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四話:雨上がりに

 

 翌朝。久方ぶりの雲一つない澄みきった青空。今まで雨雲に隠れていた太陽が姿を現す。道の所々には水たまりができていて、日の光を受けて宝石のように輝いていた。

 その水たまりを数人の小学生たちがわざと勢い良く踏みながら楽しそうに遊んでいた。ばしゃんばしゃん、という音と一緒に無邪気な笑い声が辺りに響く。


「懐かしいな」


 そんな光景を、少し離れた所から歩いて見ていた愁はポツリと言葉を落とす。

 登校の途中、ふと耳に小さな子どもたちの喧騒が入ってきてそっちを見てみたらその光景がそこにあった。

 きゃっきゃきゃっきゃと笑いながら走り去っていく小学生たち。その光景は五日の自分にも当てはまっていたもの。それを見ていた愁はつい懐かしんでいた。


「昔は俺もあんなだったなー」


 そう言って、なんて爺臭いことを言っているのだかと思う。なんだか一気に年を食った錯覚に襲われる。

 愁が小学生だった時も、雨が降った後の翌日には桜花や雄真たちと一緒にわざと水たまりの所を踏んで駆けて行った。

 そんな純粋無垢な小学生だった自分も、もうすぐ十七歳。いやはやなんと早いことやら……


「どしたの愁。なんかしみじみとしちゃって」


 今までの思い出を懐かしんでいた愁に横に並んで歩いていた桜花がふと尋ねる。


「ん。なんかさ、俺も昔はあんなだったなー、って思っていた今日この頃」

「なにが……って、あれのこと?」


 桜花は水たまりを踏みながら走っている小学生を見て尋ねる。


「ああ。俺も小学生の時はあんなことやってたなー、って」

「なつかしいね~。私も覚えてる。えーっと、確かあの時は雄真くんもいたよね?」

「よく覚えてたな。()っくの昔に忘れてると思ってた」

「そりゃあ覚えてるよ。愁が水たまりを踏んだら滑って転んでばしゃ~ん、ってなったからね」

「……そういう赤っ恥なエピソードは忘れても十二分に構わないんだけど」


 桜花がそういったせいで、確かにそんな事もあった、と思いだしてしまった。一瞬にして懐かしい思い出が昔の自分の痴態に変わってしまった今日この頃であった。

 何だかとても虚しい気持ちになった愁だったが、その時に愁の左腕をぎゅう、っと腕を組んでくる桜花。


「……どうした?」

「なんでもないよ~、うん。なんでもない」


 明らかに何でもあるだろ。と心の中でツッコむ愁。

 傍から見れば学生同士の甘酸っぱい様子。だが流石に愁も外で、しかも朝の通勤や通学で人が多いこの時間にこう言った事をするのはあまりよろしくないのでは。という考えは持っていた。

 でもそれは愁だけであって、桜花には無い訳で。

 何と言うかここのところ、桜花がこうやって愁に甘えてくる事が多くなっていた。最初は特に気にしていなかった愁だったが、日を重ねるごとにその回数及び甘え方のレベルが少しずつ上がっていき、しまいには人の目がある外でさえこうして腕を組んでくる。くっついてくる。

 

「……なあ桜花」


 と言いかけたは良いものの。


「? どしたの」


 ちょこんと首を傾げて尋ねる桜花。


「……やっぱりなんでもない」

「?」


 こんな感じで終わる。

まあ別に、嫌なことと言う訳ではなかった。

 嫌なこと、という訳ではないのだが、


(……当たってるんだよな)


 ふうっ、と心の中で溜息をつく。

 そう。思春期の男子なら誰もが気にするであろう、女子の「膨らみ」部分である。愁はそういた事には疎いが、疎いと言うだけで知らないと言う訳ではなく、そう言った知識は周りの男子と同じであると言う事を覚えておいてもらいたい。

 さて、愁の腕に抱きつくように組んでいるということは即ち、その「膨らみ」が上腕に当たると言うことであり、その感触が腕に伝わると言うことであり、力が加えられれば加えられるほどその感触が伝わるのが強くなるということである。

 これは余談ではあるが、桜花の「膨らみ」は一般的な女子の基準と比べるとそれ以上なのである。

 つまり、


――ふに。


 流石の愁もこれには参ってしまうのであった。

 と言っても、桜花がこうなった原因は分からない、という訳ではなかった。

 愁は桜花がこうして甘えてくるのは、自分が今まで隠してきたこと――司書について全て話したからだと思っている。

 今まで隠してきたことを全部話したから。桜花は多分、その事が嬉しかったのかもしれない。だからこうして甘えてくるのかもしれない。

 だったら、拒む理由なんてどこにも無かった。恥ずかしいけれど。


「そういえば、昨日は霽月館に行ったんだよね」

「ん? ああ、ちょっとな。メグさんに頼みごとをね」

「頼みごと?」

「そう。ちょっとばかし難航しそうな感じだったけど、何とかなりそうだった」


 凛との訓練? を終えた後、もう一度恵の所に行った愁は自分の頼み事は大丈夫かと聞いてみた。そして帰ってきた返事は、


『まあ、何とかなりそうじゃな。さっき愁ちゃんが言った条件だけなら三日と言ったところかの』


 というものだった。

 ちなみに今日からまたお仕事の始まり。これでまた当分は非日常とお付き合いになる愁であった。


「愁」

「ん?」


 不意に、先程までの明るい表情を一変させ、真剣な顔になった桜花。その表情を愁はいつか見たことがあった。


「……今はまだ無理だけど、いつか絶対に愁の隣に立てるように頑張るから」


 何か強い決意をした、そんな表情。それをじっと見る愁。

 二週間前に桜花が司書になると宣言した次の日、特例で霽月館司書見習いとして所属することになった。と言っても司書のように常勤ではなく非常勤の為、司書同様の権限は持ち合わせていないが、本来なら司書になる場合には所属している司書二人以上の、見習いでも一人の推薦が必要となり、桜花の場合は愁の推薦によって見習いと認定された。

 とはいえ、ついこの間まで一般人だった桜花が何かしらの技術面で秀でていると言う訳ではないので、しばらくは冬実の指導の元、細々とした雑用を少しずつこなしていきながら【魔術】を習っていくという方針で決まった。

【魔術】というのはそれぞれ一つずつ異なったものであり、例えば火や水と言った自然の力を行使する理式(ことわりしき)。外傷や病、人間以外の動植物の治療と言った治癒式(ちゆしき)。物質のみを精製する練成式れんせいしきといった十数種類に分かれており、それぞれ数百から多くて数千の術式あると言われている。

 そして、それの上位に位置するのが【魔法】である。

【魔法】と【魔術】。この二つの言葉を同一と見ている人が大多数だと思うが、根本的な意味を見てみるとこの二つは全く異なる物である。【魔法】は西洋由来の「神秘的な力とその方法論」であるMagicの訳語として、仏の法である仏法に対し、仏ならぬ魔の法である「魔法」としたものであり、逆に【魔術】は手品師の興行にあたっては、「魔法」や「魔道」では宗教的な意味合いを持つので不適切であったため、それらから独立した表現として【魔術】という語が好んで用いられるようになったことから「神秘的な力」ではないと言う意味を持っている。

 これらのことから、【魔術】は自然の力を行使すると言う種がある物であり【魔法】は種が無く本当の意味での「神秘的な力」という意味になる。その区別からそれを扱う者の名称も異なり、【魔術】のみを扱う者を【術師】。そして【魔術】と【魔法】の両方を扱う者を【奏者】と分けている。

 話を元に戻すと、桜花は冬実に【魔術】を習う訳である。と言ってもそれは口で言うほど簡単なことではない。

 それでも、桜花はやると決意した。

 理由はただ一つ。「愁の隣に立つため」。


「愁は今までいつも一緒にいてくれてたけどさ、それは『幼馴染』としての郷凪愁だけで、『司書」としての郷凪愁はそこにはいなかったんだよね?」


 だから、両方の「愁」と一緒にいたい。

 そう言おうとした桜花だったが、それは今それを伝えようとした人物によって遮られる。

 ぺチンっ、と桜花のおでこに軽く指で弾く。


「……桜花、お前は勘違いしてるぞ」


 ほんの少し怒ったような、そんな感情が入った言葉を紡ぐ愁。


「俺はさ、どんな時でも『郷凪愁』なんだぞ。確かに司書のことは隠してたけどさ、だからって、応対まで変えている訳じゃないっての。お前といる時も、司書として活動していても、だ。そこんところは勘違いしないこと。という訳だから、」


 少し間を開けて、言う。


「そんなに深く考える必要なんてないっての。焦らないで、ゆっくり着実に、だ。そんなお前はらしくないって」


 にっこりと、はにかむような笑顔を見せる。

 それを聞いた桜花はポカンとしていたが、やがていつもの笑顔に戻ると、


「うんっ」


 元気よくそれに答えた。

 

――ふに。


が、それと同時に腕に込められる力も強くなる。そうなると、必然的に桜花の「膨らみ」が強く当たるという事になるという事で。


「……あのさー、桜花」

「なに?」

「……いや、やっぱりなんでもない」

「?」


 今まで胸の中で抱えていた問題は片付いたが、当面の問題が前のよりも大変だとまた小さく心の中で溜息をついた愁であった。







「……はあ」

 

 霧月雄真は悩んでいた。兎に角、悩んでいた。

 中等部二階にある三年生の各教室。一から六まであるクラスの内、雄真は三組に所属している。

 その三組の教室の窓側の席で、一人溜息をついていた。

 まだホームルームまでは時間があるので教室にいる生徒の数はあまり多くはない。そんな中で雄真の溜息は結構響いていた。


「どうすればいいんでしょうか……」


 そう言ってまた溜息を一つ。

 ふと窓の外を見てみると、そこには雲一つない澄み渡った青空がある。

 自分の心もあの空くらい澄み渡ればいいのに、なんて思ってしまう今日この頃。


「おはよう雄真……っと、今日は朝から元気が無いな」

「あ……誠さん。おはようございます……」


 と、声のする方を見てみれば、そこには雄真の友達である浅賀誠(あさがまこと)がちょうど登校してきたところだった。

 二人とも一年の頃からの付き合いで、よく二人でいることからクラスメイト達からは「凸凹コンビ」なんて名称を付けられている。どこら辺が凸凹しているのかというと、それは体格の差にあった。雄真は平均身長よりも低く華奢な感じだが、誠はその真逆で身長が約百九十センチに加えて体躯が良く、実際に柔道部に入って鍛えていて高校生相手にも引けを取らない強さらしい。実際に雄真はそれが真実だという事を直接見て分かっている。

 そんな二人だから凸凹。だが互いに気が合い、今現在こうしている。


「えっと、ちょっと色々ありまして」

「色々、か。郷凪先輩と喧嘩でもしたのか?」


 愁や桜花とも親交があるため、可能性は低いがとりあえず言ってみる誠。それに対して雄真は「いえ、違います」と否定する。


「まあ、幾らなんでもありえないか。だったら、いったいどうしたんだ。別に言えない事なら無理に言う必要はないが」

「言えない、という事でもないんですけど……」


 顔を少し赤らめてごにょごにょと呟く。本当に一体どうしたのかと誠は少し頭をひねってみると、ある一つの事が思いつく。


「雄真、まさかお前……」

「えっ、い、いったい何ですか?」


 ビックリして聞き返す雄真。そんな雄真をじっ、と真剣な眼差しで見つめる誠。

 そんな誠の口から出た言葉は――


「……いや、やっぱり止めておこう。お前にはまだ早すぎたな」

「ええっ! 一体何を言おうとしていたんですか!? そこまで言われたら気になりますよ!」


 なんとまあ、な結果だった。一体何を言おうとしたのやら。

 何故か顔を真っ赤にして「いやいやいや、何を考えているんだか僕は。幾らなんでも誠さんがそんな事を言うはずはない――」などと言っている雄真に「まあそれは置いておいて」と言う誠。結局のところ置いておかれてしまった。


「でだ。結局のところどうしたんだ? 話せることなら遠慮なく言え。雄真は友達なんだからな」

「誠さん……」


 混じりけのない真っ直ぐな言葉にじーんときた雄真。

 この誠少年。外見だけで判断してしまうと「本当に中学生?」と疑問詞が付いた言葉になってしまうが、その中身は「純朴」という二文字だけで出来ているからか、誠少年を慕う人は結構多い。


「そう、ですね。ここは第三者の意見も聞いてみたいですし」


 決心がついたのか、少し小難しそうな顔をしながら何を言おうかと少し俯いて考える。誠は何も言わない。こう言う顔をしている時の雄真に何を話しても意味が無いことを知っているから。小難しそうな顔をしている時は、自分の思考の海の中に入って考えている時。それを邪魔することは愁でさえできない。


「……はい。終わりました」


 それから数分。ようやくまとまったのか、俯いていた顔を誠に向ける。


「実は……教室に来たら、これが入っていたんです」


 そう言って雄真が差し出したのは、一枚の便箋だった。

話は(さかのぼ)ること約四十分と少々。いつも他の人よりも早く登校する雄真は今日この日もいつもの時間に教室に着いた。そしていつものように教科書を机の中に入れようとした所で問題の物を見つけた。

 薄い水色の清楚感じの便箋。

 まあ簡単に言ってしまえば、雄真宛ての恋文だった。

 最初、それを見たときは何なのだろうかと、いつも通りの冷静さでそれを見ていた。が、とりあえず何なのかと中身を見て読んでみた所でこれまたいつも通りボンッ! と景気の良い音を顔からだし、教室にいたクラスメイト達が一体何事かとこっちを向いてきたから何とか言い繕って再度中身を読んでどうしようかと悩んでいたのである。

 当然、そこに書かれていた内容は雄真への愛の告白だった。

 入学した時からあなたが好きです。付き合って下さい。と、言った内容で、更に今日の放課後に屋上に来てほしいとのことだった。

 こうして見てみると、思春期突入中の男子学生にとっては最高のシチュエーション、なのかは分からないが、兎に角何だかライトノベル的展開になっていることは間違いようが無かった。

 さて、そんな嬉し展開に雄真は、


「……どうすればいいのでしょうか」


 と、疲れた顔で悩んでいたという所であった。ただでさえ女性が苦手と来ているのに、こう言った類の話は雄真の専門外だった。

 話を聞き終えた誠は「とりあえず」と切り出す。


「言えることが一つあるな」

「なんですか?」

「それはな、この話を最初にしたのが俺で正解、という事だ。他の奴に話していたら間違いなく恨まれるぞ」

「……否定できない所がまたなんとも、ですね」


 今度は二人して溜息の二重奏(デュエット)

 先程も言った通り、思春期突入中の男子学生にとってこんな話をしたらどうなるのやら見当がつかない、という事なのである。


「でだ。お前はどうしたいんだ?」

「……それですよ。自分がどうすればいいのか、全くと言っていいほど分からない。です」


 暗い表情で俯く少年が一人。


「……どうせお前のことだ、断るんだろ?」

「……はい」

「答えは決まっている。なのにどうしてか悩んでいる。となると、だ。その宛先人に対してどうやって断っていいのか分からない、だろ?」

「……はい」


 やっぱり分かってしまいましたか。と思う。

 目の前にいる長身の少年とは付き合いこそ愁や桜花ほどの年月は経っていないものの、二年と数ヶ月という時間以上を一緒に過ごしてきたと思うことがある。だからこそ、このように心配してくれる。それが雄真にとってはとても有り難かった。


「人間誰しも、誰かを傷つけてしまう事がある。それは仕方のないことだ。でも、問題なのは誰かを傷つけることじゃない。大切なのは、相手を傷つけてしまっても、そのことだけに囚われてしまわないようにすることだ」


 不意に、誠の口から紡ぎだされる言の葉。


「……昔、ある人が俺に言った言葉だ。今のお前にぴったりだろうと思ってな」

「……」

「まあ、あんまり深く考えすぎるな。相手の事を思う事は悪いことじゃないが、かと言って考え過ぎて流砂の中に入ってしまう事は良くない。素直に、自分の気持ちを伝えればそれでいいんだ。相手に、真っ直ぐとな」


 ある人。その言葉に一人の人物の顔が思い浮かぶ。

 ……やっぱり、まだまだ勝てませんね。

 そう思いながらも、雄真の心は先程よりも澄み渡っていた。


「ありがとうございます、誠さん」

「別に。俺はただ人の言葉を代弁したに過ぎない」

「それでも、ですよ」


 ふっ、と笑い合う二人。


「そういえば、誠さん」

「ん?」

「それを言われた、ってことは、僕と似たようなことでもあったんですか」

「……ノーコメント、だ」


 そして逆に曇ってしまった誠であった。



かなり久々の修正です……夏休みなので何とか頑張りたいと思います。

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