手
「アドねぇ、5つ」
アドちゃんは大きな体を屈めて目元に深い皺を作り、指折り数えながら言った。前に聞いた時は7歳と言った筈だが、僕が東京に行ってる間に若返ってしまったらしい。
次に帰ってきた時にはいくつになっているのだろう。少し可笑しくて声を上げるとアドちゃんはいじけたような顔をした。そして駄菓子屋に不似合いな巨体をくるりと回し走り去った。アドちゃんのズボンのポケットにはチョコ菓子が詰め込まれたままだったが、年老いた駄菓子屋の店主はそれを咎めることはなかった。
アドちゃんは高台の大屋敷の息子だ。歳はもう50を超える。
しかしいつまでたっても子供で町に降りてきては悪さをした。まあ、悪さと言ってもかわいい悪戯で町の人はそれを笑って許したし、何か取ったら屋敷の者が必ず返しにくるので心配はなかった。
下手に叱って泣かれる方が大変だと皆知っていたのだ。なんせ身長190を超える大きな子供だ。グズると手に余る。
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数年後、父親の死を機に田舎へ帰って実家の寺を継いだ僕はアドちゃんと再会した。
すっかり中年太りしてしまったアドちゃんは大汗をかきながら寺までやってきて通夜堂で昼寝をした。
日が落ちる頃に揺すると何と勘違いしたのか怯えて跳ね起き、しばらく目をパチパチさせていた。
「アドちゃん、いくつになった?」
「あ、アド、一つ」
それがアドちゃんとの最後の会話だった。
葬儀は人目を忍んでひっそりと内々に行われた。そのせいで町人の多くはアドちゃんの死を知らないままだった。
姿を現さないのはきまぐれでまたひょっこり町に降りてくるに違いないと。坊主の僕ですら屋敷の者がウチに来るまではそう思っていた。
「こちらをお返しに参りました。遅くなって申し訳ございません。生前はうちのものが御迷惑をお掛けしました。」
大屋敷から来た男はそう言って木彫りの阿弥陀如来像を置いていった。
なくなっていたことには全く気付かなかったが確かにウチの寺のものだ。知らぬ間にアドちゃんが持ち帰っていたらしい。
仏像を欲しがるなんて変わった子だ。老人の趣味じゃないか。まるで形見のように渡された阿弥陀如来像の置き場所を探しながら寺をうろつき、アドちゃんを懐かしむ。
結局面倒臭くなって本堂の裏に仕舞おうとすると、如来像は見透かしような顔をして右手の人差し指と親指で「0」を結んでいた。




