18話 天空の覇者は人になる
夕飯とお風呂を終えると、既に日付が変わってしまっていたため、明日の朝で話し合うことにして一日を終えました。
エルフォニアさんも付き合わせてしまった関係で、今晩はうちで泊まっていただく運びとなり、迎えた翌朝。いつも以上に寝起きの悪かったフローリア様をレナさんと一緒に何とか起こし、朝食を食べながら早速詳細な話を始めます。
「で? ご指名なのはシルヴィだけなんだっけ?」
「はい。問題となったのは私とゲイルさんのみなので、昨日のお話では私だけと」
「まぁ、魔女がぞろぞろと魔族領に向かってきたら、それこそ開戦かと思われそうよね」
ジャムをたっぷりと塗ったトーストにかぶりつきながら言うレナさんに、シリア様が頷きます。
『じゃが、シルヴィのみに行かせるのは危険じゃ。ここはあ奴を何とか言いくるめ、数人で迎えるように手配させるべきじゃな』
「そうですね。エミリには申し訳ないですが、今度行く場所は危ないかもしれないので、お留守番していてくれますか?」
「わたし、お留守番……?」
「じゃあじゃあ、エミリちゃんは私とお留守番しましょうね~!」
フローリア様が嬉しそうにエミリに笑いかけると、隣のレナさんがぎょっとした表情をしました。
「んえっ!? フローリア行く気ゼロ!?」
「ん~? だって私、魔族に興味ないも~ん。何なら人間にも興味ないし~?」
「あたし人間なんだけど……」
「あ、じゃあ訂正! きっと魔王は可愛くないから興味が無いわ!」
「魔王が女だったらどうすんのよ!? 不敬罪で殺されてもおかしくない発言よそれ!?」
「えぇ~? 私を殺せるくらい強いなら、それはそれで気になるかなぁ」
どうやら、フローリア様としては魔王=男の人という認識らしいので、女性好きの彼女は気が乗らないようです。
しかし、人間にも興味が無いと言うのは女神様としてはどうなのでしょう。教徒がいる程度には人間から信仰のある女神様と聞きましたし、少しは人間に興味を持っているものかと思っていましたが……。
複雑な気持ちになっていると、レナさんが呆れながら発言しました。
「流石にフローリアとエミリだけって言うのは不安しかないから、あたしも残るわ。万が一フローリアがバカやって、止められる人がいないのはまずいし」
「と言うことは、レナちゃんとエミリちゃんをずっと愛でてられるのね!? 役得だわ~!!」
「むぎゅ!! ふろ、フローリア! 食べてんだから抱き付いてこないでよ! ジャム塗るわよ!?」
「ジャム? ……はっ!? まさかジャム塗れになった私を、レナちゃんが食べるということかしら!? やぁん! それはそれで楽しそうね!!」
「もうやだ! ちょっと誰か止めてよこの変態!!」
『……こやつの奇行を止めるのは自分だと言っておったじゃろう。何とかせい』
いつも通り騒ぎ始めたお二人を温かく見守りながら、私はとりあえず話の内容を軽くまとめることにします。
「それでは、エミリとレナさんとフローリア様が留守番ということでお願いします。エルフォニアさんはどうされますか?」
私の質問を受けたエルフォニアさんは、「そうねぇ……」と呟きながら、飲みかけのミルクを口元に運びます。
そこへフローリア様が暴れたせいで、宙に舞った大粒のイチゴが彼女のマグカップにピンポイントで当たり、顔がミルク塗れになってしまいました。
直後にエルフォニアさんから凍てつくような殺気を感じ、彼女の周囲に影の剣が数本出現したのを見た私は、慌てて止めようと呼びかけます。
「わー!! 待ってくださいエルフォニアさん!! フローリア様、謝ってください! 早く!!」
「ごめんねエルフォニアちゃん、わざとじゃないのよ~! レナちゃんが激しくするから……」
「なんであたしなのよ!? あんたが抱き付いてこなければ飛ばなかったで――ひぃ!?」
言い合う二人の目の前を細身の剣が貫き、レナさんの前髪が数本舞いました。まさか本当に飛んでくると思っていなかったレナさんとフローリア様が言葉を失い、関節が固まりかけの人形のようにぎこちなく首を向けると、エルフォニアさんが顔をハンカチで拭いながら低い声で呟きました。
「ちょうど、研究に使う人体標本が欲しかったところなのよね。シルヴィ達が戻る頃にはひとつ……いえ、ふたつ用意できるかもしれないわ。楽しみね」
「え、エルフォニアさんも私と一緒に魔族領へ行きましょう! その方が楽しめるかもしれません!! よろしいでしょうかシリア様!?」
『う、うむ。エルフォニアよ、お主は妾達と魔族領へ向かうぞ』
流石にシリア様もたじろぎながらそう伝えると、エルフォニアさんは本当に残念そうに息を吐きながら剣を消しました。それを見たレナさん達は、青ざめていた顔色を少し穏やかにしながらほっとしています。
一旦不穏な空気が漂っていましたが、シリア様が空気の入れ替えにと話題を提供してくださいました。
『そうじゃ。魔族領内ではシルヴィ達は人の姿ではうろつけぬが故、後で変身用の魔具を作らねばならぬぞ。シルヴィのは調整だけでよいが、エルフォニアはどうする? 物のついでに妾が作ってやってもよいが』
「ならお願いしてもいいかしら。土属性の錬成とは相性が悪いから助かるわ」
『あい分かった。して、姿の希望はあるか?』
「特に無いわね」
『ならば夕方までには用意しよう。確か、ゲイルとやらはその頃に来るのであったな?』
「はい。一旦うちへ来てくださることになっています」
『うむ。では試験も兼ねて奴に姿を見せておくとするかの』
話もまとまり、朝食を食べ終えた皆さんのお皿を下げて洗い物を始めていると、部屋に戻らなかったメイナードが後ろから声を掛けてきました。
『主よ、我も行ってやろう』
「メイナードもですか? てっきり、こういった話には興味はないと思っていたのですが」
『主が起こしたいざこざには興味はない。だが、魔族として魔王様に謁見できる機会があるならば、我としてもどのような人物か確かめておきたいだけだ』
そういえば、メイナードはカースド・イーグルという種族ではありますが、分類としては魔族でした。
やはり自分の王様というものには興味はあるのでしょうか。
「ですが、魔族領でその姿のまま行動するのは大丈夫なのでしょうか? また契約当初みたいに騒がれませんか?」
『その心配はない』
メイナードはテーブルから降りると、彼特有の燐光を強く立ち昇らせ始めました。
それは小さな体を包んで徐々に大きくなり、私の身長をも上回るくらいになると、中からうっすらと人のようなシルエットが見えてきました。
そのシルエットがはっきりと認識できるようになったところで、人影が大きく横に腕を払うと、燐光が全て搔き消されて一人の男性の姿が現れました。
黒い革製のロングコートを羽織り、ややくすんだ灰色のシャツと黒のズボンで身を包むその人は、鬱陶しそうに深紫色の髪をかき上げながら口を開きました。
「……久しぶりにこの姿を取ったが、こんなものか」
 




