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21話 魔女様は一人になりたい

視点はシルヴィに戻ります。

家から飛び出したシルヴィ。彼女はどことも当てもなく森の中をひたすら走り続けます。

 とにかく誰にも会いたくなくて、私はがむしゃらに森の中を走り続けました。

 息が上がってだんだん苦しくなってきていますが、まだ家からはそんなに離れていないので、足を止めたくありません。


 通ったこともない道をひたすら走って、走って、走り続けて。

 気が付くと、木々は大きく抉られ、地面が荒れている開けた場所に出ました。

 この鋭利に抉られた痕跡は、村の方が木々を伐採しようとしたものとは思えません。まるで、何か大きな爪を持った魔獣によって付けられたような……。


 大きな爪を持った魔獣。そう言えば、この森には私が来るよりも前から君臨していた魔獣がいました。

 名前は確か――月喰らいの大熊、と呼ばれていましたか。

 辺りを見渡すと、服の切れ端や何かが粉々に砕かれた残骸があります。恐らく、ここでもあの大きな熊が暴れていて、村の皆さんが襲われていたのでしょう。


 あの時、偶然通りすがった私達が間に合ったから助けられた命ですが、もっと早くにシリア様と出会えて、塔をもっと早く抜け出せていたら……。


 そんなたられば話は考えても仕方がありません。

 思考を振り払い、シリア様から連想された別の感情に切り替えます。


 今日のシリア様は、あまりに意地悪が過ぎました。メイナードの美貌に少し心が揺らいだのは否定しませんが、だからと言ってあんな……。き、き、キスを迫らせるような行為をしていいはずがありません。


 間近に迫っていた彼の唇を思い出し、また顔が赤くなってしまいました。


 変な方向へ向かってしまいそうな頭をぶんぶんと振ります。

 とりあえず、今はシリア様達とはしばらく会いたくないので、エルフォニアさんが追ってこないようにするためにも、兎人族のチョーカーを付けておきましょうか。魔女の服のままで変身してもすぐ気づかれてしまうかもしれませんし、適当な私服に着替えましょう。


 私は手頃な大きさの茂みの中へ潜り込み、亜空間収納から取り出した服に着替え、チョーカーを着けます。たちまちに頭上にうさぎの耳が現れ、尾てい骨の辺りにふわふわの丸い尻尾ができました。


 着替えを済ませた私は立ち上がり、もう少しだけ遠くへ移動することに決め、森の中を彷徨いながら歩き続けることにしました。





 あれから、どれだけ歩いたのでしょうか。

 兎人族の体は普段の体よりも体力が無いので、結構歩いたつもりでもそんなに歩いていないようにも思えます。


 ですが、歩き続けて足が疲れを訴えているので、そろそろ休憩した方がいいかもしれません。

 どこかに腰を掛けられないかと探していると、木々の合間に大き目の岩のようなものがあるのを見つけました。あれなら一息つくことができそうです。


「はぁ~……。流石に疲れました……」


 腰をすとんと落としながら、体からの訴えが口から零れました。

 空を見上げて、初夏の暑さと自然が生み出す心地よい風を体全体で浴びます。雲の流れもゆっくりとしていて、時間も忘れられそうな気がします。


 ぼんやりと空を眺めていると、私のお腹が小さな声を上げました。

 ……そう言えば、お昼ご飯の途中で飛び出してしまったんでしたっけ。


 何か食べ物を保存してあったかと亜空間収納を開こうとして、チョーカーのせいで魔法が使えないことを思い出しました。一人で苦笑しながら外そうとすると、膝の上に何かが落ちてきた感触がありました。


「これは……リンゴでしょうか」


 頭上の木に生っていたのでしょうかと上を見上げましたが、リンゴが生っている様子はありません。


 では、これは一体どこから……?


 私が疑問を感じると同時に、腰掛けていた岩が小さく揺れ始めました。その揺れは徐々に大きくなり、手元からリンゴを転がしながら私も転げ落ちます。


 なんとかリンゴをキャッチしながらも地面に顔をぶつけてしまい、額を擦りながら後ろを振り向くと、私は言葉を失いました。


「グルルルルルル……?」


 私が岩だと思って座っていたのは、大きな甲羅を持った魔獣だったのです。その魔獣は自身の尻尾の先をくるくると丸めながら、何かを探すように尻尾の周辺を見ています。


「あ、あの。探し物はこれでしょうか」


 もしかしたら自分のご飯のために尻尾で放り投げたリンゴだったのかもしれませんと思い、そっと魔獣の方へ差し出します。すると、私に気が付いたらしい魔獣が私の方へ顔を寄せ、差し出されたリンゴを長い舌で奪い取っていきました。


 上機嫌そうに口を動かす魔獣を微笑ましく見ていると、食べ終えた魔獣が私をじっと見つめてきました。

 私を上から下まで動かす視線は、まるで私がまだリンゴを持っているのではないかと探すようです。


「すみません、リンゴはさっきのだけで――わひゃぁ!?」


 私が言い終えるよりも早く、魔獣の尻尾が私を掴み上げました。その力はかなり強く、少し苦しいくらいです。


「お、降ろしてください! もうリンゴは持っていません!」


「グルル……」


 チョーカーを外してどうにかしようと思いましたが、腕も一緒に捕まえられているので自力で外すことが出来ません。なんとか逃げ出そうともがきますが、魔法が使えない非力な私の力ではどうすることもできず、魔獣はどこかへと移動し始めてしまいます。


 まさか、リンゴがないなら私を食べればいいと判断したのでは!?


「痛いです、放して……!」


 私の叫びは通じず、どんどん進んでいく魔獣に、軽くパニックになり始めます。


「だ、誰かいませんか!? 助けてください!!」


 いくら叫んでも、村からもかなり離れた深い森の中なので、誰にも届くことはありません。


 このまま食べられるのを待つしかないのでしょうか、と恐怖で固く瞳を瞑っていると、突然魔獣は歩みを止めました。

 まさか、もう棲み処についてしまったのでは……!?


 しかし、いつまでも尻尾が動き出す気配がなく、歩みも再開させない魔獣に違和感を感じてそっと目を開くと、驚くべき光景が私を待ち受けていました。


 さっきまで座っていた岩のような甲羅の中心に、私の体より大きな剣が突き刺さっていたのです。


 一体何が……。と状況把握のために必死に頭を回そうとしていると、魔獣の巨体が音を立てて地面に倒れ込みました。それと同時に私を掴み上げていた尻尾も地面へ振り下ろされ、尻尾越しとはいえ強烈な衝撃が体を襲います。


「かはっ!!」


 肺の中の空気が全部押しつぶされるような感覚に咳き込みます。未だ緩む気配のない尻尾の圧迫と相まって余計苦しさを感じていると、私の顔に影が掛かりました。


「大丈夫ですか、お嬢さん」


「…………?」


 優し気な男性の声が聞こえ、再び目を開いて声の主を探します。

 その声の持ち主は、心配そうな表情で私の顔を覗き込んでいました。


 浅黒く日焼けしているような肌と、ところどころ赤が混じっている真っ黒な髪に、羊のような角。

 端正な顔立ちですが、その風貌はつい先日見たばかりのそれです。


「ま、魔族……」


「はい。俺は魔王レオノーラ様に仕える四天王の一人、クローダスです」

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