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三話:メグさんの説教+帰って来た司書二人

 カツン、カツンと足音が響く。

 意識していないのに、このようにリズムよく出る音を発している足は愁の足で、この音が響いている場所は霽月館にある一つの長い廊下――なのだが、この廊下の壁にも書架が隙間なく綺麗に配置されている。それに納められている物は殆どが分厚く古いものばかりで、その中には既にこの世に存在しないと言われているものも数多くある。

 確かここは宗教についての本がある所だったかな……一体どれくらいあるんだか、なんて考える愁。

実際、この書籍館に保管されている書物の数を正確に知る人物は誰もいない。どこにどんな本があるのかは知ってはいるが、それがどのくらいなのか、というのは分からない。

 と言っても、特に気にもしていない、というのもあるが。

 つい先程、桜花と別れた時、ある一つの用事を思い出して此処にいる訳だが、何故にこのように瞬時に来られたのか、と疑問に思うかもしれない。と言っても、その問いの答えは実に簡単。司書たち全員には魔術式が組み込まれたカードが配られており、それをどれでもいいから扉にかざして開けるとあら不思議。一瞬にして公文書館の地下五キロ下にある秘密の部屋的な雰囲気を醸し出しているこの場所に行けてしまうのだ。

 桜花も一緒に行こうかと申し出たが、愁はそれを断った。理由は、本来ならば今日は司書にとって数少なく、尚且つ貴重である「休日」だから。

 それでも愁は、今日の内にやらなければならない事があった。

 しばらく歩いていた愁だったが、やがて周りの風景から見事に外れている重厚そうな扉が出てくる。愁はノブに出をかけると引っ張って中に入る。


「メグさーん。いますかー?」


 扉の中の部屋は広くて明るく、そして色々な物でごちゃごちゃしていた。

 広さは小学校の校庭くらいだろうか。かなり広い空間で天井にはいくつもの照明が付いている。その中にある物は多種多様な機械類。そのほとんどが愁には理解できないものばかりだが、何かを作るという目的を持った作業用機器ということはなんとか分かる。

 霽月館の中でもかなりの規模を持つこの部屋は、【霽月館技術開発研究所】という長ったらしく味気ない名称があるが、司書たちは【ラボ】と、こちらも味気ないが実に的確で尚且つ簡略化されていることからこちらの方で呼んでいる。


「おろ? 愁ちゃん。今日までは休暇だった筈じゃが」


 疑問の言葉が奥から聞こえてくる。それから少しすると、両手で部品類が入っている箱を抱えている少女――ではなく、女性――とは外見だけでは絶対に言えないほどの幼い容姿と、愁と同等かそれ以上にぼさぼさとした水色の長髪を三つ編みにし、眼鏡をかけた人物がやって来た。


「おっす、メグさん。相も変わらず、って感じだね」

「その言葉に多少の侮辱が含まれていると思うのはわしだけじゃろうか?」


 と、恨めしつつも笑っている女性――望月恵は手に持っている物を近くの作業台に置き、愁の元へとやって来る。


「で、だ。本当にどうしたんじゃ、急に」

「うん。ちょっと、ね」

「……まあ、手に持っている物で大方の予想はつくがの」


 ふう、と小さく溜息をつく恵。

 恵の視線の先には愁の右手があり、そこには直径が約一メートル半くらいのケースが。視線が向けられていない左手にも、麻色の鞘袋に包まれた何か、もとい刀が握られていた。


「どれどれ、ちょいと見せとくれ」


 愁は右手にあるケースを恵に差し出す。それを受け取った恵は作業台の方まで行きそれを乗せる。そしてかちゃり、という音と共にケースを開けると「うおう」と妙な驚きの声を上げた。


「こりゃまた随分と派手にやらかしたものじゃな」


 ケースの中には、ばらばらに砕け折れた一本の刀があった。普通なら「折れている」という表現だけで十分なはずだが、ケースの中にあるそれは文字通り「砕け折れている」だった。刀身の中心から、丸で窓ガラスを金槌か何かで思い切り叩いて割ったように砕けていた。


「これはいったいどうやって壊したんじゃ?」

「壊すだなんて失敬な。俺が乱暴な扱いする訳ないでしょうが」


 ふんっ、と鼻を鳴らして訴えるが、何故か目の焦点が恵に向いていなかった。


「……別に、稽古している時に無茶苦茶してバリン、なんて事はしてないよ」


 おもいっきししていた。

 恵はその言葉につっこまず、ケースの中から柄の部分だけを取り出す。しばらく色々といじって折れた刃を柄から取り外す。そしてケースの中に散らばっている刀身の破片全てを取り出して作業台の上で一か所に纏めた。


「九本目。稽古中に愁ちゃんによる無茶が原因で大破。と言いたいところじゃが、どの道これはこうなっていたな。刀身の強度を上げ過ぎたのが原因かの……もう少し柔軟性を取り入れた方がいいかもしれんな。じゃが、そうなると切れ味がどうなるかじゃな……愁ちゃんくらいの技量なら多少切れ味が落ちた所で問題ないとは思うんじゃが、やっぱり何かを犠牲にして、というのも納得いかんしな……となるとやっぱりこっちをこうしてこれを引き上げて――」


 ぶつぶつと独り言を呟く恵。こういう時は周りの事をまったく気にせず自分の思考の海へ入ってしまうので声をかけない愁。

 多分、十分くらい必要かな……そう思ったその時、そういえばと左手の中にある物を忘れていた事に気付く。


「やっぱし、お前以外だと駄目なのかな」


 そこに誰かいるように尋ねると、結んでいる紐を解き中にある物、刀を取り出す。全体の長さは柄も含めて一メートルとちょっと。鞘は腰に着けるための金具以外は何の装飾もなく、全体的に質素な造り。悪く言えばこれといった特徴が何もない物だった。

 柄を持ち、一気に引き抜く。

 そこに現れるは一つの刀身。だがそこには、刀には付き物の血生臭い穢れが一切無かった。あらゆる物を映すとも思えるほど曇りが無く、純水のように澄み渡りまるで鏡のよう。その投信がある空間だけが、どこか別の雰囲気を持っていた。


「相変わらず、と言っていいほどじゃのう」


 いつの間にか思考を終えていた恵がそれを見てぽつりと呟く。


「天下五剣の一つ、三日月宗近みかづきむねちかの作者、三条宗近さんじょうむねちかが作り上げた裏刀うらがたなの一つ【水鏡すいきょう】。いつ見ても素晴らしいのう」


 きらきらと目を輝かせながら見ているその様子は、本当に小学生なのではと思うに十分だったがそれは心の中に留めておく愁。

 恵が言った裏刀とは、歴史の表舞台に出てきていない刀剣類を指している。そのほとんどが強力な力を宿しているため別名では神剣と言われる事もある。現在分かっている所で総数わずか十二。そのうちの半分は既に失われており、現存している残りの半分は書籍館で厳重に保管されているか、郷凪家のように代々継承されて残っているのみとなっている。

 そんなとんでもない物と同じ物を作ってほしい、なんて無理じゃろうて――と思っていた恵だったが、そんな時、


「あのさ、メグさん」

「ん、どうしたんじゃ?」

「えっと、その、大変、申し上げにくいことですけど……」


 また愁の目が右往左往している。


「その、さ。メグさんに作ってほしいって言った刀の事なんだけど」

「うん?」

「――――その、」


 ぼそぼそと聞きとりにくい声で伝える愁。それを聞いた恵は、


「――――はあ!?」


 とってもご立腹だった。


「ちょ、ちょいまてい愁ちゃん。なんだ、本当にそれでいいのか? わしの聞き間違え、なんて事じゃなかろうな」

「……いえ、今言った事は全て本当のことであります」


 しゅわしゅわという音が聞こえそうなくらい縮こまった愁。一体何を言ったのか。とにかくとっても縮こまっていた。


「このバカたれい!!! そういうことは最初から言わんかい!!! こっちは睡眠時間を削ってまで作っとったんじゃぞ。まったく」

「ほんと、すんません……」


 その後、約一時間ほど恵の説教を受けた愁なのであった。











「それで、今の今まで叱られていた。ということか」


 パチン。


「まあ、そんなところです」


 パチン。


「で、結局言い忘れていたというのは一体何なんだ?」


 パチン。


「それはちょいと内緒です。それ言っちゃうと静穂しずほさんがすぐに相手しろ、って言いそうな気がするから」


 パチン。


「成程。確かにあの人ならあり得る話だな」


 パチン。


「げっ、そこに打ってきたか……」

「ふふっ。これならどうだ?」


 場所は変わって中央室。前に桜花が来たときに雄真たちと話をした部屋である。

 そこで愁は将棋をしていた。昔からこの手の遊びは好きで、暇があればこうして打っている。

 いま愁の相手をしているのは一人の女性。淡青色の長髪で、男装でもさせれば見分けがつかないほど、と言っても可笑しくないほどの端正な顔立ち。

 この女性。愁と同じ司書である美作凛みまさかりんという名で、つい最近まで東北の方に行っていたため不在だったが、つい最近依頼を終えて帰って来たのである。


「う~ん。やっぱし凛さんは強いな」

「これに関しては、お前に負ける訳にはいかないからな」

「ちぇっ」


 髪をくしゃくしゃと掻く愁。どうやら愁の敗北という事で勝負がついたらしく、駒を片づける二人。


「そういえば、あっちで何してきたんすか?」


 手を動かしながら何気なしに聞く愁。


「ああ。【貫く剣(デュランダル)】からの協力要請があったんだ。福島の方に大型の魔物が現れた、という情報が出たということだった」

「情報?」

「なんでも、夜に現れて日が出始めた頃には姿形もなく消えた、という事だった。現れるだけ現れて何もしていないんだがな」


 片付け、と言っても箱に駒を入れるだけだが。も終わり、凛の話に耳を傾ける愁。


「でだ。いつきと二人で現地に行き、そこにいた【貫く剣】のギルドメンバーと一緒に捜索した。そして夜になると――」

「現れた。ということですか」


 そういう事だ。とは言わず黙って頷く凛。


「中々に手強かった。と言っても、討伐した訳じゃなく封じただけなんだがな」

「へえ……どんな奴だったんですか?」

「それが、かなり昔に封じられていた荒神こうじんだった」


 荒神。文字の通り荒ぶる神。人に危害や不幸を与える神々の総称である。何でも地域によっては荒神信仰なる物も存在しているみたいだが、基本的には人に恩恵などは与えない。


「成程ね。でも、夜にしか現れないって言うのは何か変だな」

「ああ、それについては分かっている。そいつが封じられていた場所にほんの少し、本当に少しだけ亀裂が入っていてな。そこから奴の一部が洩れていたんだ。そして夜とは、そう言った類の奴らが活性化する時間帯だ。夜の力を受けてようやく実体化した、という事だったんだ」

「へえ。じゃあ、その封印は?」

「ちゃんと修復しておいた。周りにも強力な人避けの結界を張っておいたから、何も起こらなければ、大丈夫だろう」

「……引っかかる言い方だね。っても、どうせどっかの誰かが人為的にやった、でしょ?」


 疲れたような顔をしてそう言う愁。その言葉に同意するように小さく頷いて溜息を零す凛。


「まあな。だが、あまり安直に考えない方がよさそうだがな」


 面倒臭い。という言葉がハッキリと顔に出ていた二人であった。

 荒神の封印が解けた。それだけ聞くとかなりの一大事なのでは、と思うかもしれないが、此処に所属している二人にしてみれば何らいつもの非日常と変わりなく、面倒な問題が一つ増えた、という事にしかならないのである。


「おっ、なんやなんや。二人とも此処におったんか」


 そんな時に聞こえてきた陽気な声。その声に二人とも振り返ってみると、扉の所に約一名、男が人懐っこそうな笑みを浮かべて入って来るところだった。


「にしても、相変わらず他の奴らは忙しいのう。もう少しはゆとりっちゅうもんを持っておった方がええってのに」


 深緋こきひ色の短髪のその男は、司書の一人である白縫樹しらぬいいつき。凛と共に東北に行っていていたため最近まで不在だった。


「おっ、樹さん。これまた久しぶり」

「おう愁。ワイがいなくて寂しかったやろ? ワイの胸に飛び込んできても――」

「いえ全然」

「……そこは嘘でも寂しいって言うところやろうが」


 愁の躊躇ためらいの無い一言にしょんぼりとする樹。この男、大阪出身でもないにも拘らず大阪弁を使う、いわゆる似非えせ関西人なのである。前に愁が、「どうしてそんな喋り方なんですか?」と聞いても、「さあな~」とはぐらかされた。


「っと、そうや凛。雄真に報告済ませといたで」

「そうか。すまない、助かる」

「いや、別にええって。凛はそういう所は律義やな~。ホンマ変わらんわ」


 感心しているのか、呆れているのか、はたまた両方なのか。そのどちらか分からない言葉を呟く樹。この二人は司書になってからの付き合いなのだが、二人でいる事が結構多い。樹曰く「運命の赤い糸で結ばれとるんやな~ワイら。いやはや神さんも捨てたもんじゃないな~」などと言っているが、凛曰く「籤運くじうんが悪いだけだ。他意など金輪際、無い。あり得ない。そんな物があったら切り捨ててやる」らしい。


「これが私だということだけだ。何か問題でも?」

「いや。確かにそうなんやけど……もうちょい、かる~くした方がもっとええんやけど」

「ちょいちょい樹さん。凛さんは樹さんと違って真面目なんだから、樹さんカラ―に染めないでくださいな」

「……最近、愁のツッコミも冷たく鋭くなってきたな~」


 しょんぼりと落ち込む樹だったが、見ていても全然同情の念など湧かないのでそのまま放置する愁。凛は元々樹の方を見てもいなかった。


「そう言えば愁」

「ん?」


 ふと思い出したように尋ねる凛。


「桜花とは、あれから何ともないのか?」

「……うん。信じられないくらい何ともない」


 二週間前に桜花が来たことは既に周知になっている。というより、七年前に起きた事件でもう桜花のことは知っていたので、いずれこう言う時が来るんじゃないか、とは誰もが思っていたりしていた。それが何とか治まってホッとしている、という所である。


「まっ、何にしても良かったやないか。そこは桜花ちゃんに感謝せんとな。なかなかいないで、そんなええ子は」

「……分かってますよ」


 噛み締めるように、呟く。

 もう二度と、あんな思いはしたくないから。他の誰かにも、あんな思いはさせたくないから。

 だから司書になろうとした。沢山努力した。くじけそうになった時も何度もあった。それでも辞めなかった。

 くじけそうになった時に浮かんだのは、いつも無邪気な誰かさんの笑顔。

 それを見て、思って、そして立ち上がった。

そしてようやく、司書なった。

なってから知った、「守る」というとっても重い責務。

でも、

それでも、


「俺は、守る人たちの笑顔を守りたいです」


 誰か、というのは大体決まっているけど。


「笑顔を守りたい、か。なんかどっかで聞いたことあるような言葉やな」

「まあ、確かに請売(うけう)りではあるんですけど。でも、俺は笑顔を守りたいんです」


至極真面目な顔でそう言う愁を馬鹿にすることなど誰も出来る筈が無かった。二人とも、その言葉の重みを知っているから。だからこそ、


「……何にしてもだ。どの道、私たちの責務はそれに尽きるんじゃないのか?」


 凛が優しげな笑みを浮かべてそう言う。それに賛成するように樹を笑い返す。


「そうやな。ワイらは結局それをやってる訳やしな」


 二人ともこう言う。

 そんな二人を見て、愁も微笑み返した。


「さて……愁。このあと少し付き合ってくれないか?」

「ん、いいんすか? 帰って来たばっかで疲れてるんじゃ」

「なに、どうってこと無い」

「成程。だったら行きましょうか」


 そう言って二人とも立ち上がり、自分の傍に置いてあった武器を手に取る。愁の手にあるのは先程も出てきた刀【水鏡】。そして凛の右手にあるのは、装飾が施された柄に細身の刀身が特徴的な細剣レイピアと、左手には細剣と併用して使われるバリーイング・ダガー――フランス語では左手を意味するマンゴーシュと呼ばれる短剣を手にしていた。


「今日は勝たせてもらう。と言っても、この言葉をどれだけ口にしてきたのやら……」

「負ける訳にはいかないんだよね。って言っても、何回言ったかな、この言葉……」


 この二人、たまにこうやって稽古をすることがあるのだが、戦績の方は約半々。互いに一歩も譲らず、かなりマジになってやっているので時たま雄真か飛鳥が止めているのである。


「あ~あ、しゃあないな。今日はワイが審判務めたるわ。互いに怪我せんといてな」


 そんな樹の忠告も虚しく、二人はいつものように体中に擦り傷を作るのであった。


愁君が言った「笑顔の守るために戦う」という言葉は、仮面ライダークウガのオダギリジョーさんが主役を務めた五代雄介が常に言っていた言葉です。綺麗ごと、なんて思うかもしれませんが、そんな綺麗ごとをできるような人と言うものに憧れます。愁君はそんな「綺麗ごとが出来る人間」という風に書きたいのです。


えー、ここで新しい司書たち登場。司書たちは基本、重要なキャラなのでどうか応援の方、よろしくです。

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