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八話:母の言葉と決断と


 晴れた日の朝と言うものは実に清々《すがすが》しいものである。もやもやしたものがすべて吹っ飛ぶというか、兎に角、何か考え事をしている時に外に出ると、大抵はさっぱり出来るのではないだろうか。

 しかし、それはやはり「大抵」であるのであって、全ての人がそうとは限らない。


「はぁー・・・・・」


 太陽が東の空から昇り出てきて間もないこの時間。愁は家の外に出てもやもやとしたものをさっぱりしようと思ったが、逆に減るどころか増えてしまったらしく、大きな溜息を一つつく。


「結局あれから何にも話してないもんな・・・・・」


 昨晩のあの出来事の後、放課後の帰り道と同じように帰路に着いたが、何も話す事もなく、家に入る時もただ黙って行ってしまった桜花。愁はその後ろ姿をただ黙って見送ることしかできず、今この時までもやもやが心に溜まっている。

 はあっ、とまた一つ溜息。

 空は雲一つ浮かんでいない快晴なのに、愁の心は雲で溢れ返っているようだった。






 郷凪家の朝の食卓は、いつもと違って重い空気に包まれていた。テーブルには既に眞由利が作った朝食が置かれているが誰も手につけようとせず、愁の話をただ黙って聞いている。

 昨日、家に帰った愁は何にも話すことなく黙って部屋に戻ってさっさと寝てしまったので誰も事情を知らない。帰って来て様子がおかしい事に全員が気づいていたが、愁が自分から話すまで詮索をせず、そっとしておいた。

 話が終わると、頬をつきながら聞いていた俊瑛は小さく嘆息する。


「ついにばれちゃったか。しかも最悪のパターンだな、それ。いくら不意に現れると言っても、時と場所は考えてほしいものだね~」


 髪をくしゃくしゃと掻く。俊瑛が困っている時にやる癖だった。


「というより、愁も少し不注意が過ぎるんじゃないの? その図書室にいる幽霊くんから前もって知らされてたんでしょ? だったら何でもいいから止めればよかったのに」

「まあそう言うな絢香。最初は気配がなかったって言ってたろ。姿が巨大な狼みたいなのでも、力が強くなかったんだろう。だから周囲に溶け込んで気配を完全に無くしていて、いくら愁でもそれに気付けって言うのは無理があるって」

「そうだけどさ・・・・・」


 父親の言葉に絢香は思考するように口元に指をやる。絢香は今日、休みを取ったので久しぶりに家族全員が朝の食卓にそろっていた。が、一向に食は進まず、進む気配もない。


「で、だ。どうするんだ愁。前はあの時のことを覚えてなかったから何とか誤魔化せたけど、今回ばかりはそうはいかないぞ」

「・・・・・うん」


 曖昧に返事を返す。何かを考えているように見えて、実の所何にも考えていない。と言うより、考えられないでいた。


「昨日の夜起きた出来事だけを消すのも良いけど、それじゃあ何にも解決しないもんな。お前だってそれは分かるだろ?」

「・・・・・うん」

「だったら、だ。桜花ちゃんに正直に話した方がいいんじゃないか? 別に非合法なことをやってた訳じゃないんだから。桜花ちゃんが本当の事を知っても、別に今までと変わらないと思うけどな」

「・・・・・でも、昨日、怖がってるように思った。俺のこと」

「そりゃ、何にも知らないからだろ。本当に突然の事だったんだ。何の前振りもなく、な。誰だって怖がるさ。そんな事にいちいち怯えるなんて、俺は意味のない事だと思うけどな」


 俊瑛の言葉に押し黙る愁。


――そりゃそうだろうさ。親父が言っていることは正しい。いちいち怯えるなんて。そんなんじゃ、掴みたい物も掴めない。

 

 でも、それでも。

 あの怯えた目を見ると、折れそうになる。

 初めて会った時から、何をするときも一緒だった女の子。好奇心が強い女の子。男が苦手だったけど、少しずつ、少しずつ、俺と一緒に過ごしていくうちになれていった女の子。そのくせ、誰よりも一人になる事が嫌いで、寂しがり屋の女の子。

 それが、睦月桜花。俺の家の近所に引っ越してきた女の子。

 最初の印象は、「人付き合いが苦手そう」だった。桜花のお母さんの後ろに隠れてじっとこっちを見ていたから、もしかしたらと思った。そしてそれは当たっていて、俺が近づいて話しかけたら固まっていた。

 その頃の俺は知り合いは沢山いたけど、本当に気の置ける奴というのが指を数えるくらいで、周囲に溶け込んではいたものの何処か疎外感を感じていた。

 やっぱり、周りのみんなとは違う、「特殊な環境」にいたからかもしれない。

 だから、桜花を一目見たときから、こいつとは気が合うんじゃないか、なんて事を小学生の頃の俺は考えていた。今思えば割と変だったのかもしれない。今以上に子供のくせに、周りには沢山知り合いがいたのに疎外感を感じるなんて。

 まあでも、それも当たっていた。

 無理やり手を取って一緒にいろんな所を見て回って、そうしている時に感じていた。こいつとは、桜花とは本当に気が合いそうだと。



 そんな気持ちはいつしか、「守りたい」という思いに変わっていった。今でもそれは変わらない。変わるはずが無い。



 でも、



 なんでだろうか。



 急に、目の前にいた桜花という存在が、消えてしまうんじゃないか、なんて考えてしまうのは。

 知られてしまう事で、急に目の前からマジックのように、煙と一緒に消えてしまうんじゃないか。何て考えてしまうのは。


「でもさ、いきなりそんな事はなされても分かるかな。そりゃ、桜花はそういう所はしっかりしてるけど。それでも、本当に正直に全部話していいのかな? 私は・・・・・あんまりよくないと思うな」


 絢香の言葉にも黙る愁。

 二人の意見はどちらも正しかった。どちらが正しくてどちらが悪いというのは一つもない。

 でも、それだからこそ、どっちを選んでいいのか分からない。俊瑛が言うようにきちんと伝えるべきか、それとも絢香が言うようにもうしばらく時間を開けてからの方がいいのか。

 分かっていても、それを選択できないことがある。

 それがどんなに正しい事だとしても、「もしかしたら」という恐怖が頭から離れない。



 怖い恐いコワイ恐い怖いコワイ恐い怖い怖いコワイ・・・・・

 


 そんな言葉の羅列が頭の中を流れていく。これは今まで感じたことが無い怖さ。

 拒絶されるのではないか、というものが頭から離れない。逆に思考をどんどん侵食していく。

 どうすればいいのか、分からない。



「愁さん」


 突然、今まで黙って聞いていた眞由莉が口を開いた。


「本当に正しい事なんて、この世にはないですよ」

「・・・・・えっ?」


 その言葉になんて返せばいいのか分からない愁。が、そんなのはお構いなしとでも言っているかのように、眞由莉は話を続ける。


「人は生きていれば必ず何かを選択する時が来ます。その殆どが辛いものばかり。どちらか一方を選べ、だなんて、本当は簡単にできることじゃないんですけどね」

「母さん・・・・・?」

「二つに一つ。なんて言うけれど、それは大きな間違えです。本当はどっちも正解で、どっちも間違いなんです」

「・・・・・それって、答えなんて無いと思うんだけど」

「そうです。選択すること、決める事に模範回答なんてないんです。ただ自分が選んだ選択を信じれば、それが正解になり、逆に信じられなければ、その選択は間違えになってしまう」


 眞由莉はそう言うと小さく微笑む。いつもの穏やかな微笑がそこにはあった。


「だから、あなたがどの道を選択しようと私は何も言いません。でも、これだけは覚えておいて」


 少し間を開けて、はっきりと伝える。


「自分を疑っては駄目。信じぬいてください。そうすれば、何もかもうまくいくはずですから」

「・・・・・自分を信じる」

「はい。ちょっと難しいかもしれませんけど、愁さんになら出来ますよ。なんたって、俊瑛さんの子なんですから」


 それを聞いて俊瑛は小さく笑う。


「俺はそんなことした覚えは無いんだけどな」

「いえいえ。あなたはちゃんとしていましたよ。自分で気づいていないだけで」

「そうかな?」


 ようやく雰囲気が和やかになり、さっきまでの張り付いた空気が薄まる。


「まっ、何か最後は眞由利に取られちゃったけど、そういう事だ。俺たちはお前の意見を尊重する。ただし、決めたからには貫き通せよ。それが」

「それが郷凪の家訓だ。でしょ?」

「その通り。まあ、別の答えが見つかったら破っても良いけどな」

「家訓台無しね・・・・・」


 笑いがこの場に生まれた。






 部屋に戻るとそのままベッドにダイブ。学校に行かなければいけない時間だが、愁の頭の中からその選択肢は消えていた。その証拠に制服を着ていない。

 先程の眞由莉の言葉が頭の中で何回も響く。

 あれを聞いてから、愁の中で答えは既に出ていた。

 後はそれを実行に移すだけ。


「・・・・・ちゃんと言わなきゃ」

『それでこそ主だな』


 姿無き女性の声。


『私が言えることは一つだけ。全てありのままを、だ』

「分かってるよ。でも、それをどう言葉にすればいいのやら・・・・・」

『ふふっ。悩め悩め。そうしている主もまた素敵なものだ』

「そりゃどうも」

『ふむ。私は結構本気だったのだがな』


 一応その言葉を無視しておく愁。いつもこんな調子だから本音が全く分からない。


『それにしても主よ』

「ん?」

『伝えるのであれば急いだ方がいいのではないか?』

「どうして?」

『・・・・・主よ。今日は平日。普通なら学校に行くのではないか?』

「・・・・・そうだった」


 ようやくその事を思い出した愁はベッドから飛び起きる。まだパジャマのままだったので急いで着替える。制服ではなく私服に。

 着替え終えると階段を下り、玄関へと向かう。


「愁」


 振り返ると、そこには絢香の姿があった。


「男なら、バシッと決めてきなさいよ」

「・・・・・うん」


 その言葉に笑顔で返す。


「それと忘れもの。これは必要でしょ」


 そう言って放り投げられたのは紺色のショルダーバッグ。愁が出かける時に使っている愛用のバッグだった。


「さんきゅ」

「行ってきなさい。骨くらいは拾ってあげるから」


 その言葉を背で聞きながら、外に出る。

 桜花の家は本当にご近所で、走って三十秒もかからない。

 急いで向かおうとしたその時、


「・・・・・」


 愁は知るのを止めて立ち止る。

 目の前に、今会いに行こうとしていた人が立っていたから。


「・・・・・おはよう。桜花」


 桜花が、愁と同じように私服姿で立っていた。


「・・・・・おはよう。愁」


 いつものような笑顔ではないものの、小さく微笑む桜花。

 気まずい空気が辺りを漂う。こうなることを覚悟していたとはいえ、この空気は些か重すぎる。

 ふうっ、と息を吐くと、愁は先程とは打って変わっていつものぼんやりとした、優しさがある顔になる。


「桜花。今日は学校サボろう。そして一緒に来てもらいたい所があるんだ」

「・・・・・うん」


 微笑がふっと消えて、真剣な表情になる。


「・・・・・ちゃんと、話してくれる?」


 桜花の疑問に、愁は、


「うん。ちゃんと話すよ。嘘偽りなく、正直に」


 じっと愁を見つめる桜花。

 嘘か本当かどうかを見極めているというより、そこに愁がいるかどうかを確かめているように見えた。






ようやく八話・・・・・道のりは長いです。

ですが、まだまだがんばります!

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