第5話
山田は謝るという目的を果たせず、落ち込んだまま次の日を迎えた。この日は菊池と仲が良い片岡と講義を受ける日である。いつも三人で受ける講義室よりも狭く、その日は雨が降りそうな天気であったことから、雰囲気が暗い。天気も関係しているが、講義のモチベーションも上がらなかった。
「あれ、山田じゃん」
「おはよう…」
「元気ないね」
いつもなら山田は「おー片岡」と言葉を返す。しかし、それがなかったことで片岡は違和感を覚えた。
「そうだ、おとといの手紙何て書いてあった?」
話題はすぐさま「手紙」である。あの馬鹿みたいな手紙だ。山田へ渡したのは菊池であるが、片岡はその隣にいてドッキリという言葉を発した人物である。いわば共犯者と言っても過言ではない。山田は会話するのもバカバカしく思えた。
「見てないよ」
「なんだ、見てないのかよ…面白くねぇな」
「は?」
「あーてっきり見てるかと思った、前みたいに」
この片岡の発言が山田の逆鱗に触れたが、ここは押さえた。
「そんなに面白いか?」
「当たり前じゃん」
「そうか…もういいよ」
「どうしたんだよ?逆ギレか?」
「もう知らない」
「なんだよ、ちょっとからかったくらいで、弱い奴だな」
山田は限界で、怒りは頂点に達していた。
「…人の気持ち考えろよ!」
「はー…やっぱお前とは合いそうにないわ…もう知らない?こっちの台詞だよ!」
しかし、片岡は意外にも冷静で、帰ってしまった。少しは謝るのかなと思っていたが、かえって関係を悪化させることになってしまった。講義の出席などはどうでも良いのか。山田は自分がただ単に面白がられているだけだと感じた。片岡が言った「やっぱ」という言葉…手紙如きで仲違いが起きるとは思わなかったが、あまりにも呆気ない。
講義が終わり、その気持ちを吐き出すように山田は誰もいない廊下で言葉を発した。
「もーなんだよ、あいつ」
すると、運悪く同じゼミの亀澤に見つかってしまった。その瞬間また予定のない密会を開かれるのだと絶望を覚えているとやはり内容はゼミのことであった。
「おーちょうど良かった、レジュメは出来たか?」
「あっ、ちょっと待ってください」
本当はもっと後に渡すはずだった。ただ、さすがの山田でも昨日の説教があったことからレジュメを忘れる訳がない。説教は覚えてないが事の重大さは理解している。山田は密会を早々に解散しようと鞄に手を伸ばし、レジュメが入ったファイルを掴み探す。そして、そのままレジュメを渡すはずだった。
「相変わらず遅いなー…早くしろよ」
「はい…すみません」
すぐには見つからない。勿体ぶる必要はないのになぜなのか。山田が自問自答していると亀澤が歩き始める。レジュメを渡さないとこの密会は終わらないと山田は焦っていた。すると、誰も気付かないように山田のファイルから何かが落ちた。レジュメではなく『手紙』である。しかし、そのことを知る者はいない。そして、入れたはずのレジュメを見つけることは出来なかった。
「ごめんなさい、忘れました」
「そうか…もう分かったよ」
山田は呆れてため息をついた。無事に密会は終わった。しかし、その成果はなくむしろマイナスになってしまった。亀澤の声からはどこか山田に対して諦めているような感覚を覚えた。ため息をつく山田を寂しそうに地に落ちた『手紙』が見送っていた。