9話 新米魔女は初めて戦う(後編)
習得したはいいものの、使い道のなかった防護結界を多重に展開します。
即座に薄紫色の結界と爪が激しくぶつかる音が周囲に響き、思わず耳を塞ぎたくなりましたが、何とか一撃を止めることが出来たようです。
止められた自分の爪と突然現れた私を見て、熊が困惑の表情を浮かべています。それは後ろで庇った人も同じでした。
「あ、あんた何者だ……? なんで……」
「通りすがりの魔女です、危ないので離れていてください!」
「ま、魔女!? なんだってこんなところに――」
彼の言葉を遮るように、第二撃目が私へと振り下ろされました。私はそれに合わせて再度結界を展開し、再び受け止めます。
「重いっ……! 早く他の方を連れて離れてください! ここは私が引き受けます!」
「あ、あぁ!」
重症ながらもなんとか体を動かし、よろよろと仲間の方を連れて離れる様子を尻目に、再三振り下ろされる凶爪を同じように受け止めます。
さて、引き受けると言ったはいいですがどうしましょう。私には攻撃する手段がありませんし、このまま守り続けていればいずれ諦めてくれるでしょうか……。
しばらく熊からの攻撃を受け止め続けていると、シリア様が私に問いかけてきました。
『お主、なぜ反撃しないのじゃ? お主の魔力ソース的にこのまま三日三晩打ち合っても枯れることはないじゃろうが、お主の体が持たぬぞ?』
「それがですねシリア様! 私、ちょっと事情があって! 攻撃ができないのです!」
『攻撃が出来ぬとはどういう意味じゃ?』
「言葉通りの意味です! 防衛系の魔法を極める代償に! 攻撃ができなくなるという【制約】を受けていまして!」
『………………は?』
攻撃を受け止めながら答える私に、シリア様が初めて理解が及ばないというような表情を見せました。珍しい表情ですが、ちょっと見ている余裕がありません。
『お主、【制約】とはまさかあの【制約】のことか? 魔法の最たる領域に踏み込む者が、何かを代償に自身が希望する絶対的な力を得るあれか?』
「そこまではよく分かりませんが! 恐らく、その代償を払う【制約】で間違いないかと!」
『はー…………。お主にはつくづく驚かされておったが、これは予想すらできんぞ。お主とんでもない恐れ知らずじゃな。もしくは救いのない阿呆なのか?』
私が昔、いかなる攻撃もできなくなる代わりに、何人も私を傷付けることが出来なくなるという【制約】を受けた時は、ちょっと心が弱っていた時でした。
“せめて最期は自分の好きなように死にたい、誰にも私を傷付けさせたくない。私に許された唯一の自由は、きっと自分の意思で死ぬことだから”と選んだ魔法の会得でしたが、別に今まで攻撃する必要がある場面はなかったので全く後悔していません。
ですが、確かに今みたいな時は少し困りますね……。
『お主の歳にしては異様な魔力量があるとは思っておったが、そういうことじゃったか。ようやく納得がいったぞ』
「それであの、シリア様! この状況どうしたらいいでしょうか!? いつか諦めてくれますか!?」
『まぁそやつも腹が減れば、食えぬお主から興味が外れて諦めるじゃろうが、それまで付き合う道理もない。少し距離を開けて妾に体を貸すのじゃ』
私は少し強めに爪を弾き返し、熊の体勢が崩れたところで距離を取り、シリア様に体を預けます。そして入れ替わったシリア様は、私の体内の魔力を一時的に爆発させるように周囲に溢れさせました。
それは半実体の私にも伝わるような暴力的な魔力の渦で、思わず顔を覆うように腕で庇ってしまいます。
半実体である私ですらそうなるということは、敵対して実体を伴っている熊はと言いますと。
白目を剥いて口からだらしなく舌を垂れさせ、そのまま仰向けに倒れていました。
「ふぅ。まぁこんなもんじゃろ」
『し、シリア様。今のは……?』
「今のはちょっとした“魔力圧”じゃよ。お主の体内の魔力をオーラのように纏って、それの余波で威圧するようなものでの。如何にお主が攻撃できずとも牽制程度にはなるし、この熊のような魔物程度なら触らずとも気絶させられる。【制約】にも抜け穴はあるのじゃ、覚えておくとよい」
さすがはシリア様です。攻撃できないなら、できないなりの対処方法まで瞬時に見出してしまうとは。
私が感心していると、「体を返すぞ」と入れ替わりを求められました。自分の体に戻り、倒れた熊に近づくと、私の背後から先ほどの男性の声が聞こえてきました。
「魔女様! 応援を――ってうわぁ!? もう倒されてる!!」
振り向くと、ボロボロではあるものの応急処置を施された男性が、新しい仲間の方と思われる同じ動物か人か判断しづらい姿をした男性と共にこちらを見ていました。
よく見ると犬や狼に似ているのですね。と思いながらも、シリア様が『無事を知らせてやれ』と耳打ちなさったので、そのまま伝えることにします。
「はい。こちらの方はもう大丈夫です。命までは奪っていませんが」
「あの月喰らいの大熊を、あっさり無力化させるなんて……」
「しかも魔女様は無傷だぞ……」
「魔女様、めちゃくちゃ高名な大魔女じゃないのか……?」
ざわざわと動揺が生まれているようですが、私はそれよりも先ほど逃げていった彼の傷が心配でした。
応急処置は施されているものの、血が滲んでいて、無理に動いたせいで傷も開いているように見えます。
『お主、防衛系の魔法を極めたと言っておったな。ならば治癒も得意なのではないか?』
「はい。万が一傷付いた自分の体を治すのも、防衛に含まれるみたいですので」
『ふむ。ならばお主が心配しておるそやつを治療してやるとよい。ここで恩を売っておくのが得策じゃ』
恩を売る。ということに少し抵抗はありましたが、売らなくとも何とかしてあげたいと思うのは同感なので、その通りにします。
「あの、そちらの先ほど襲われていた方」
「え、はい!」
「良ければ、傷の手当てをしましょうか。私は治癒の魔法も扱えますので」
その言葉を聞いた途端、周囲にどよめきが大きく生まれました。
中でも、傷を負っている男性はかなり驚いていて、信じられないものを見るかのような表情を浮かべています。
「え、いいんですか!?」
「はい。たまたま通りすがったとは言え、死にかけの人を見捨てることはできないので」
「ありがてぇ……! ありがとうございます!! あ、あの、他にもアイツにやられた仲間がいるのですが、一緒に診ていただくことは……」
「大丈夫です。もし他にも負傷されている方がいらっしゃるのでしたら、一緒に手当てしましょう」
私が答えると、感極まったようにその男性は崩れ落ち、地面に跪いて頭を下げ始めました。それに倣い、他の仲間の方々も同じように頭を下げています。
「ありがとうございます魔女様! この御恩、必ずや形としてお返しいたします……!!」
「い、いえいえ! とりあえず頭を上げてください! そちらの方は傷が広がるので動かないでください!」
慌てて重症の男性に駆け寄り、応急手当として表面の傷を塞いで出血を止めます。するとそれだけでも痛みが大分緩和されたようで、「痛みが引いた!」と驚かれていました。
それを見た他の方々が、再び深々と頭を下げ始め、「ありがとうございます!」と口々に言い始めます。
そんな彼らに苦笑しながら、『畏まる人はやりづらい』と都度仰っていたシリア様の気持ちが少し分かった気がしました。
タイトル回収のお話です。
シルヴィの魔法の強さは、攻撃を代償として防衛に特化させたものでした。
次回からは【制約】で手に入れた力を使って、
森の住人と楽しく生活するお話が続きます!




