。怪我の大小は様々でしたが、基本的に裂傷や打撲のようなものが多く、それが先ほどの熊によって付けられたものと推測するには十分でした。
『これはまた、骨が折れそうじゃな』
「そうですね。ですが、何とかして見せます」
『くふふ、お主の腕前を拝見とさせてもらうかの』
「案内していただき、ありがとうございます。負傷されている方は、ここで休まれている方で全員ですか?」
「はい。歩ける程度に大したことのない者は外へ出ていますが、重症の者は全員ここに」
「分かりました。では早速始めていきたいと思います」
「みんなを、どうかお願いします……!!」
揃って頭を下げる皆さんの期待を背負い、魔女として初めての作業に取り掛かります。
まずは、あの奥で布団を赤く染めてしまっている彼からでしょうか。傷も塞がりきっていないようで、顔色もかなり悪く、一番状態が深刻そうです。
「ぁ……誰、だ?」
「通りすがりの魔女です。これからあなたを治療しますので、そのまま動かないでいてください」
「魔女……?」
訝しむ男性に、私の背中越しに先ほどの方々が声を掛けます。
「大丈夫だぞセン! こちらの魔女様は、さっきまで死にかけていたノーランの傷をあっという間に塞いじまったんだ!」
「そうか……ぐっ!」
喋るにも痛みが走るようで苦悶の声を上げる男性に、私は治癒魔法を使います。
かなり深く抉られているお腹の上から手をかざし、塔の結界を修繕したようなイメージで傷を内側から再生させ、塞いでいきます。今までは少し怪我をした時などで自分にしか使ったことがありませんでしたが、こうして誰かに対して使う時も同じイメージで問題は無さそうです。
そのまま意識を集中させて怪我の治療を進めていくと、八割程度怪我が治った頃に、その男性が歓喜の声を上げ始めました。
「いたく、ねぇ……。怪我がねぇ! 折れてた腕も元通りだ!!」
「うおおおおおおおおお!! 魔女様すげぇ!!」
「あの、まだ終わってないのでもう少しお静かに……」
「す、すんません!!」
今にも立ち上がりそうになっていた男性を諫め、治療を再開します。危うく魔法の対象が外れて暴発させるとこでした。怪我を治しに来た私が怪我人を増やすなど、笑い事では済まされません。
それから数分もしない内に、大怪我を負っていた男性の治療が完全に終わりました。男性は血に濡れた包帯を剥がし、仲間の方と怪我が跡形もなくなっていることを喜び合っています。
私は無事に終わったことに一息つきながらも、他にも苦しそうにしている方々の治療を進めていきました。
☆★☆★☆★☆★☆
あれから数時間。全員の治療を終えた私は、疲労困憊の体を案内された客室で休ませていました。
『くふふ、流石のお主でも四十弱の者を診るとなると魔力が追い付かんか』
「こんなに枯渇しそうになったのは久しぶりです……」
『じゃが、ようやったのぅ。あれだけの連続治療など、それこそ高位の修道女とかでもそうそうできぬじゃろうよ。大したものじゃ』
シリア様に褒めていただき嬉しく感じますが、それよりも疲労感の方が強くて、中途半端な笑みを浮かべることで精一杯でした。
そこへ控えめにドアをノックする音と共に、扉越しに私へ声が掛けられました。
「あの、魔女様。今、お時間よろしいでしょうか?」
『ほれ、いつまでもへばってないでドアを開けてやらぬか』
「はいぃ……」
ふらふらと向かい扉を開けると、そこには塔から見ていた人々のそれよりはずっと質素な服を纏った、狼に似た耳を持つ薄紫色の髪の女の子が立っていました。
まだ幼さを感じる顔立ちで、身長も私の胸元くらいまでしかありませんが、癖っ毛のある長い薄紫色の髪と大きな尻尾が、彼女の存在感をしっかりとアピールしています。
ですが、村の方々は狼や犬のような動物が二足歩行になった、と言うような獣っぽさが強いのに対し、この子はどちらかと言うと、普通の人の体に耳と尻尾が生えているといった印象です。この子も獣人種なのでしょうか。
この子についての疑問を考えるよりも、この子が持つ尻尾に強く興味が惹かれます。
思えば、こうしてじっくりと獣人種の方々を見る機会がありませんでしたが、あのふさふさとした尻尾は、とても触り心地が良さそうです。本でしか見たことのない動物のそれですが、こうして人の体に生えているのはとても興味深く、触ってみたいという好奇心がそそられます。
私の視線が尻尾に向けられていることに気が付いた少女は、尻尾を背に隠すようにして恐々と尋ねてきました。
「あ、あの……。わたし、やっぱり変ですよね……」
「あっ、すみません。そういうつもりで見ていた訳ではなく……。ご用件というのは何でしょうか?」
私が話を戻そうとすると、手に持った紙を読み上げながら続けてくれました。
「はい。ええっと、村長からの伝言です。魔女様にみんなの怪我を治していただいたお礼として、ささやかながら宴を催したいと」
「お礼なんて……。ですが、無下にする訳にもいきませんし、ここはご好意に甘えさせていただくとしましょう」
「あ、ありがとうございます!」
不安げな表情を少しだけ明るくさせてお礼を述べる彼女ですが、表情や声色とは裏腹に後ろの尻尾が大きく揺れ動いていました。なるほど、どうやら感情が尻尾に出るのが獣人種の方々の特徴なのですね。
「もう少し休んだら向かいますので、皆さんにお伝えください」
「分かりました、伝えてきます!」
深々と私に一礼した少女は、そのままぱたぱたと駆け足で建物の外へと向かって行きました。扉を閉めて息を吐くと、シリア様がおかしそうにお腹を抱えながら笑っていました。
『くっふふふ! お主、まじまじと尻尾ばかり見すぎじゃろう。魔女を目の前にじろじろと尻尾を見られでもしたら、普通の者は何かの実験に使われるのかと恐怖を覚えるぞ?』
「そ、そういうものなのですか?」
『魔女というものは尊敬の念を抱かれると同時に、一部の魔女の影響で恐怖を感じる者も少なくはない。すべての魔女が善人とは限らぬ、ということじゃ』
どこか怯えるように私を見上げていたのは、つまりそういう事だったようです。知らなかったとはいえ、それは彼女にとても悪いことをしてしまいました。宴の際に謝らなくてはいけません。
私がそう考えていると、ひとしきり笑い終えて落ち着いたシリア様が、窓から外を見ながら呟きました。
『まぁ、ここの者共は魔女に対し、負の感情は持っていないようじゃがな。見てみよ、お主が助けた者が嬉々として宴の準備を進めておるぞ』
窓の外を見ると、村の中央にテーブルが並べられ、その上に次々と料理が運ばれています。料理を運ぶ人や指示を飛ばす人など、忙しなくあちこちで宴の準備が進められていますが、私から見ても楽しそうな表情だと感じることが出来ました。
そしてそれは、塔の中でいつも見下ろすことしかできなかった光景です。私が憧れていた、人々の楽し気で温かな営み。そこへ入れてもらえるのだと考えると、疲れがみるみる引いていくようにも感じられます。
いそいそと部屋を出る準備をし始めると、意地悪い笑みを浮かべたシリア様が私に話しかけてきました。
『おやおや。先ほどまでぐったりとしておったのに、憧れのお祭り騒ぎと見た途端これか。お主も現金なものじゃのぅ』
「あ、あまりお待たせしても良くないと思っただけです!」
『くふふっ、そうかそうか。……これ、帽子を忘れておるぞ』
帽子を被り、魔女としての身だしなみを整え終わった私は小走りに部屋を後にします。
その足取りはとても軽く、弾む気持ちが気づかない内に足にまで出ていました。




