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第1章

 私と由香利の不倫談義は、ますますエスカレートして行った。

 私は、自分の周りにドラマのような不倫の現実があることを実感し、由香利という親友を通して実態が聞ける事に不思議な違和感させ覚えた。

 自分の生活の範疇に無い不倫と言う男女の関係を、生きた小説を読むように聞いているようだった。

 私は異次元の世界を垣間見た少女のような目で耳を傾けていた。

 私は由香利に言った。

「しかし、由香利が大学生と不倫をねえ。信じられへんわ」

 彼女は、自分の指先を見つめて言った。

「まあ、”サメちゃん”とこは知らんけど、私んとこの夫婦は醒めてるしね」

 私は、彼女に聞いてみた。

「その大学生との不倫の後は、由香利は、もう真面目にやってんのやろ?」

 彼女は、遠くを見るような目で言った。

「真面目って?それがね・・・最近、私は妻子持ちの男性と付き合ってるのん」

「たまたま、コンビニに来たお客さんなんやけど、携帯電話の番号をレジで渡されたん」

「彼も、奥さんに不満有るらしく、私と電話で意気投合してダブル不倫に突入って訳なん」

 私は、呆れ顔で彼女を見て言った。

「私の知らないところで、色々やってるんやねえ、由香利は・・・」

 彼女は、少し口ごもってから意味ありげな笑いで言った。

「ん?まあ、そんな感じやね。彼の奥さん美人なんやけど、何処が不満なんやろて思ったわ」

 私は、彼女の言葉に驚いて彼女に聞いた。

「由香利、その人の奥さん見たん?」

 彼女は、私の目を見てから思い出すように言った。

「うん、まあね。一緒に私のパートしてるコンビニに来やはってん」

 私は、一層呆れながらも興味本位で彼女に言った。

「奥さんて、どんな人やったん?」

 彼女は私の目を見て、ゆっくり言った。

「まあ美人やけど、夫の浮気に鈍感そうで、天真爛漫、世間知らずの奥さんみたいやった」

 私も時々、彼女のパート先のコンビニには寄った事があるが、あのレジカウンターで電話番号を渡す男性の行動に、信じられない思いがあった。

 確かに、由香利は俗言う”男好きのする顔”をしていると思った。

 また、プロポーションも悪くないし、女性のフェロモンを出しているとも思った。

 結構、若作りというか派手で過激な服装もするし、三十歳位のOLにも見えなくは無い。

 子供もいないし、主婦と言うよりは少し遊び人のような容姿が、男性の目に留まるのかもしれない。

 私は何だか、由香利の家庭を含めた世間の夫婦のイメージが、崩れていくのを感じていた。

 同時に彼女が、微妙な夫婦関係の上に同居していると言う事実を知って愕然とした。

 事実上は壊れた家庭である事を、彼女は気づいているにも拘らず、彼女の夫と距離を置きながら上手に夫婦を演じているのが怖かった。

 そして私は、何故か彼女が現在付き合ってる男性の奥さんの気持になって、やるせない気持になってしまった。

 自分の女子高以来の友人の由香利が、世間の主婦の敵の様に思えてくるのが不思議だった。

 私は不倫と言う自分に関係ない言葉に、嫌悪感と怯えを感じていた。


 翌日の朝、昨夜の由香利との話が頭に残ったまま朝食の準備をしていた。

 娘は春休みなので、まだベッドから出てきていなかった。

 娘は今日から二日間、私の実家の両親のもとへ遊びがてらに泊まりに行くと言っていたので、 夕飯の用意は主人と私だけで良い事になる。

 洗面を終えてダイニングに入ってきた主人に、私は話しかけた。

「ねえ、この髪型どう思う?いい感じやと思わへん?」

 主人は、私を一瞥したかと思うと、テーブルに座って言った。

「何か、お前の顔見て、おかしいと思ってたら髪の毛切ったんか?」

 私は、ムッとして主人に返した。

「おかしいって何よ。結構、似合ってない?」

 主人は新聞に目を落とし、私を見ずに言った。

「まあ、どうでもええけど、美容室を儲けさすだけやん」

 私は、朝から主人の言葉に失望して言った。

「貴方だって、ゴルフ場やパチンコ屋に投資してるだけやん」

 主人は、私を睨んでから無言で朝食を摂り、私も会話をせずに暗い雰囲気の朝食を摂った。

 私は、主人の無愛想な対応と無神経さに納得行かなかった。

 嘘でもいいから、似合ってると言って煽ててくれていたら、単純に私は気分が良かったのに、それさえ言えない主人の包容力の無さに失望した。

 主人は無言で玄関を出て行き、私も冴えない気分のまま会社に出勤した。


 私が会社に出社すると、若い男性社員や女性社員が髪型を変えた私に次々とお世辞を言って囃し立てた。

 社長室にお茶を持って行くと、社長は私の顔を見てビックリするように言った。

「あれ?鮫島君。髪型変えたんやね。ますます若々しくなって眩しいね」

 私は、社長の反応を聞いて嬉しくなって言った。

「似合いますか?ちょっと切りすぎたかなと思ったんですが」

 社長は、私の顔をニコニコしながら見て、冗談っぽく言った。

「いやいや、似合ってますよ。一層惚れちゃうなあ。独身だったら口説くんだけどねえ」

 私は満面の笑みを社長に返して自分のデスクに座った。

 私は会社での私の髪型の反応を見て、やはり主人の無神経さを再確認した。

 私は自然に笑顔になって、仕事も軽快にこなしている自分に気づき、今更ながら単純な女なんだと苦笑していた。


 退社時間近くになって携帯電話が鳴った。

 主人からの電話は、東京に急な出張で出るから今日は帰らないと言う伝言だった。

 常に急な出張に備えて、会社に着替えを準備している主人は、そのまま今夜の新幹線で東京に向かうと言って電話を切った。

 今日は主人も娘も居ない家で、私だけだと思うと淋しいという気持の反面、自由だという開放感が心を満たしてきた。

 私は好きなテレビを見て、好きな長風呂に入って、夕飯は作らずにテイクアウトのピザでも食べようと考えていると、何となく楽しくなってきている自分を発見していた。

 

 私は、午後五時を回ったのを確認して会社を出た。

 地下鉄の駅に向かって、通いなれたアスファルトの舗道を歩いていた。

 私の前方からドイツ製の黒い高級車が走って来るのが見えた。

 その車の運転手は私の横で止まり、左ハンドルの運転席の窓が開いて私に声を掛けた。

 私は、それが自分の会社の社長である事を確認し、胸の前で手を振った。

 社長も手を上げて合図し、冗談混じりで笑って言った。

「前から綺麗なお嬢さんが、歩いてるなって見たら鮫島君だったんだねえ」

 私は噴出しそうな笑いを堪え、社長にジョークで返した。

「あら、社長やったんですか?私もハンサムな紳士が車に乗ってるって思ってたんですよ」

 社長は、大声で笑ってから言った。

「今から、宇治の取引先に書類を届けに行くけど、乗っていかないか?」

「鮫島君は、宇治に住んでるんじゃ無かったっけ?良かったら送るけど、どうする?」

 私は迷ったが、一度は高級車の乗り心地を味わってみたくて、社長の誘いを承諾した。


 社長は運転しながら私に言った。

「君みたいな美人の奥さんを持ってる、ご主人はさぞ幸せだろうなあ」

 私は社長に笑って率直に言った。

「そうでもないみたいですよ。結婚して十五年近く経つと、女として見てないですからね」

 社長は笑いながら頷き、私に言った。

「まあ、何処の夫婦も一緒かも知れないなあ。他人の奥さんは綺麗に見えるのかなあ?」

 私は、社長の横顔を見て言った。

「私だって、他人の旦那さんの方が素敵に見えることが多いですからね」

 社長は笑って頷いていた。


 社長は”山中陽太郎やまなか ようたろう”という名前で四十五歳だった。

 奥さんと子供二人の家族だったが、奥さんと別居中と言う噂も社内で流れていた。

 社員の噂によると、たまたま社長と同行していた社員が、若い男性と腕を組んで歩く社長の奥さんを見たらしい。

 社長は、見て見ぬふりをしていたようだが、後日になって有名な探偵事務所のスタッフが社長室に訪問していたのを見かけたと言う。

 なんだか生々しい話だが、社員の噂では社長夫人が若い男と浮気をしていて、社長が調査を依頼したのではないかと言う事だった。

 また、会社の幹部から耳にした話では、社長宅に急用で電話しても夫人が出ずに、家政婦らしき人が対応に出るようになったと言う。

 社員同士のヒソヒソ話を私は聞いたが、社長と夫人は別居しているのではないかと言うことだった。

 私は、他人の家庭のもめごとには興味はないし、不倫とか浮気とか言う言葉は、私には無関心なテーマに思えた。

 私は、平凡な主人と娘の三人暮らしで充分だと思った。


 社長は180cmの長身で、甘いマスクは美男子と言っても差支えが無いと思った。

 俗に言うナイスミドルというか、チョイ悪オヤジの方が例え易いかも知れないと思った。

 社長の着ているスーツや革靴、そして時計などは高価で品の良いブランド品ばかりだった。

 私は、お洒落な男性に少なからず興味を持つ平凡な女であることを自覚していた。

 しかし、社長と今まで雑談もした事が無い私にとって、彼は会社そのものであり最高責任者として威厳を持った人格者そのものだった。

 今日始めて車の中で、ざっくばらんに話す社長のイメージは、私にとっては全く違う人格と話をしているようだった。

 宇治市に車が入って、社長は私に尋ねた。

「今日は、何処かのスーパーに寄って買い物するんやろ。そこまで送ろうか?」

 私は、社長の問いに答えていった。

「いいえ、今日は買い物しません。今日は主人も娘も家に居ないんです」

 社長は私を見て言った。

「そうなんや。じゃあ、晩メシはどうするつもりなん?」

 私は、夕方に決めた答えを社長に言った。

「ピザでも買って帰ろうって思ってるんです。一人じゃ、夕飯を作る気がしないですしね」

 社長は頷いて笑った。

 彼は取引先に書類を届け、私の案内で私の自宅近くまで車を走らせた。

 私は、幹線道路沿いのピザの店の駐車場で礼を言って車を降りた。

 彼は、窓から私に手を上げて駐車場を出て行き、幹線道路に出るために車の切れ目を待ってウィンカーを点滅させていた。

 私は彼の車が幹線道路に出たら、ピザを買いに店に入ろうと車を見送っていた。


 彼の車が、急に私の方にバックランプを点灯し戻ってきた。

 社長は窓から顔を出し、不思議そうに見ている私に言った。

「鮫島君。帰っても淋しくメシ食うのなら、何か一緒に軽くメシを食べに行かないか?」

 私は呆然として、彼の食事の誘いに迷っていたが、すぐに答えを出した。

「そうですね。じゃあ、お言葉に甘えて、ご一緒させてもらっていいですか?」

 社長は嬉しそうに笑いながら言った。

「そう来なくっちゃ。日頃の鮫島君の勤務に感謝して奢らせて頂きますから、どうぞ」

 私は頭を下げて、可愛く笑って見せた。

 主人と娘が居ないという開放感が、私のアバンチュールのような食事を後押しした。

 私はアフターファイブを謳歌する、15年前の無邪気なOL時代に戻ったような気がして、心はウキウキと車の助手席に乗り込んだ。

 私は、社長という社内のトップと食事を通じて、対話を図るのも良いことだと思った。


 社長が車を止めたのは、車で15分ほど京都市内に戻ったところにある料亭だった。

 その奥ゆかしい建物は、歴史と伝統を感じさせ高級そうなイメージを醸し出していた。

 個室に案内されると女将が挨拶に訪れ、社長がここの上客であることを伺わせた。

 たぶん、此れまで私が過去に行った料亭の中でも、一番高価な店だろうと思った。

 社長は女将に料理を任せ、私を会社の社員であると紹介し、近くの取引先に一緒に商談に行っていたのだと嘘をついて説明した。

 女将は、社長の嘘に気づいたのどうかは解らなかったが、上品にニコニコと笑っていた。

 女将は社長に言った。

「山中社長の会社には、えらい若い別嬪さんの社員さんがいらっしゃるんどすなあ」

 社長は冗談交じりに笑って女将に答えた。

「そうなんや。鮫島君はうちの会社一番の美人社員ですよ。何歳に見えます彼女?」

 女将は私の顔をじっと見てから言った。

「そうどすなあ。失礼を承知で言わせて貰ったら・・・27か28歳違うんどすか?」

 社長は愉快そうに笑って、私に言った。

「女将にお礼を言っておいた方がいいかもな。鮫島君」

 私は、急に話を振られて息を呑んだが、笑いながら女将に言った。

「バカですから若く見えるんですが、今年三十五歳です。女将さん有難うございます」

 女将は驚いていたようだが、社長は楽しげに笑って煙草に火をつけた。


 社長と私は、長い時間をかけて豪華な会席料理を食べ、社内の話や家庭の話をした。

 しかし、彼は彼の婦人の事は一切話さなかったし、私も敢えて聞かなかった。

 それは、当然タブーである事を私は知っていた。

 彼には子供はいなかったので、子供の話もタブーのような気がしたが、彼は私の娘の話を目を細めて楽しそうに聞いていた。

 車で来ていた社長はアルコールを我慢し、私だけがビールを少し飲んだ。

 私は、豪華な夕食と彼のプライベートな話を聞き、今まで近寄り難かった社長との距離が大幅に縮まったような気がした。


 私にとって、今日の帰り道で社長の車に出会ったことは、有意義な事だったと実感した。

 彼は、私の住んでいる新興住宅地の入口近くまで、私を送ってくれた。

 家の前まで送る事も出来たはずだが、そこは彼の私に対する気遣いだと後で気づいた。

 家の前まで送って、近所の人の目に触れたら何を言われるか解らない。

 そんな事を事前に察して、100m手前で下ろす彼の機転に賢明な男性を感じた。

 彼の車のテールランプを見送りながら、私はデートから帰ってきた若い娘のように、身も心も弾んでいる事に気づいた。

 私の胸は、不思議な気持の高鳴りを覚えていた。


 

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