1話 魔女様は魔王と会う
シルヴィが目を覚ましたのは、見知らぬ部屋のベッドの上でした。
そんな彼女に馬乗りになっている謎の少女が、シルヴィに語りかけ……。
「んっ…………」
何かが頬に触れた感触で、私は目を覚ましました。
ぼんやりとした視界の先には、頬杖を突きながらこちらを見下ろしている誰かがいます。
「まぁ、やっとお目覚めになられましたのね」
ふにふにと頬を連続で突かれ、私は思わず払い除けようとしましたが、その手は逆に指を絡めるように取られました。
瞬きを繰り返し、徐々に鮮明になっていく視界でその姿を改めて確認します。
私と歳が近く感じるその顔は楽しそうに笑っています。彼女の額には小さく不思議な模様が描かれていて、その少し上の生え際からセンターで分けられている青みの強い紫色の髪の先が、私の顔の横に垂れています。
そして、特徴的なのがスピカさん達のような長い耳と、頭の形に沿うように天を突く立派な黒い角に、彼女の種族に心当たりがありました。
「魔族の、女の子……?」
「女の子と表現頂いたのはいつぶりでしょう? なんだか新鮮ですわ!」
その子は声色を弾ませると、くすくすと笑い始めます。私はよく分からないまま体を起こそうとして、自分がベッドの上で寝ていて、その子が馬乗りになっているということに気が付きました。
「私よりも、貴女の方がとても女の子らしくて可愛らしいですわよ。【慈愛の魔女】さん」
「わ、私を知ってる……?」
「えぇ。お話を伺ってからと言うもの、ずっと貴女にお会いできるのを心待ちにしておりましたの」
寝起きの鈍い頭で、この子が言う言葉について考えます。
話と言うのはどれを指すのでしょう。もしかして、私とゲイルさんが勝負してしまったことでしょうか?
ゲイルさんで思い出しました。
そう言えば私、クローダスと名乗る男性に捕まって……!!
はっと意識を覚醒させた私の頬を優しく撫でながら、その子は穏やかに言葉を紡ぎます。
「慌てなくてよろしいのですのよ。貴女を捕らえた大馬鹿者にはキツく、キツーーーくお灸を据えてありますわ」
「え、ええっと……。色々と分からないのですが、質問してもいいでしょうか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます。ではまず、ここはどこなのでしょうか?」
彼女越しに見える天蓋の付いたベッドに寝かされているのは分かるのですが、ここに来るまでの記憶が無いので状況が理解できません。
その子から視線を逸らして部屋を見渡すようにすると、その部屋は魔導連合の客室よりは質素ですが、煌びやかさのない豪勢な部屋だと言うことは分かります。
私の質問に、未だに顔の距離が近いその子が答えます。
「ここは私の部屋ですわ。魔王城の最上階に位置する、魔王の寝室と言えばお分かりいただけるかしら?」
「魔王城……寝室? えっ?」
彼女の口から飛び出た単語が本当だとすると、ここは魔王様の部屋で、魔王様のベッドに寝かされているということになります。
あまりの事態に理解が追い付かず面食らっていると、その子は左目を隠していた私の前髪を払い除けながら、私にも分かるように自己紹介を始めました。
「私、こんな姿ですけど魔王をやっていますの。名をレオノーラ=シングレイと申します。レオノーラとお呼びくださいね」
突然すぎる魔王様の登場に、言葉を失います。
以前、シリア様が『お主が思うほど危険ではない』と仰っていましたが、まさか女の子だとは思いませんでした。見た目だけで判断してはいけないと思いますが、外見も私と同い年くらいに見えるので、尚更動揺が隠せません。
「ふふふっ。驚かれたようですね、大成功ですわ!」
魔王様は口元に手を当てながら上品に笑うと、私の頭をそっと撫で始めました。
頭の上を手が動いているはずですが、耳に触れる感触がありません。
「あぁ、変身用のマジックアイテムは外させていただきましたわ。あれ、とても上質なマジックアイテムですのね。私、随分長いこと魔王をやっておりますが、着けるだけで魔力を抑えて偽装できる代物なんて初めて目にしました」
「あれは、シリア様が作ってくださったもので……」
「シリア?」
私の言葉に反応し、撫でる手を止めて私を上からじっと見つめてきます。
な、なんでしょう。同性同士とはいえ、気恥ずかしさが込み上げてきます……。
「少し失礼させていただきますわ」
「え…………んひゃぁ!?」
魔王様はそう言うと、私の頬を突然舐めてきました!!
初めての感触にドキドキしていると、ひと舐めした舌先を口の中で転がすように確かめた魔王様が顔を輝かせました。
「まぁまぁ! 貴女からどことなくシリアの魔力を感じてはおりましたが、シリアの血縁者なのですね!」
「えっ、はい。シリア様は私のご先祖様にあたります……」
「なるほどなるほど。ですが、ただ血縁者と言うだけでは説明できない味をしていますわね……。それに貴女の魔力も、とても血筋だけで証明できるものではありませんわ。差し当たり……先祖返り、と言ったところではありませんこと?」
図星を突かれ、私の表情が強張ったのを見た魔王様がまた笑います。
「道理で……。ふふふっ、貴女のことはずっと気になっておりましたけれど、ますます興味が湧いてきましたわ!」
「あっ、あの、魔王様!?」
魔王様に抱き付かれ、私の胸に顔を埋められます。
恥ずかしさより恐れ多さが上回り、魔王様の奇行を止めたくても止められません。
「ん~……。抱き心地はシリアの方が上かしら? ですが、こちらはこちらで別の良さがありますわね。シリアの大きな胸も悪くはありませんでしたが、このくらいの方が私としても好みですわ」
「魔王様、くすぐったいです……」
「ふふっ、もう少しだけ堪能させてくださいまし? このような行為、他の者にはさせてもらえないんですの」
角が当たって少し痛いようなくすぐったいような感じがありますが、とても楽しそうな魔王様を見ていると、それ以上やめて欲しいと言うことさえ憚られてしまいます。
私は諦めて、しばらくはなされるがままにすることにしました。




