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ヤクザの息子の転生者、大器晩成型にて  作者: 書きたい時に書く人
1/1

これから始まる誰かのプロローグ

 人というものは、自分で生まれを決める事は出来ない。

 望んでもいないのに付けられたレッテルは、一生剥がす事は出来ない。


 そのイメージを払拭しようと誰かに優しくしても、「大丈夫だから」と、遠回しな拒絶を受ける。

 辛いのを隠そうと強気に振るまえば、「やっぱり……」と、怯えた視線が突き刺さる。


 俺に出来たのは、只管に自分を殺して、周囲に無関心を装う事だけだった。

 そうすれば誰も傷付かない。誰も怖がらない。誰も俺を見ない。


 息苦しい程の人が住む都会の檻の中で、俺は孤独だった。






 ―――――――――――――――――――――――






 大学生活の終了を控えた2月半ば。俺は座布団の上で胡坐をかいている。

 古めかしい武家屋敷。砂利が敷き詰められただだっ広い庭を横目に、目の前の男を見据える。


「……で?」


 対峙しているだけで、息を呑むような迫力。服から少しだけ見える刺青のせいか、こちらを射殺さんばかりに細められた目のせいか、男の纏う空気そのものか。明らかに『普通』とはかけ離れていると分かる男は、その口を僅かに開け問いかける。

 だが、今更その程度の威圧感に怯むほど、可愛く(・・・)育てられてはいない。


「親父、話がある」


「ハッ。四年間も顔も見せに来なかった癖に、何を話すってんだよ」


 俺の言葉を鼻で笑い、目の前の男――倉口(くらぐち) 岩治(がんじ)は俺をねめつける。


「親子の縁を切らせてもらう」


「―――んだと?」


 単刀直入に切り出した俺の言葉に、余裕そうな表情が消える。次の瞬間、懐に伸びた親父の腕を掴みお互いに組み合いながら立ち上がる。


「もっぺん言ってみろやゴラァッッ!!!」


「何度でも言ってやるよ糞ボケがぁ!!親子の縁を切るっつったんだよ!!」


 腹部に走った衝撃を逃がす様に、後ろへバックステップする。親父が蹴り抜いた足をそのまま前へ進む為に踏み出しながら、懐からドスを取り出す。


(さかき)。俺は約束した筈だ。それを忘れたとは言わせねえぞ」


「『大学卒業したら、若頭になる』ってやつか?んなもん、テメエが勝手に作ったもんだろうが。俺は同意した覚えはねえよ」


 蹴られた腹部の汚れを払いながら距離を取る。口調は冷静に、しかし身体から放たれる殺気と、その手に持つ凶器はそのままに、親父は俺に話しかけてくる。


「テメエ、この倉口組の座布団を何だと思ってんだ?あ?」


「よーく知ってるよ。関東一円を取り仕切る国内最大の指定暴力団。戦後の闇市の取り締まりから始まって、あらゆる業界でコネ作って、警察(イヌ)さえ金と暴力で飼いならす、最低最悪のクソヤクザ」


 心臓に向かってきた匕首をかわし、手首を取る。先ほど蹴られた意趣返しに、同じ部位に蹴りを喰らわせる。


「ガッ――!」


 吹き飛んだ親父を追う様に、一歩前に詰め寄る。


「もうウンザリだ。『倉口』ってだけで周りから孤立するのも、身分を隠して息を殺して生きていくのも、ヤクザの息子(・・・・・・)って肩書も!全部ッ、全部ウンザリなんだよ!」


 自身の内から、例えようのない濁った何かが止めどなく噴き出してくる。自身の意志では止める事が出来ない程に、俺の身体を無意識に突き動かす。


「俺は誰だ!!倉口の次期頭か!?ヤクザの息子か!?社会のクズか!?何なんだよ!」


「ゲホッ……!テメエは、テメエだろうが…」


「うるせえよ!!知った風な口利いてんじゃねえ!テメエに何が分かる!!学校で親を自慢する同級生を見た時のッ!授業参観に来た同級生の親に怯えた顔で見られる俺のッ!俺の惨めな気持ちが分かってたまるかああああああああああああああ!!」


 肩で息をしながら、親父を見る。しかし、視界が徐々にぼやけてマトモに顔を見る事も出来ず、唯その輪郭を眺める。


「もう金輪際、アンタ等との関わりは止める。これっきりだ」


 目元を強めに拭って、踵を返す。


「オイッ!榊!」


 後ろで誰かが呼んだ気がしたが、何も聞こえなかった事にした。






 ―――――――――――――――――――――――






 虚ろな気持ちで、駅に向かう為に足を動かす。

 これからどうしよう、なんて考えてもいなかった。一先ず、都会から遠く離れた、暴力団の話なんて出てこない様な田舎でやり直したい。それしか頭になかった。


 だから、気付かなかったのだ。自分の立場が、どういったものなのか。


「死ねええええ!!倉口の息子ぉぉおおおおッ!!!」


 叫び声と共に、乾いた音が都会で鳴り響く。

 直後、自分の身体が横に押される感覚が襲う。何かと思い、衝撃のあった箇所を触ると、指が湿り気を帯びる。


「―――ぁ」


 ああ、撃たれたのか。それを理解した瞬間、身体から力が抜ける。立っている事すらままならず、よろめいて近くのガードレールに体重を預ける形になってしまう。


 暗くなっていく視界で辺りを見回すと、パニックに陥って逃げ出す人々。そして、血走った目でこちらに回転式拳銃(レンコン)を向けている男。


「……は、はは……」


 思わず、笑ってしまった。

 結局俺は――。





 何者にも、なれやしなかったのだ。

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