第2話
山田がまだ一年生だった頃の十二月、彼は同じ学部の菊池、片岡と仲が良かった。二人はいつも山田を楽しませてくれる存在、山田にとっても居心地が良かった。しかし、一つだけ気になることがあった。それは二人とも限度を知らないということ。誰かが迷っていたら彼らは解決するまで寄り添う、楽しいことはとことん追求する、一見良い事だとは思うがそこに相手の感情は入っていない。そう思うことには山田のある経験が原因となっていた。
これは数日前のことである。
朝、講義室に着き席に座った山田は、菊池から手紙を貰った。
「何これ」
「いいから開けてみてよ」
山田が手紙を開けるとそこには「ラブレター」と書かれた便箋が入っていた
「えっ」
その発した言葉と驚いた顔を捉えるようにシャッター音が鳴った。そして、直後菊池の隣にいた片岡が笑っていた。座っていた椅子から後ろに仰け反るようにして。
「ハハハハハ!」
「違うよ!今時手紙なんてないない」
最近、言葉を書く機会は減っている。昔のように下駄箱にラブレターを入れることはもちろん、ラブレターを書くこと自体減っている。直接伝えた方が早いし、それが難しいのであれば携帯でメッセージを送る機能を使えば良い。ただ、そんなことよりも山田はなぜ自分がこの低レベルな遊びの加害者になっているのかということに怒りを覚えていた。
「は?」
「いやー、ドッキリ大成功だな」
片岡の言葉と共に自分が公式にドッキリに掛けられたことを知った。その写真を見せられた周りの連れ達は驚いた山田を見て「ハハハハハ!」と笑う。まるで、ドッキリ番組のワイプに映っている芸能人のようにその事実を嘲笑うように。
ただ、多感な大学生の頃にこのようなことが行われるには理由があった。というのも菊池の耳には山田と上本の関係を疑う噂が入っていた。それが現実のものとなれば良いなと山田自身も思っていたが、しっかり段階を踏む必要がある。誰かに相談すること、相手に切り出すタイミングなど心の準備は多岐にわたる。しかし、ある日突然自分の心の底にしまってあるものを強引に引っ張り出され、やがて嘘であるという真実は許し難いことである。
そんな一つだけ気になることを引っ提げながら、講義室で同じように三人束になっていた。
「おはよう」
山田の挨拶の後、菊池は噂を突いてきた。
「山田、これ上本さんから」
前のドッキリが余程気に入ったのか、またしても同じように山田を嘲笑いたいようだ。
「もーまたかよ、そのドッキリには飽きたよ」
「いや、これは本当なんだって」
「あんな目に遭うのは嫌だよ」
「上本さんからどうしても受け取ってほしいっていう手紙なんだよ」
菊池と上本には、同じアパートに住んでいるという共通点があった。上本から宅飲みをしたり、二人でよく話しているということを聞いていた。山田はむしろそっちの関係が噂になるべきだと思っていた。羨ましかったが、都合よく山田に手紙をくれるとは思わない。先日のドッキリのこともある。山田にとっては嘘にしか思えなかった。そして、強がりを見せてしまう。
「おかしいし、上本さんの小説チックな文章にはごめんだ」
「…お前上本さんいるよ」
「えっ?」
片岡の言葉で山田が後ろを振り返ると上本がいた。寒いせいか白い手袋を付けている。
ここ最近見ていなかったためか、その場所にいることが嬉しかったが、自分が言ってしまったことをすぐに反省した。上本はずっと黙ったままであるが、声は明らかに聞こえても良い距離である。山田はまだ聞こえていない方に賭けて、言葉を掛けた。
「上本さん、おはよ…」
「はい、講義を始めます」
しかし、山田の挨拶は教授によりかき消されてしまった。