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三話:幼馴染との登校

ヒロイン登場です。この二人のやり取りをしっかりと書けるようにしたいです。

「おっそーい!!」


 外に出た途端、またもや怒気を含んだ声が響く。今日は何故かこういう声を聞くな、と

ぼんやり考えながらその声がしたほうを見てみると、そこには意外な人物がいた。


「ようやく来たと思ったら・・・・・これじゃあ遅刻確定だよ」


 先程の絢香と同じように仁王立ちをしながら、手を腰に当て頬を少し膨らませている少女が一人。一応怒っているつもりなのだろうが、全然迫力がなく、むしろ可愛いとさえ思ってしまう。人目に付く容姿をし、腰まで伸びている黒髪が日の光を受けて鮮やかに見える。


「おう、か?」


 そんな少女――愁の幼馴染である睦月桜花(むつきおうか)が、何で今のこの時この場所にいるのか。理由が全く分からなかった。


「あらあら、駄目じゃないですか愁さん。女の子を待たせちゃ」

「いや、待たせる待たせないの問題じゃないと思うんだけど・・・・・」


 いつの間にか玄関先でにこにこと微笑んでいた眞由莉。「おはよう桜花ちゃん」と言うと「あっ、おはようございます」と返す桜花。そう言えばこの二人は朝いつもこうして挨拶をしていたっけ、などと思う。


「まあまあ。とにかく、ただでさえ遅刻なんですから、早く行った方がいいですよ」

「う、うん。じゃあ、行ってきます」

「行ってきま~す」


 二人揃ってそう言うと、眞由莉は家の中へと戻っていった。


「さて・・・・・桜花、なんだってここにいるんだ?」


 なんだかんだ逸れていた話を元に戻し、理由を聞く愁。


「なんで、って・・・・・愁を待っていたとしか言えないけど」

「いや、それは見た感じで分かる。俺が言いたいのは、何でこんな時間になるまで待っていたのかってこと」


 二人は登下校共に一緒だが、どちらかが待ち合わせの時間になっても現われなかったら先に行くというのは普通だろう。遅刻をしてまで待つ理由が分からない。


「ん・・・・・なんて言ったらいいのかな。う〜ん・・・・・」


 悩むこと数秒。桜花が出した答えは――


「分かんないや」

「・・・・・」


 それを聞いて一瞬呆れてしまったが、十年という長い月日を共に過ごしてきただけあり、そう言うんじゃないかということは何となく分かっていた。この睦月桜花という少女はこういう少女なのだと。


「・・・・・はあ」


 その、なんとも単純難解? とも言えるようなないような答えを聞き、愁は小さく溜息をつくと近くに止めてある自転車の方へと行き、


「早く行こう」

「へっ?」

「ここにいつまでもいたら遅刻どころじゃないからな。ほら、早く後ろに乗れよ」


 呆れたような、それでもどこか温かい笑みでそう言うと、桜花も小さく微笑んだ。







「二人とも行ったのかな」

「みたい、ですね」


 愁と桜花が郷凪邸を後にすると、それに合わせているかのように郷凪夫妻――俊瑛と眞由莉が家から出てきた。


「何だかんだ言っても、やっぱり仲が良いな。あの二人は」

「本当に。桜花ちゃんが愁さんのお嫁さんに来てくれるなんて、嬉しい限りですね。ああいった女の子が愁さんの事を支えてくれるなんて・・・・・あの子は幸せ者ですね」


 本人たちの知らない所で二人は既に結婚確定らしい。それを聞いた俊瑛は苦笑すると、二人が走っていった方を見る。もう二人の姿は見えないが、俊瑛の目には愁の自転車の荷台に桜花が乗って走っている光景が見えたような気がした。


「それにしても、もう十年くらい経つんだよな~。あの二人が出会ってから」

「そうですね。月日が流れるのは早いものです」


 何となく年寄り臭い事を言った二人は互いに顔を見合わせると、ぷっ、と噴き出して小さく笑い合う。


「やれやれ。なんだか一気に年をとった気分だ」

「そうですね。何だかおかしいです」


 しばらく笑っていた二人だったが、急に俊瑛が複雑そうな顔になる。


「まあ、そういう関係になるとしても、その時はやっぱり話さなきゃならないんだけどな」


 嘆息にも似た呟き。ほんの少し寂しげな表情を作った俊瑛は知らず知らずの間に溜息をついていた。


「知られない、なんていう事は無理だからなー。これの場合は」


 そう呟くと、何処か遠い所を見るような目になる。

 それは、普段の俊瑛には絶対見られないような目であり、俊瑛には全くもって似合わないものであった。


「大丈夫ですよ、きっと」


 その呟きを打ち消すような眞由莉の声。にっこりとほほ笑むと、俊瑛の腕に自分の両腕をまわす。


「私たちもそうだったんですから。あの二人に出来ないはずありません。だから溜息は駄目ですよ?」

「・・・・・そうだな。二人なら大丈夫だな」


 眞由莉の言葉に同意するように笑うと、二人は仕事場へと向かった。







「あ〜あ。それにしてもこの埋め合わせはどうしてもらおうかな〜」


 自転車の荷台に乗る桜花の声。二人は今、いつもの通学路をのんびりと自転車で走っている。


「自分で勝手に待ってたくせに・・・・・」

「聞こえな~い。何を言っているのか聞こえませ~ん」

「何でもないよ。まったく・・・・・なんだってこうなるんだか」


 本当なら急いだ方がいいのだが、「結局、今急いでも怒られるのが早くなるだけ」という両者の意見の一致により、こうしてのんびりとしている。それに、愁たちの担任は割とそういう所は気にしない主義で、少し遅れても遅刻扱いにならない。

 ギアをちょうど良い具合に設定して漕ぐ。

 この自転車は愁が小遣いをやりくりしてようやく買えたマウンテンバイクであり、本来なら荷台などついていない。のだが、桜花の「これをつければ自転車通学できるね」と何所からか持ってきた荷台を抱きながら、愁に晴れやかな笑顔を向けてきたため、やむなく取り付けることになった。

 基本的に愁は桜花の笑顔に弱く、大抵それを見せれば無茶な要求以外はなんでも通ってしまうのである。


「まあ、そう言うと思ったけどな」

「じゃあ、何かくれるの? それともしてくれるの?」

「そうだな・・・・・。じゃあ、桜花の好きなミルクレープでも御馳走しようかね」

「えっ、いいの?」

「そのくらいだったらどんと来い。だな」

「うん! それで決まり」


 桜花の嬉しそうな声を聞きながら愁は一人心の中でふうっと息をつく。桜花の「何かしてほしい」と言うときはミルクレープの名前を言えば解決するという、お決まりのパターンになっていた。

料理に関しては桜花のほうが断然得意なのだが、ことミルクレープ、というよりもお菓子全般になると愁の方が得意で、桜花の誕生日ケーキなんかは愁のオリジナルバースデーケーキということになっている。去年なんかはイチゴをふんだんに使った特性ショートケーキを作り、桜花の舌とお腹をとても満足させた。


「えへへ、なんか楽しみだな〜」

「・・・・・ケーキでそんなに喜ぶなんて。小学生かお前は」

「いいじゃん、ケーキ。誰だって甘いものを食べれば幸せな気分になれるもん」


 ほんわか幸せ、といった表情になる桜花。


「その幸せな気分のせいで前回の定期テスト、どんな結果に終わったっけ?」

「うっ・・・・・」


 それを見た愁の一言で泣きそうな顔になる。


「あっ、あれは愁のせいだよ! あんなに美味しいケーキ作る愁がいけないんだよ」

「いや、それはどう考えたってなすり付けとしか言えないんだけど」

「そんな事ないもん! とにかくあれは、ぜー―ったいに、愁のせいなんだから」


 何と言うかどうと言うか。あまりにも稚拙なやり取りをしている二人を、通り過ぎていく人たちが、ちらちらと二人を見ていた。

 それもその筈であろう。なにせ、学生服を着た男女二人が自転車に乗りながら言い争いをしている。何ていう事があったら人々の目がそちらの方に向かないという事は無く。

 それに気付いたのか、二人はピタリと言葉を止めると、愁は黙ってペダルを漕ぎ、桜花は黙って愁の腰を掴み荷台に座る。


 しばらくすると人通りが多くなり、スーツ姿の男性や女性が生み出す人の流れがそこら中に出来ていた。愁はその流れの中を慎重に、しかし少しだけ急いでペダルを漕ぐ。


「そういえば」


 不意に、愁が思い出したように言い出す。


「ん? どうしたの?」

「ああ。親父からの伝言。今日、店の方に来てほしい、ってさ」

「忙しいの?」

「みたい。まあでも、桜花に何も用事がなければ、だけど」


 郷凪夫妻は家から歩いて二、三分の場所にある喫茶店『Esperantエスペラント』を経営していて、愁と桜花は学校帰りにたまに手伝っている。眞由莉が作るケーキはこの近辺では人気があり、この不景気の時代にも廃れずにいる。


「私は大丈夫。いっつも暇だし」

「・・・・・それはあんまり自慢できた事でもないけどな」

「むー。愁、最近なんだか私のお母さんみたいになってきてるような・・・・・」

「お前がいつまでもそんなこと言ってるからだろ」


 まあでも、それがお前の良い所でもあるんだけどな。

 などとは口にせず、ただ心の中で呟く。


「私は私だもん。『変わらない』っていうのが私」


 そう言うや否や、腰を掴んでいたる桜花の手が少し強くなり、背中にほんの少し顔を埋める。


「・・・・・」


 その温もりが恥ずかしいのか、愁はほんの少し頬を赤らめて黙る。

 こうやって二人乗りで登校するなどいつものことだが、今日だけはなんだか違っているような気がしていた。 

 でも、別に悪い気はしなかった。むしろ、この時間がとても心地よく感じる。

永久(とわ)に続く時間は存在しない。そう思っているものの、愁はこの時間がずっと続いてほしいと思った。 


「? どうしたの、急に黙って」

「ん・・・・・いや、なんでもないよ」

「ふ〜ん」


 それ以上、桜花は何も言わなかったが、きっと今思っていることは分かっているだろうと思った。

 昔から、桜花には隠し事はできなかったから。


「さて、流石にこれ以上はのんびりしてられないな。ちょっと飛ばすから掴まってろよ」

「は〜い」


 背中に感じる温もり。

 それはとてもこそばゆく、とても愛おしいものだった。


 ただそれが、どんなものなのかという事を、愁はよく分かっていなかった。

 




編集版です・・・・・。ちょっと二人の絡みを増やしてみました。これが吉と出るか凶と出るか。


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