第一章 一話:真夜中の決闘?
時刻は午後十一時二十分。空はずいぶんと前に綺麗な夜色に染められ、暗闇と静寂が支配する時間になっている。
そんな時間のとある場所で、ある一人の少年――郷凪愁は寝癖なのか癖っ毛なのか分からないほどぼさぼさした髪に、ほんの少し眠たそうな表情をしながらある場所に立っていた。
――いい加減、嫌になっちゃうな。
心の中で憎々しげに、そして疲れたように呟く。
――今日はちょうど見たかったアクション物の映画が、地上波で放送されると新聞に書いてあったから楽しみにしてたのに・・・・・こういう時に限っていつもこういう事が起きるんだよな。やっぱり俺って何かに取り憑かれているのか?
なんて事を思って、思わず苦笑してしまう。取り憑かれている。確かにそうなのかもしれない。今までこれが当たり前の事だと思ってきたからなんの事もなかったけど、根っこの深い所で自分は何かに取り憑かれているのかもしれない。
多分、自分はその正体を知っている。知っていて、あえてそれに取り憑かれているのかもしれない。
「あーあ。何だってこんな時間に現れるんだか」
もう面倒くさい。というような口調で言うと、愁は「自分の目の前に立っているもの」を再び観察するように見る。
そこには人の形に似た巨大な人形のようなものがいる。その大きさは成人男性二人に小学校低学年ぐらいの男の子を合わせたくらい。人に似ているといってもそれは形だけであって、それは人とは程遠い。子供が粘土の工作でふざけて作った不細工な形で、その身は夜色にも似た漆黒に染まっている。顔があるであろうと思われる場所には表情が無く、そこも体と同じ漆黒に染まり、のっぺらとしている。腕は細くて長く、だらん、とだらしなく下に垂らし、手はマンホールほどの大きさがある。
簡単に言ってしまえば、化け物だ。お伽噺や小説の中にしか出てこないような、漆黒色の化け物。
そいつの目の前に、愁は平然と立っていた。
「前の奴より一回り大きい・・・・・? あんまり大きさに差異は無いはずだけどな」
少しの驚きと戸惑いが混ざった言葉を小さく呟く。が、そんな言葉とは裏腹に、その表情には不安や恐怖といったものが無く、むしろそれを見た人が「寝不足なのか?」と疑問を持ちそうなくらい眠たそうにしていた。
「まあ兎にも角にも、早く終わらせて寝たいよ。本当に」
――ブォォォォ・・・・・
そんな場違いな言葉を言ったその時、化け物が低い唸り声を上げた。スピーカーが出す低い雑音のようなそれに愁は少し顔をしかめる。
「かなり怒ってるな。って、そういう感情から生まれたから当然か」
刹那。だらりと垂れていたはずの黒人形の右手がいつの間にか巨大な拳を作り、愁が立っていた場所に向かってその巨大な体からは考えられないスピードで突き出される。
ドゴォォォォン!!
巨大な衝撃が地面に皹を走らせ、耳を塞ぐような音が辺りに響く。辺りに砂埃が舞い、そこだけ視界が悪くなる。
――ブォォォォ・・・・・ブォォォォ・・・・・
低い唸り声。だが、先程とは少し違い、まるで何かを成し遂げた喚起の声を上げているよう。
「・・・打撃の速度も上がっている。能力も全体的に上がっているのか。普通だったら、あんまり無い事なんだけどな」
愁の声。ただし、その声は今しがた拳が振り落とされた場所からではない。
砂埃が晴れる。そこにあるのは化け物の黒く細長い右腕と、その右腕によってへこまされた舗装されてある道。それだけ。愁の姿は何処にもない。
「でも、だからって俺がすることに変わりなし」
声がする場所は、そこから少し後ろに離れた所から発せられたものだった。そこで愁は最初からずっとここにいたかのように立っていた。
「しかたない、か」
そう言うとその巨体に向けて左腕を突き出す。いつの間にやら、その手には竹刀袋に入れられた「何か」が握られていた。
無造作に結ばれていた紐の結びを解き、中に入っていたものを取り出す。
それは、化け物と同じ漆黒に染まる鞘に入れられた、一振りの刀。
柄を右手で掴み、引き抜く。
その刀身は鮮やかな鋼色で彩られており、微弱な月の光を反射しているのか、淡く輝いている。鍔は丸形の錆色で、その色褪せさがその刀の歴史を物語っているかのように思える。
愁は切っ先を相手に向けたまま何もせずその場に立っていた。じっとそれを見つめるその瞳には冷たい氷のような感情を宿しながらも、その一方では全てを包み込む女神の羽衣のよう優しさを宿していた。その二つの相反する感情を表に出し、先程の眠気などいったいなんだったのかと思わせるような表情になっていた。
「さて、始めますか」
言った次の瞬間、愁は巨体に向かって走り出していた。
化け物は愁のその動きを待っていたと言わんばかりに、いつの間にか構えられていた左腕を先程と同じ動作で突き出す。が、動作は同じでも先ほどの打撃速度より速く、目標である愁をより正確に狙った突きだった。
「やっぱり、いくら能力が上がったからって知能まで上がるってわけじゃないか・・・。そこが可哀想な所だな」
嘆息にも似た愁の呟き。その呟きと同時に刀を鞘から抜刀するような構えをし、ふうっ、と息を吸い込む。
次の瞬間、愁は右に小さく跳躍する。
それは化け物の突きを紙一重でかわすか否かというものだったが、服に掠ることなくそれを避ける。
そしてその突き出された腕には、いつの間に刀の切っ先が食い込まれていた。
「ごめんな」
愁は詫びの言葉を言うと、そのまま流れに任せて黒人形の腕を切り裂く。剣の達人が刀で紙を切るように、それはスパッ、と綺麗に切断される。そこから血が噴き出ることはなく、代わりに黒い霧が霧散するように噴き出す。
ブォォォォォォ!!
化け物の苦悶。が、愁はそれに怯むことなく刀の刃を返し、目前にある巨体に切り込む。それと同時に黒い霧が視界を塞ぐかのように噴き出したが、愁にとってそれは無意味だった。
更に切り込み、また切り込み、切り込む。
その時、右側から化け物の右腕が迫る。が、それも予想していたのか、愁は特に驚きも焦りもせず、その場で大きく跳躍する。普通の人間ならまずできないような高さを軽々と飛んでみせると、刀を上段に構え、そのまま降下の力を加えた一閃を叩き込む。
バサッ!という音と共に、化け物は真っ二つに引き裂かれた。その巨体は一瞬、硬直したように動かなくなったが、切りつけたときと同じように全体が黒い霧となり霧散した。まるで最初から存在していなかったかのように、痕跡すら残さず、綺麗に。
ふうっ、と一息ついたのも束の間。後ろから新たな気配が生まれ、反射的に振り向く。
そこにいたのは、今し方倒した奴と同じ姿形をした化け物が数体、地面から生えるようにして現れる。
――ブォォォォ・・・・・
低い唸り声が、不協和音のアンサンブルを生み出す。それは本当に不快な音で、それを聞いている愁は今すぐにでも耳を塞いでしまいたい衝動に駆られる。
「まあでも、ここは我慢すべき時っと」
言い聞かせるようにそう言うと、黒人形たちに向かって再び走り出す。右手に握られていた刀はいつの間にか鞘に戻されて左手にあった。
化け物たちは先程の奴と同じように、だが今回は複数あるその腕が愁に向かって放たれる。それは愁をしっかりと捕らえており、このまま走っていれば確実に命中する。
次の瞬間、愁の姿が消えていた。
いや、正確に言えば消えたという訳ではなく、高速で移動したためそれが残像となって消えたように見えただけなのだが。兎に角、愁は物凄い速度で近くにいた黒人形の懐に入っていた。
化け物たちはそこにいたはずの愁が消えて少なからず動揺しているように見えた。表情が無いためそれを確認することはできないが。
その隙を逃さず、愁は近くにいた奴に向かって一太刀浴びせる。
綺麗に断たれたそれを確認することなく、続いて傍にいる奴にも一太刀。一瞬にして二体の化け物を屠る。もはや芸術とも言えるその剣舞は正確に相手を捕らえ、確実に一体一体切り伏せていく。
近くにいた化け物が愁の姿をとらえると、もはや指摘するのも面倒になって来たその手を愁に向けて突き出す。
――芸の無い奴らだな
が、次の瞬間にはその考えが外れた事に。
愁に向かっていた右手が突然、ボンッと爆発した。黒い霧が噴き出す中、破裂したそれが複数の触手のようなものに変化し、愁に襲いかかる。
心の中で舌打ちすると、自分に向かってくる黒触手を刀で切り捨てていく。だが、切った所で幾ばくか経つと切り口から再生し始め元に戻る。
――埒が明かない。
切るのを止めると、愁は本体を狙う事に。
右に小さく、すばやく移動し、そこから足に力を入れて一気に踏み出す。バンッ! 斗聞こえる音を発し、相手の懐まで一気に突き進む。途中、黒触手の妨害があったがそれも切り捨てていく。
懐に入ると、いつの間にか鞘に納めていた刀を抜刀。一閃を化け物に与える。
何もすることも出来ないまま、黒人形たちは黒い霧となった。
「ふう。ようやく終わったか・・・・・」
小さく一息付くとその場に座り込む。
もう周りからは先程の気配を感じない。多分、ここは鎮める事が出来た。と言っても、結局の所、これもその場凌ぎにしかならない。
「普通だったら、月に二、三回なのに・・・・・今月はこれで六回目か。いつにも増して多すぎるっての」
そう言うと、また小さく溜息をつく。
「っと。そういえば、あれを直さないとな」
向いた先にあるのは、先程化け物が愁の立っていた所をぽっかりと空けてしまった場所だった。愁は立ち上がると、その場所まで行き被害のほどを確かめる。
「うわっ。これは何と言うか・・・・・こんなのまともに食らったら安らかに旅立てそうにもないな」
呆れ半分驚き半分といった顔をして言うと、指をパチンと鳴らす。
すると、地面に青色を帯びた幾何学模様な物が現れ、ほんの数秒の後、一瞬だけ強く光ると消え去り、地面に空いていた穴も消え去っていた。
「よしと。まあこんなもんだろ」
うんと頷くと、ポケットから携帯電話取り出し何処かに掛ける。数秒したのち相手先が出たのか、愁の表情にちょっとした達成感のようなものが浮かび上がる。
「あ、もしもし冬実さん? 愁です。さっき電話で言ってきた奴ですけど、今ちょうど鎮め終わりました。なんか前のよりも大きかったですけど問題無いです。はい・・・・・はい、了解です。じゃあ、また明日」
短い会話を終えて電話を切ると、ふうっと一息ついて空を見上げる。
所々、小さな星たちが輝いている。まるでその星一つ一つがこの世に存在している人の数だけ存在しているかのよう。まるでその星の輝き一つ一つが、この世に存在している人の命の輝きを現しているかのよう。
「なんて。俺は詩人か、っての」
自嘲を宿した笑み。だがそれも一瞬のうちで、すぐにそれを消すとさっき放り投げていた竹刀袋を拾い上げ刀をしまう。
そのまま何も言の葉を発することなく、ただ黙って歩き始めた。
ちょこっと戦闘の方を変えました。前と比べていかがだったでしょうか?
作品の閲覧形式も変更したのでちょっとごちゃごちゃしていますが何とか直していきます。
感想、指摘などを出来ればお願いします。