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六話:愁が苦手とするもの。意外な結末。


 どうして学校の廊下と言う物は、夜になるとこんなにも恐ろしい雰囲気を出すのだろうか。まさかこう言う雰囲気を醸し出すように設計者がそうしているのだろうかと思ってさえしてしまう。

 まあ、廊下本人も出したくて出してはいないのかもしれないけど、とりあえず怖いものは怖い。めっちゃ怖い。

 昔っから、こういう暗闇が苦手――もとい怖かった。

 今もそれは変わっていないと思う。

 まあ、こんなこと考えている時点で恐いと言っているようなものか・・・・・。


 小さな頃――小学校低学年ぐらいの時だったか。桜花の家族と一緒に家で晩ご飯を食べた日だった。

 二人ともすぐに食べ終えて退屈していた時に、親父が「これでも見るか?」と言って一本のビデオテープを俺に差し出した。俺が何? って答えると、親父は「映画だ」と一言言っただけですぐに桜花の親父さんと酒を用いて語り始めた。

 なんだか俺は得体の知れない「何か」を感じ取ったけど、案の定、桜花が「おもしろそ~。見て見ようよ」と言いだしたので俺の部屋で見る事に。

 一体どんな映画なのだろうかと、ほんの少しの期待と大きな不安を胸に秘めたまま、デッキに入れて再生。


 テレビ画面に流れるのは、暗闇をテーマとしたサスペンスホラー。

 

内容は全く覚えていない。

 と言うのも、見ているうちに気絶してしまったらしく、内容がすっぽりと抜けてしまったから。

 今思い出してみると、随分と情けない記憶である。これは俺のメモリの一番奥にしまっているから、知っている人は少ない。

 気がついた時には、目の前に心配そうに俺の事を見ている桜花の顔があった。

 その日から、俺はホラーの類が大の苦手となった。

 そして、暗闇も。

 



 でも、そんな事を言っている場合じゃないんだよな。今は。

 俺の目の前にいるのは、一昨日鎮めた奴と同じ雰囲気を持つ化け物。

 でも、大きさが半端じゃない。これは反則だろう。

 まあ、そんなことは本当は関係ないんだけどな。どんな相手だろうと俺にかかれば同じようなもの・・・・・

 なんていうことは、絶対に思わない。

 たとえ相手が小さいだろうと大きいだろうと、強いだろうと弱いだろうとしても、絶対に気だけは抜かない。

 もしそれをやったら、その時点で俺の人生に終止符が打たれるだろうな。


「なんと言うか。俺って非日常に好かれてるのかな・・・・・」


 ふうっと、今日で何回目になるか分からない溜息をつくと、右手に持つ刀をしっかりと握り直す。


「さて、ちょっとばかし本気で行きますか」


 そう言って、なんともまあ似あわないセリフだと自嘲する。

 化け物に向けていた視線をほんの少し、後ろに向ける。

 そこには、壁に寄り掛かって気を失っている葵と、力が抜けているのか、その場に座りつくして俺を見ている桜花がいた。











 最初に出てきた感想は「本の匂い」だった。

 葵と一緒に入ったその部屋には、本が出す独特な匂いが充満していた。新しいものじゃなく古書。しかもかなり古いものだと思われる匂いがそこにはあった。


「これは・・・・・本だね。結構古そう」


 葵が懐中電灯で照らした先には、無造作に積み重ねられていた本の山が幾つもあった。その中には自分が知っているようなものもあり、それらはかなりの年代物で結構な価値がある。どうしてそんなものがこんなところに埋もれているのかと不思議に思ったけど、分からない人から見ればただの古い本に過ぎず、何十年もほったらかしにしている部屋にあるのなら当然かと、少しの疑問を残して勝手に納得した。


「あっ、桜花ちゃん」


 桜花は入り口から少し入ったところに立っていた。葵が嬉しそうにぴょんっと跳ねて抱きつくが、立っているだけで無反応だった。変だなと葵が桜花の顔を見ると、その表情に困惑が生まれる。


「お、桜花ちゃん?」


 どうしたのかと愁も桜花の顔をのぞく。


「・・・・・桜花?」


 そこにいたのは目が虚空を漂っているような、ただぼんやりとした表情の桜花がいた。


「・・・・・いる」

「えっ?いるって、なにが?」

「・・・・・近くに、いる」


 と、それを言い終えた途端、桜花の顔に生気が戻っていくような感じがした。


「・・・・・あれ? ここは・・・・・どこ?」

「あっ、桜花ちゃ〜ん! ようやく元に戻った〜」

「葵ちゃん・・・・・。あれ? ここって・・・・・」

「どこって、あの扉の向こうの部屋だよ」

「え、そうなの?」


 よく分かっていないのか、少しの間おろおろとしていたが、愁と葵の説明でようやく状況を把握すると、部屋をあちこちと調べ始める。結果、ここには本、しかもかなり古く価値があるものが何冊もかさばって置いてあること。埃が積もりに積もって衛生上悪い環境にあることしか分からなかった。


「う〜ん、なんかがっかりだな。本と埃以外何もないなんて」

「そうか? この本だけでもかなりの発見だと思うけどな。明日、おっきい鞄持ってきて何冊か貰っちゃおうかな・・・・・」

「うわ〜、愁のどろぼうだ〜」

「泥棒なんて人聞きの悪い。有効活用と言ってほしいな。どうせここには人が入らないし、誰もこんな古い本になんか興味ないと思うし」

「ふ〜ん」


 まあ、こんな所だろうとは思っていたけど、まさかの収穫だったな。て言っても、いくら放って置かれているとはいえ、勝手に学校の所有物を持ちだすのはまずいか・・・・・。

 それに、図書室で毛利から聞いた話も気になる。

 この部屋がおかしいとか言ってたけど、見た感じ本と埃しかない。変な気配も何にもない。まあ、この部屋自体が変わっているとは思うけど、それ以外に見るべきものは何もない。

 あいつの勘違いだろうか? それならそれで良いんだけど・・・・・。

 何て事を考えている間、女性二人は何を話しているのか、もうこの場所についての興味を無くしてしまったようだ。


「それにしても、何でこんなに古書がいっぱい置いてあるんだか」


 別に何でもないように呟いたその一言が、今日ここに来た理由だったような気がしたけど、なんと言うかどうと言うか、如何せん面倒臭くなってきた。


「まあ、別にいいか」


 そうと決まったら、こんな怖い所(暗いのが怖いのであってそれ以外は何ともない。本当に)はさっさと後にしようと二人に声をかける。


「おーい。もう良いんじゃないか?」

「うーん、そうだね。変な音なんてならないし、期待してたほど良質なものは何にも出ないし」

「じゃあ、帰る?」


 桜花が葵に尋ねると、「うーん」と唸っている。まだ何か物足りない、と言った顔をしている。

 っても、他にいったい何があるんだか・・・・・


「ん?」


 ふと、ある一冊の本が目に止まった。

 その本だけ、周りの本と違ってタイトルが無かったからかもしれない。その本に、自分の第六感的なものが何かを感じ取ったのかもしれない。いずれにしても、その本が俺の目に止まったことは変わらない。

 手に取り、表紙についている埃を払ってから開く。

 それは、手書きの文章だった。書き方から見て、どうやら男のようだとは分かったけど、重要なのはその内容だった。




『――今日、俺は大きな罪を犯してしまった。もうどうする事も出来ない。彼に謝る事も出来ない。何にも出来ない。それに僕は逃げてきてしまった。あの図書室から逃げてきてしまった。

 最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。

 僕は愚か者だ。どうしようもない。救いようもない、愚か者だ。

 彼に酷い事をしてしまった。

 もう、取り返しがつかない。

 だったら、彼の後を追いかけて謝らなければ。

 幸か不幸か、この部屋には誰も立ち寄らない。此処で最期を迎えるというのもなんだか変だけど、そんな事も言っていられない。

 此処の壁を少し壊して、内側から直す。

 そして、その中で・・・・・』




 そおっと、辺りを見回してみる。

 少しして、一か所だけ、周りの壁とは何処か違うような所を見つける。

 そこに行ってみて、そおっと、壊れ物を触るように軽く撫でるように触れてみる。

・・・・・壁の材質が明らかに違う事が、素人でも分かる。


「・・・・・」

「? 愁、どうかしたの?」

「・・・・・いや、なんでもない」

「?」


 桜花が不思議そうに首を傾げたが、それ以上追及することなく葵との話に戻っていった。


「・・・・・まったく。お前さんが探している『彼』は、今でもこの学校にいるのにな」


 なんだろうか、やるせなくなってきた。

 まあ、あの二人には言わない方がいいだろう。

 俺は今この場所この瞬間で「知らぬが仏」と言う言葉の意味と重みを理解したような気がした。

 結局、この謎の部屋の正体は分からないまま(俺は偶然知ってしまったが・・・・・できれば知らない方が良かったのかもしれない)本日はお開きと言う事になった。二人の好奇心を満たすことはできたらしく、一応は良かった。

 それと、すぐには無理だけど、あの壁の向こう側にいる「少年」を出してあげないとな。

 いくら人が来ないとはいえ、あのままにしておく訳にもいかないし。それに、あんな窮屈な所にいたんじゃ可哀想だしな。


(にしても、何にも起こらなくてよかった・・・・・)


 左手に持っている「それ」を見る。

 毛利が言っていた事も少し気になるけど、気配を探っても特に何にも感じなかった。

 とは言っても、ここで気を緩んでもいられない。一応警戒しておく事に超したことは無いし。

 ふと、前を歩いている桜花に目が止まった。

 昔と変わらない、屈託のない笑顔。

 それを見ているだけで、頬が緩んでいることに気付く。ほんと、あいつにだけは敵いそうにないな。

 どんなに自らの技を磨いても、どんなに心を強くしても。

 桜花のあの笑顔に勝てそうにない。そう思う。


(やれやれ、だ)


 あの日あの時に出会ったときから変わらない。

 だからこそ、知られる事が怖い。自分の全てを教えていない自分に腹が立つ。

 矛盾しているこの気持ち。


(いったいどうすりゃいいのやら)


 ふう、と思わず溜息。こんなに悩むんだったらいっその事、全部話してしまおうか。いやでも、それはそれで怖い。「何で今まで黙ってたの!」何て言われるのがオチだろう。どっちにしろ怒られそうだ。


「あれ?」


 そんなことを考えていた時、葵が素っ頓狂な声を上げた。


「ん?どうした葵」

「え、いや、いま前に何かいたような気が――」


 刹那、風が廊下に吹き荒れた。

 それは突風ともとれるほどの強さで、たちまち三人とも後ろに飛ばされてしまう。


「くっ!」


 咄嗟に近くにいた桜花を抱きよせて庇う。その後すぐに、壁に叩きつけられる衝撃が襲ってきたが、こんなことには慣れている愁はなんともなかった。


「っと。大丈夫か」

「えっ? う、うん」


 突然の出来事に混乱しているのか、曖昧に頷くことしかできなかったが、ぱっと見た感じ外相はどこにも見当たらないので大丈夫だろうと思うと、隣に倒れている葵を見る。衝撃が強すぎたのか気絶していたが、こちらも外傷はなかった。 

 ホッとしたのも束の間、明らかに敵意のある気配を感じて前を見る。

そこにいたのは、昨日対峙した奴と同じ、漆黒色の化け物。


「いや、同じじゃないか」


 まったく、桜花たちがいなかったら笑っていたな、これは。

 俺たちの前にいるのは、廊下の天井に当たるか当らないかくらいの大きさの巨大な化け物だった。いや、得体の知れない化け物と言うより、「獣」と言う言葉の方が合っているかも。

 直径十センチ以上はある太い四つの足。裂かれただけで中の肉まで完全にえぐれるであろう鋭利な爪を持つ。体躯は百獣の王であるライオンをアフリカゾウの大きさにしたような感じで、顔は狼っぽい。漆黒色のた手紙を靡かせ、真紅に染まった双眸をこっちに向けている。

 これでもか、と言えるほどの殺気。ふうむ。どうやら戦う気満々らしい。

 桜花の方を見てみると、化け物を真っ直ぐ見て怯えている。まあ、そりゃそうだよな。っても、悲鳴あげたり取り乱したりしないだけ凄いと思うけど(昔っからそういうのは平気だったな)。

 でもまあ、これは作りものじゃない訳で。

 消し去る方法はただ一つ。


「・・・・・しかたない、よな」


 毛利の忠告も無駄になっちゃったな。でもまあ、「あれ」があるだけましか。

 俺は立ち上がると、さっき床に落としてしまった「あれ」を拾って、前に少し出る。


「えっ、しゅ、愁!?」


 何をしているのかと、桜花が驚きの声をあげている。

 まあまあ、桜花さんや。とりあえず見ておいた方がいいぞ。

 今から見せるは、幼馴染のもう一つの姿。この世を跋扈ばっこせし者たちを討つ者の姿。

 そして、今までずっと隠していた姿。

・・・・・なんて。そんなカッコいいものじゃないけどね。


「まあ、とりあえずっと」


 結んである紐をほどき、袋の中から「あれ」を、無銘の刀を取り出す。

 取りだした時、後ろにいる桜花の息を呑んでいるのが分かった。

 何か言いたいのを我慢して、抜刀の構えをとる。

――兎に角、早く終わらせる。

 ただそれだけを考える。それ以外の物を思考の中から一時的に消し、それだけを考える。

 そうしないと、太刀筋が乱れそうな気がしたから。




連続更新です。続けてどうぞ。

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