七話:報告、報告。
「そうだったんですか・・・・・御苦労さまでした飛鳥さん」
「問題ない。少しばかりイレギュラーがあったが何の支障もなかったからな」
霽月館のとある一室。ここは代々館長が使用する部屋で、当然ここの主は現館長である雄真である。
司書には必ず一室が与えられているが、ここの部屋は多少作りが違っていてしかも広い。ここにあるものは前館長である雄真の父親、霧月昴が使用していたものをそのまま残している。変えるのが面倒だから、という理由からではなく、父親がここを使っていたという面影を少しでも残しておきたいという雄真の思いだからである。
「想影と魔物が一緒に、ですか・・・・・珍しいですね」
「ああ。そう思って色々工場を調べてみたんだが・・・・・特に何もなかったな」
想影と魔物というのは人を襲うという点では一致しているが、人の想いから生み出された想影と自然から生み出された魔物は基本的に相反する存在。近くにいるようなら互いを襲うはずなのだが、今回の飛鳥が遭遇した奴らに関しては全くの別物だった。が、調べても特に何かが出てくるという訳でもなく。結局何も分からないまま、飛鳥は帰還し、丁度来た雄真に報告をしているところだった。
「まあ取り敢えず、それについては置いておきましょう。判断材料が少ない現時点での推測は危険ですしね」
そう言うと、座っていた長椅子に深々ともたれかかりながら、目の前にあるかなりの量がある書類の一つを引っ張り出して目を通し始める。霽月館の館長の仕事の半分は館に関する様々な「厄介事」を処理することにある。館長になって早三年。この作業に既に慣れている雄真であるが、慣れたからと言って作業自体が好きになるという事は決してない。いやむしろ、逆にどんどん嫌になって行っているかもしれない。
それでも、雄真は泣き言一つ言わずに黙々と眼を通してはそこに色々と書き入れる。それが済むと更に別の書類に目を通し、また同じ作業を行う。それの繰り返し。見ている方も飽き飽きとしてしまうほどである。
「・・・・・今回は随分な量だな」
「ええ本当に。まあこの時期は大体こんなものですけどね」
肩をすくめて答える雄真。この時期、と言うが実際は時期など関係なく、悠馬の目の前にある光景が変わることはない。しかもこれが仕事の半分だと言うのだから、司書たちよりもかなりの激務をこなしていることになる。それでも体調を崩さず、尚且つ愁たちと同じように前線に向かえるのは偏に雄真の才だろう。そんなことを飛鳥はひっそりと思っていた。
「・・・・・ところで、愁のやつはどうした」
「愁さんですか? 確か・・・・・中央書架の五階だったはずですけど」
中央書架。桜花が初めてここに来た時に見た、巨大な円柱状の書架である。そこに保管されているものは霽月館の中でもかなり重要な部類に入るものばかりであり、司書たちでさえ閲覧するためには館長である雄真の許可がなければ触れることすら叶わないと言ったものである。
「五階・・・・・古代言語の資料がある所か」
「はい。なんでも急に必要になったものがあるとかなんとか言っていましたよ」
愁の霽月館で行う仕事は古代語修復。表に出ていないものも含めて、この世界には何千という古代言語が存在する。それを解読し、修復するのが愁の役目なのだが、基本は前線に出て討伐やらなんやらの依頼をこなすことの方が多いため、そっちの方の進み具合はあまり芳しくない。それについて御咎めが一切ないのはそれだけ十二分に暴れまわっているという事だが。
「そうか。助かる」
「いえ。愁さんに何か用事でも?」
雄真が尋ねると、飛鳥は表情一つ変えずに、
「ああ。少しな」
短く返答すると、そのまま背を向けて館長室を後にした。
中央書架五階。そこにある巨大なテーブルにある椅子に座りながら、愁は古めかしく分厚い本をひたすら読んでいた。
それ以外にもテーブルの上にはどっさりと、いま愁が手に持っているようなものと同じような本が幾つも置かれていた。しかもそれらは今さっき読み終えた物ばかりであり、既に必要な情報は愁の頭の中に記憶されてある。
愁の読書量は普通人と比べることすら愚かしいと思ってしまうほどの量であり、それを知っている人たちからは読書狂なんて呼ばれていたりする。呼ばれている本人はそこまで読んでいないと否定しているものの、一日平均六冊以上という結果が既に出ているためその反論はまったくもって無意味だったりする。
「・・・・・ふーむ」
口元に指を当てながら考え込む愁。その表情はまるで謎解きを楽しんでいる少年の顔にしか見えなく、影で世界を支えているなど微塵も思わせないほどの純粋な表情だった。
「これには載ってないか・・・・・となると、やっぱりあれにならあるかな」
パタンッと本を閉じると、こめかみをググッと右の指で強く刺激する。一時間以上も同じ体制で瞬きをする時間を惜しむように読んでいたので目が疲れていた。それが済むと先程冬実が置いてくれていた緑茶が入った愁専用の湯呑を持ち、一気に緑色の液体を仰ぐように喉に流し込む。丁度いい温さ加減のそれが乾いていた愁の喉を潤す。
「ふう。ま、今日はこのくらいでいいかな」
テーブルの上には本の他に、先程まで色々と書いていたノートが数冊置かれている。愁がこれだと思った資料を元に様々な言語解読を一気に行っているためノート一冊一冊全部が普通の人から見れば何がなんだかさっぱりな言葉が綺麗に並べられている。
んんっ、と背伸びをするとそれから一気に椅子から立ち上がって本を元あった場所に戻し始める。挟まれてある番号札みたいなものを頼りに次々と片づけていき、数分後にはテーブルの上には数冊のノートと湯呑しか残っていなかった。
「よしっ、今日のお仕事はこれにて終了。後は部屋に戻ってノートを置いてから訓練室、かな」
この後の予定を確認した後、この場所を後にしようとしたその時、
「愁。少しいいか」
後ろから声。振り返ってみるとそこには、いつものように薄汚れた白衣を着た飛鳥が歩いてきた。
「飛鳥さん? 珍しいですね、この階に来るなんて」
飛鳥の仕事は魔術と科学の融合。そのためか、言語のみをそろえてあるこの五階にはあまり来ることがない。愁の疑問は御尤もという訳である。
「少し、な。お前に話したいことがあってな」
「うわっ、珍しい。どうしたんです急に。司書以外の事を飛鳥さんと話すなんて数えるくらいしかないんですけど」
「・・・・・そんなになかったか」
「ええ、そんなになかったですね」
これを機に、もう少し他人との会話を増やした方がいいのだろうかと密かに思った飛鳥だった。
「・・・・・まあ、とにかくだ。さっき言ったように話すことがある。時間はあるか?」
「大丈夫ですよ。いま丁度終わったところですし」
そう言うや否や、先程と同じ椅子に座る愁。飛鳥も愁の近くの椅子に静かに座る。
「で、どうしたんですか一体。悩みごとの相談、なんてありえないし」
尋ねる愁に向って、飛鳥は口を開くと
「・・・・・単刀直入に言おう。少し前に恵から《探究者》の目撃情報を聞いた」
重々しく、一言そう言った。
「っ!!」
飛鳥のその言葉を聞いて、にこやかだった愁の顔が一瞬にして凍りつき、言葉を失う。
「と言っても、不確定だからまだ本当かは分からないが・・・・・俺は間違いないと思っている」
いつもの優しさが含まれているポーカーフェイスとは違い、今の飛鳥にあるものは本物の冷たさだった。
「・・・・・そう、か。やっぱり、そうだったのか」
「まだ雄真には話していないが・・・・・言うべきだろうかと迷っていてな」
「話しちゃだめだ」
即答する愁。
「あいつになんて話したら、それこそ我を見失っちゃうよ、飛鳥さん。それ話してなくて正解」
小さく笑ってはいるが、その笑みも飛鳥と同じ冷たさを宿していた。
「兎に角、まだ確定した訳じゃないしね。一応今のところは放っておいた方がいいって感じかな」
「そうか・・・・・ならそうしよう。だがこのことは、俊瑛さんたちには伝えておいてくれないか。あの人達には知る権利がある」
「そう、ですね。じゃあ、今日帰ったら言ってみますよ。どんな反応するかなんて今から決まったようなものですけど」
「そうだな」
会話がそこで止まり、重い沈黙が辺りに流れる。二人とも何か物思いにふけるような表情になり、何処か憂いもそこにあった。表情の変化があまりない飛鳥でさえ、いつもは見せない寂しげな感情を浮かべていた。
「・・・・・もし、あいつが俺たちの前に現れたら、お前はどうする」
不意に呟くように言った飛鳥。その言葉を聞いて愁は何の迷いもなく
「その時は、戦いますよ。あいつ一人だけが、痛みを背負っている訳じゃないんですから」
ひっさしぶりの投稿です。遅れてしまって申し訳ないです・・・・・。
因みに、もうすぐ学校もテストがあるのでまた遅れるかもしれません。本当に申し訳ないです、はい。
さて、分かっているかもしれませんが、名前を変えました。変えたというよりも、今の名前が執筆活動での本当の名前だったので、直したというほうが正しいかもしれません。今後は葉月陸斗で宜しくお願いします。
あとあと、気づいている方も多いかもしれませんが、前に投稿した話の内容が追加されていた、なんてことがあります。色々とチェックしてみると話が追加されているかもしれませんので、時間があればどうぞです。
あと、短編小説も投稿してみたので、よろしかったらそちらも。
では、また次回。