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八話:ほんの少しの進展

 雨が降っている。空を覆うようにしている黒雲から。

 昔、父さんが言っていたことがある。雨というのは、空が流している大粒の涙なのだと。だから、雨が降っている日は空が悲しい時で、そんな時は事情に立つ僕たちも悲しくなるのだと。

 僕はその通りだと思った。

 雨が降る時は何となく憂鬱な気持ちになる。それがいったいどこからやって来るものなのか全然分からなくて、原因が全然分からなくて。

 だから、父さんが言った事が正しいのだと思っていた。

 そして、こうとも言っていた。






 雨の降る日は、何かしら悲しい出来事が起こってしまうのだと。










 

 愁と飛鳥が話をしている頃、雄真は一人、だだっ広い大きな部屋ぽつんと立っていた。

 この部屋司書たちの鍛錬室(トレーニングルーム)のような部屋であり、恵が作った特製の機巧像(ゴーレム)を相手に様々な状況に応じた訓練を行う事が出来る。が、今この部屋にいるのは雄真だけで機巧像の姿はどこにもない。

 雄真は一日に一回、必ずこの部屋に来ては一人でこうしている。目を閉じ、ただただ心を空っぽにする。余計な邪念を振り払い、何も存在しない虚空を思い浮かべる。


「・・・・・」


 柔道着で身を包み、右手には雄真の小柄な体躯とはかけ離れた巨大な得物が握られている。

 青色の刀身に細長い柄。その先端には緋色の紐が付けられているそれは薙刀の形状に非常に酷似している。

 中国における太刀の一種、青龍偃月刀せいりゅうえんげつとう。有名な三国志演義に出てくる武将、関羽が愛用していたとされる武器。

 書籍館に属する司書は必ず何かしらの武術、術式を身につけていることが前提であり、それは館長においても例外ではない。というよりも、館長だからこそどんな司書よりも高度な戦闘技術を身につけていなければならない。


「・・・・・」


 閉じていた目を開き、偃月刀を振り回す。

 雄真は基本、理式を中心とした多種多様で高度な術式を使用するが、それ以外にも槍術と棒術を合わせた我流で戦うことも多い。雄真の小柄な体躯からは想像できないが、普通以上の力を持ち、一度偃月刀を揮えば周囲に小さな嵐が起こるほどの槍舞(そうぶ)を見せる。

 斜め右上に薙ぎ、その反動で回転。更に同じ方向に薙ぎ、回転せずに止める。


「はっ」


 今度は左下に薙ぎ、その途中で刃の向きを変え、右に水平に薙ぐ。そこから回転して偃月刀全体を回し、先程と同じ姿勢で止める。そして今度は左に水平に薙ぎ、また全体を回転させて上段で刀を振るうように上からブンッ、と叩き切るように薙ぐ。


「はっ、はっ」


 その動作を何回も何回も繰り返し行う。この形は雄真の父親である(すばる)から教わったものであり、毎日これを何百回も繰り返す。

 何事も基本が重要なり。稽古を最初にしてくれたときに教わった最初の教えである。

 その教えを雄真は今も忠実にこなしている。

 たとえどんなに忙しかろうと、これだけはやらない日は無かった。此処でなくてもどんな場所でも必ず行っていた。

 それくらい、雄真は昴を館長として、父親として尊敬していた。

 いつも自分の目の前にある、とても大きな壁。

 いつか自分も、いつか自分もと毎日自らを磨いていた。それは今でも変わらない。変わる事は無い。

 でも、

 越えるべき壁はあっても、その壁を作った後ろ姿はもうない。


「はあぁぁぁぁぁぁ!!」


 ブンッ、と大きく一振り。

 荒い息遣いだけが部屋に響く。


「・・・・・父さん」


 思わず呟いてしまう。

 とうに吹っ切れたと思っているのに、それでもまだ


「情けないですね・・・・・。こんな所、見せられませんよ」


 悲しみが込められた笑みを浮かべると、雄真は再び偃月刀を構え直して槍舞を始める。


「はあぁぁぁぁぁぁ!!」


 何故だろうか、気迫あるその声が虚しいと思ってしまうのは。











 夜。愁はリビングで一人頭を抱えていた。


「うーん・・・・・」


目の前のテーブルに置かれているのは数冊の文庫本。今日帰りに書店によって買ってきた、愁が好きな作家さん達の新刊である。基本、愁は小説であればとことんドロドロとしたもの以外、ジャンルを問わず何でも読む。


「迷うなー・・・・・」

「何が?」


 振り返ってみるとそこには姉の絢香(あやか)が頭にバスタオルを乗せたままずいぶんとラフな格好で立っていた。髪の毛に滴が付いていることから風呂上りということが分かる。


「おお絢姉。いやさ、この中からどれを最初に読もうかなーって」

「・・・・・羨ましいわね。どの本を読むのか、ってだけでそんなに悩めて」

「何を言う。俺にとっちゃ重要な悩みだぞ」

「私にしてみれば些細なことに過ぎないわよ。私なんてもっと大きな悩みがあるんだから」

「その歳になって未だ恋人が出来ないこと?」

「あはは、殺されたいの?」


 にこやかに笑って強烈な殺気を向けてくる絢香。それを感じ取った愁は「すいませんでした」と素直に頭を下げて謝る。

 愁には桜花が(といっても本人に自覚なし)いるように絢香にも彼氏がいても可笑しくは無いのだが、如何せん世の中というものはそう都合良くは行かないもので。昔からそういったものとは殆ど縁が無い絢香である。と言っても容姿はとてつもなく良いので周りの人間は気にしないという事は無いのだが、本人の希望する男性像が「自分が持っていないものを持っている人」というなんとも難解な条件があり、それが大きな原因となっていることは言うまでもない。


「いいわよね~、愁には桜花ちゃんがいるんだから」

「そりゃどういう意味だ?」

「・・・・・ホント、あんたって頭良いんだか悪いんだか」


 はあっ、と嘆息を一つ。


「あーあ。私にも出会いの一つ無いものかしら」

「大体にしたって絢姉の基準が意味分かんないよ。自分には持っていないものを持っている人、なんて言われてもさ、自分が何を持っているのか分かってない人がほとんどなんだから」

「それは私が見極めるの。まあ今の所、私の周りではそういう人はいないわね」

「そんなんじゃ、婚期過ぎちゃうんじゃ」


 そう言い切ろうとした所で絢香の強烈な回し蹴り。司書ではないものの絢香も俊瑛に鍛えられているため常人以上の力と技術を持つ。普通の人では見極めることすらできないその蹴りを、愁はわざと紙一重の所で頭を伏せてかわす。


 ブンッ! と大きな音が響く。


「そう何度も食らわないっての」

「ちぇっ、やっぱり私じゃ敵わないか」


苦々しい表情を作ると愁の向かい側にドカッと座る。


「どんどんあんたとの差が開いていくわね。昔は私の方が強かったのに」

「そりゃしかたないよ。俺は司書だしね」

「司書、か」


 頬杖をついて愁が言った言葉を繰り返す。


「私も司書になっておけばよかったかな」

「どうしたんだよ急に」

「なんか最近さ、大学が急に狭く感じちゃう時があるのよね。そう感じるとさ、霽月館を思い出すのよ。あそこはどんなに恵まれた環境だったんだろうか、ってね」

「そんなもんかな」

「そんなもんなの。だからさ、最近そう思うのよ。あんたみたいに外に出て暴れてなくても、研究職なんかもあるからね」

「まあ、そうだけどさ。母さんには話したの?」

「まだ。というか、自分でもどうしたいのか全然分かって無くて板挟み状態って感じかな」


 寂しそうに微笑む絢香。そんな表情をする姉を愁は見たことが無かった。だからこそ、こういう時にどうすればいいのかも分からず、ただ黙っているしかなかった。

 ほんの少しの沈黙。それが随分長く感じた。


「・・・・・まっ、何とかなる、かな」


 そう言うと勢いよく立ちあがり、愁の頭をくしゃくしゃとかき回すと「じゃあ、おやすみ」と言って部屋に戻っていった。


「・・・・・難しいね、こういうのって」


 自分に言うように小さく呟くと、本を手にとって部屋に戻っていった。











 翌日の昼休みの時間。屋上にはいつも以上に人が集まっていた。


「では・・・・・どうぞ」


 と、雄真が差し出してきたのは漆塗(うるしぬ)りに蒔絵(まきえ)で飾られた木製の重箱が五つほど。待っていましたとばかりに愁が蓋を開けると、そこには様々な料理が所狭しと敷き詰められていた。エビチリや青椒肉絲チンジャオロースと言った手の込んだものや、出し巻き卵にマカロニサラダといったものまで、とにかく多種多様の料理がそこにあった。


「おお凄いな」

「相変わらず凄いな~雄真くんは」

 

 愁と桜花の賛辞。


「うわあっ!! 槙人見てよこれ、私こんなに凄いの見たこと無いよ!」

「確かに・・・・・この年で此処までの腕前。流石としか言いようが無いな」


 葵と槙人の感嘆。


「・・・・・」

「・・・・・」


 言葉も出ない小夜と愛美。


「うん。すっごく美味しいわね」


 いつの間にか食していた菜月の感想。


「って、何一人だけ食べてるんですか!」

「だって早く食べないと冷めちゃうし。みんなも早く食べなきゃ」


 言うや否や、再び食べ始める菜月。それを合図にしてか、愁たちもそれぞれ端を手に取り食べ始めた。

 何故このようなことが行われているかというと、事の発端は昨日の昼食にあった。

 偶然出会った愁一行と菜月一行。一緒に食べている時にどういった経緯からか料理の話になり、その時に桜花が


『そう言えば、雄真くんって料理が凄く上手なんですよ』


 と言った事からその真偽を確かめるべく、昨日いなかった葵と槙人も含めて郷の昼食全部を雄真が作って来るということになった。最初は愁と桜花も手伝うといったが


『いえ、一人で十分ですので大丈夫ですよ』


 という言葉に押し切られ、結局雄真一人が作ることになったという訳である。


「うん美味い。本当に相変わらずって感じだな」

「いえ、それほどのものでもないですよ。家にあった材料だけで間に合わせたものですから」

「それでこの味かー・・・・・感服いたしました」


 思わず敬語になる菜月に雄真が慌てたように手を振る。


「な、菜月先輩。大袈裟ですよそんな。そんな大層なものじゃないんですから」

「なに言ってるの。こんなに美味しい料理が作れるなんて十分凄い事よ。誇ったって良いんだから」

「はあ・・・・・」


 曖昧に頷く雄真。

 そんな中で桜花、葵、愛美の三名は食べることに勤しみ、槙人はその様子を見て呆れ共あきらめともつかない表情をしていた。

 そして、小夜は黙って食べながら、不意に


「霧月君!!」


 真剣な、しかしほんのりと赤みがかった顔で雄真を呼ぶ。


「は、はい! なんでしょうか・・・・・」


 急に名前を呼ばれたので少し焦る雄真。が、小夜はそんなのお構いなしに雄真に向かってこう言い放った。


「お願いです!! 私に料理を教えてください!!」

「・・・・・えっ?」


 何を言われたのか今一つ理解できなかったらしく、雄真らしくない間抜けな返事をした。


「えっと、だからその・・・・・私に料理を教えてください」

「ぼ、僕が、ですか」

「・・・・・うん」


 ようやく言葉の意味が理解できた雄真。考えるような仕草をして、それから、


「・・・・・僕は基本的に家に帰ったらやらなければいけない事があります。ですから、殆ど時間がとれません。それでもいいですか?」


 それが霽月館の館長職であることを小夜は知らない。が、それが大切なことということは顔を見ただけで分かった。


「それでも、いいです。その・・・・・霧月君に、教えて貰いたいの」


 顔を真っ赤にしながらも言い通した自分の気持ち。


「分かりました。微弱ではありますが、力になりますよ」

「あ、ありがとう・・・・・雄真君」


 思い切って名前で呼んでみる小夜。が、そこは鋭い霧月雄真。ほんの少し驚いた顔をすると、小さく微笑んで






「どうってことないですよ、小夜さん」





大変です・・・・・すごく大変です・・・・・。小説を書くことは簡単だけど、それを持続させることはとても難しいと、誰かが言っていた言葉を思い出します。

しかし、負けません。僕は書き続けます!!

てな感じで二章八話、どうでしたか? なんだかまた「日常」に戻ってきているような気がしますが、次の話では「非日常」を書くつもりです。

投稿済みの話も結構修正が加えられているのがあります。それをしていると、自分がまだまだ力不足という事を痛感します。ですが先程も言ったように、僕は負けません!!

では、また次回お会いできたら。

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