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十話:ようこそ。深淵の地にありしこの場所へ


 そこは、とてつもなく巨大な空間だった。

 先程の図書館の中とは比べ物にならない。いや、比べることすら躊躇ってしまうほどの広さだった。

 その空間の形はさっきと同じ円形をしているが、その大きさがとてつもない。端から端まで約百メートル近くあって、その中心には巨大な円柱状の書架がそびえ立っていた。その長さは一キロは軽く超え、円柱を支えているはずの天井でさえここからではまったく見えない。

 更に、その円柱を囲むように何十万はあるのではないかと思ってしまうような書架の量。その間には何百もの精巧な木製の扉があり、所々に階段が幾つもかかっている。

 

「・・・・・なに、これ」


 その途轍とほうもないその光景に、桜花はそう言うだけで精一杯だった。アメリカの議会図書館やイギリスの英国図書館、フランスのビブリオテーク・ナショナルなど、中学校の時に愁と共同の自由研究で調べて凄いと思っていたのに、更にそれの上を行くものが存在していたことに驚きを隠せない桜花。

 唖然としている桜花を見て愁は小さく笑った。


「すんごい大きいだろ? 俺も最初に見たときは驚いたな~。今はもう慣れたけどな」

「そういえば愁君、最初に来た時に迷子になって五時間ぐらい迷っていましたよね〜。心身ともにくたくたって感じでしたね」

「・・・・・何でそんなこと覚えてるんですか」

「ここで起きた出来事は、私にとって一つ一つが大切なものばかりですからね」


 そう言って微笑んでいる冬実だが、その表情には何処か陰りがあった。その理由を知っているのか、愁はそれを見て渋い顔になっている。

 何でだろうか、それを見て桜花は少しムッとしてしまった。

 

「さて、いつまでもここにいる訳にもいかないし、あいつのいる所に行きますか」

「そうですね。早く桜花ちゃんにちゃんと話してあげないと」


 二人はそう言うと、あの巨大な円柱状の書架に向って歩き始める。桜花もそれについて行きながらもう一度周りを見まわす。

 恐ろしいほど膨大な蔵書量。何百万どころじゃ済まないであろうその圧倒的な量はどこからやってくるのだろうか。と、ふと疑問に思った。見て見る限り、書架に並べられている本の共通点は、全て辞書並みに分厚く、古書であるということ。そんな本がこれほどまであるのだろうか。

 そこまで考えて、結局やめた。どうせこの後全部分かるんだ。だったらその時に色々と聞いてみよう。

 ふんっ、と小さくはない気を荒げガッツポーズをとる桜花。


「? どうした桜花」

「えっ!? あっ、な、何でもないよ」


 今の行動の一部始終を見ていた愁が首を傾げながら尋ねる。それにあたふたしながら答える桜花を見て、冬実が小さく笑う。


「まあまあ。愁君には多分、分からないことだと思いますよ」


 そう言って桜花に微笑みかける。

 その時だった。不意に桜花の周りに光の粒子が集まったようなものがぐるりと桜花をかこうようにして集まって来た。それは、赤、青、緑、黄色と様々な色彩で溢れており、とても美しかった。


「えっ? こ、これっていったい――」

「ああ、そうだった。それのこと忘れてた・・・・・。大丈夫だよ桜花。それはある種の防犯システムみたいなものだから」

「ぼ、ぼうはんしすてむ???」

「とにかく、じっとしていれば大丈夫ですよ」


冬実の言葉に従い、落ち着いてじっと待つ事に。

すると、どこからか声が聞こえてきた。




――此処は深淵に構える、無限の知識がつどった宝物庫。

                   此処は深淵に構える、人の英知が集った宝物庫。

        此処に入ろうとするあなたは、いったいだあれ?

 此処に入ろうとするあなたは、どんな目的があるの?

               知りたいな。知りたいな。

    あなたがどんな人か、知りたいな。




それは幼い少女の声。水のように澄んでいて、穢れを知らない声。

光が、桜花の手に少しだけ触れる。それと同時に、集まっていた光がパアッ、と弾けて広がっていく。

その光の一つ一つが夜空に浮かぶ星々のように見える。それはまるで、織姫と彦星を隔てている天の川の流れを彷彿ほうふつさせるものだった。

桜花は指でそれに触れてみる。それはさらさらとした砂のようだった。でも手には何も付かない。まるで空気に触れているような、不思議な感覚。

不意に桜花は、この感覚をどこかで感じた事がある、そんな思いが浮かぶ。そんなはずはないとそれを否定するも、懐かしいような感覚は消えず、むしろより色濃くなっていく。が、それは光が少しずつ消えていくのと同じように薄れていき、全てが消えたときにはその思いは最初から無かったのでは、何て思ってしまうほどだった。




――あなたは一人の少年を想って此処にやって来た。

          貴方はその少年の事を知りたくて此処にやって来た。

    それはとても純粋で、

                 それはとても真っ白で、

       よこしまけがれを感じない願い。

さあ、どうぞ。

                    あなたの為に、扉をあけましょう。

     あなたは今この瞬間、私の友になった。




 声は余韻を残すように消えていった。


「・・・・・今のは?」

「此処守っている精霊の声だよ。彼女に認められる事が、この先へ行くための鍵なんだ」

「セイレイ?」

「ほら、よく漫画とかゲームとかで出てくる妖精みたいなやつ。あれだよ」

「ふーん」


桜花は先程の少女の声を持つ精霊の姿を想像してみる。小さな天使の輪が頭の上に浮いていて、小さい羽根を生やした女の子・・・・・まんまだった。


「う~。でも、さっきはあんな事があるなんて言ってなかった」

「いや、その事を今の今まで忘れてた」

「も~、忘れないでよ・・・・・スーッゴク、ビックリしたんだから」

「わるいわるい。以後気をつけます」


 何て真面目に言ってはいるが、口元は笑っている愁。それを見た桜花は少しふて気味。


「ふふっ。さて、桜花ちゃんから先にどうぞ」


 ガチャリと扉が開く音。前を見てみると、冬実がこれまた大きな扉の前に立ち、それを開けていた。それに頷くように返すと、桜花は扉の奥へと進む。

それに愁が続こうとした。が、入ろうとした時、左腕を冬実に優しく、だがしっかりと掴まれる。どうしたのかと思い見てみると、そこにはいつもの穏やかな表情ではなく、とても真剣な表情をしていた。


「ん、なんですか?」

「・・・・・こんなこと、私が言うのもなんですけど。とりあえず言っちゃいますね」


 少し間を置いて、言う。


「愁君は、この選択に後悔していませんか? もししているなら、今からでも桜花ちゃんの記憶を消すことだって、」

「いいんですよ。これで」


 冬実が言い終える前に、愁が割って入る。


「後悔していないか、って言われたら、めちゃくちゃ後悔してますよ。今の今まで知られないように隠してきたんですからね。今だって、あいつには知られたくないなって思ってますよ。でもね」

「でも?」

「後悔しているから何なんだ、って話ですよ。これは母さんからの受け売りなんですけどね。別に後悔しても構わない、って言ったんですよ。人は生きていれば必ず後悔してしまう生き物だから。でも、だからと言って後ろばかりを見ていいってわけでもない。大切なのは、いつまでも後ろばかり見ていないで、それを原動力にして前を見て進むことだって」


 そこで言葉を止めて、桜花が入っていた扉の奥を見つめる。


「だから、俺は前を見ます。桜花を守ります。というか、今までもそうだったんですけどね」


 言い終わるや否や、愁は扉の中へと入って行く。

 その後ろ姿を見ていた冬実は、やがていつもの表情に戻っていた。






扉の先にあったのは、お金持ちが住んでいそうな広い部屋だった。

 煉瓦と木が見事に調和されていて、どこか温かみがある。何かに例えるなら、眼鏡をかけたあの某魔法使いの少年が学んでいる学校の居住空間と似ていた。

 ここにも書架が幾つかあるが、部屋の雰囲気のせいか、先程のような威圧感の様なものがなくどっかの有名な教授の書斎のように感じた。置かれている全ての家具は一級の家具職人によるものなのか、全てが繊細で尚且つ、どっしりとした感じがある。

 この部屋には三人、人がいて、なにやら話し込んでいた。

 一人は二十代後半といったところだろうか。黒髪で、背は愁より四、五センチ高いくらい槙人のような理知的で冷たい雰囲気を持ち、その顔は整っており、カッコいいと言っても誰も文句は言わないだろう。が、身なりを気にしないのかどうなのか、着ている服は結構ボロボロだった。

 一人は・・・・・あれ小学生なのだろうか? と思ってしまうほど背が低かった。桜花も女子の中ではそれなりにある方だが、その少女? はとても小さかった。愁と同様、もしくはそれ以上のぼさぼさとした水色の長髪を無理やり三つ編みにしている。

 そして、最後の一人もその少女と同じくらい背が低かった。愁の母親の眞由莉や絢香と同じ黒青色の髪に幼げな、性別の判断がつきにくい柔和な顔立ちだが、声から判断して少年という事が分かる。

 そしてその少年は、桜花にとって、かなり見慣れた人物だった。


「ゆ、雄真くん!?」

「・・・・・へっ?」


 少年――霧月雄真きりげつゆうまは桜花の方を向くと、とても驚いた表情になる。


「お、桜花さん!? なんでここに!?」

「そ、それこっちの台詞だよ~。なんで雄真くんがここに・・・・・?」


 愁にとって、弟のようであるように、桜花にとっても雄真は一つ下の弟のようなものだった。

 桜花が涼月市に引っ越してきた時、愁が最初に紹介してくれたのが雄真だった。小さい頃から丁寧語を使って話していたこと。周りの子とはずば抜けて頭が良いということ。身長が平均よりも低いこと。全くと言っていいほど変わっていないのが雄真だった。


「俺がここに連れてきたからだよ」

「愁さん?」


 桜花の後ろから愁と冬実が遅れてやって来る。


「・・・・・此処に連れて来たってことは、桜花さんに話すつもりなんですか?」

「そのつもり。と言うか、昨日学校で俺が想影と戦った所を見てるし」

「想影が学校に? 全然気付かなかったです・・・・・」

「気付かないくらいの弱い奴だったからな。で、そん時に見ちゃったんだ。桜花が」

「そうですか・・・・・」


 一瞬だけ表情を曇らせたが、桜花の方に向くと一変し、いつもの柔らかい感じではなく、先程の冬実と同じような真剣なものになる。


「分かりました。えっと、僕からも色々と補足しますね。何で僕が此処にいるのか、とかですけど」

「うん。ありがとうね雄真くん」

「そんな。お礼を言われる事じゃありませんよ」


 そう言うと、横にいる二人を紹介する。


「冬実さんの名前は聞いてますよね? えっと・・・・・こちらの男性は――」

風蓮飛鳥(ふうれんあすか)だ。宜しく頼む」


 雄真が言い終える前に自分で名乗った飛鳥という男は、それ以上は何も言わない、と言わんばかりに壁に寄りかかる。その行動で寡黙だという事がすぐに分かった。


「あと、こちらの女性は望月恵(もちづきめぐみ)さんです」


 恵と呼ばれたその女性? むしろ少女と言っても通用するその人は二カッと不敵に笑うと桜花の方へと近づく。


「恵だ。宜しく頼むな。えっと・・・・・桜花ちゃん、だったな」

「あ、はい。宜しくお願いします」

「うむ、良い返事だ。なんならメグたん、と呼んでもいいぞ」

「め、メグたん・・・・・?」


 人を見た目で判断してはならない。という言葉がそのまま当てはまると桜花は思った。


「因みに、メグさんは今年で三十路だ。飛鳥さんより年上なんだよな」

「ええっ!?」


 信じられない、と言っているような眼で恵を見る桜花。


「こら愁ちゃん。女性の年齢を人にポンポンと話すものではないぞ」

「いや、女性って言われてもな・・・・・。全然しっくりこないんだけど」

「なんだと! まったく、失礼な奴め。そういえば愁ちゃんと初めて会った時もこんな会話をしたような気がするが」

 

 と、いつ間にか子供じみた応酬に変わっていた。それを見て雄真は苦笑を、飛鳥は溜息をついた。

 それからちょっとして、雄真の小さな咳払いで終わった。


「お二人とも・・・・・こう言う時ぐらいそういうことはやめて下さいよ」

「すまないな雄真・・・・・メグさんがこんなんだからつい」

「ほほう。愁ちゃんはそうやって他人のせいにするのかい?」


 そしてまた応酬。全く懲りない二人であった。


「・・・・・とりあえず、あの二人は放っておきましょう。いつまでたっても始められないので」

「う、うん」


 諦めた雄真はこほん、とまた小さく咳払いをして、






「あらためまして、ですね。この書籍館――【霽月館せいげつかん】の館長を務めています、霧月雄真です」






 柔らかい顔で、そう桜花に言った。




一章もあと僅か・・・・・早く出来るよう努力いたします。

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