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ゴロツキと姫君の出会いの話

 俺は自身のことをただのゴロツキだと思っている。

 路地裏の喧嘩はお手の物。ボロボロのアパートに家族四人で暮らし、日々の食べ物にも事欠いた。犯罪にだけは手を染めるなと言いながら死んだ母のおかげで盗みは働かなかったが、比喩でなく泥水をすすって飢えを凌いだこともある。

 どれほど立派な学歴を経ようと、世界的な功績を残そうと、その果てに地位と名誉と金を得たときですら、なんかたいそうなことになっちまったなあという感慨しか湧かなかった。

 あの悪夢のような飢饉が二度と起きないのならそれでいい。道端ですれ違った子供の頬が丸い、ただそれだけの事実に家族を失った悲しみが慰められていく。

 夢は果たせた。あとは心置きなく研究に没頭するだけ。


 しかしゴロツキは出会ってしまったのだ。誰よりも美しく誰よりも気高い、本物のお姫様に。



 ***



 王城なんてものに足を踏み入れる日が来ようとは考えもしなかった。

 すっかり凝り固まった肩を回しながら広大な庭園を歩く。爵位の授与式は居心地の悪さを感じているうちに終わって、俺は家路をたどりながらも後悔をし始めていた。

 貴族になれば研究への支援も取り付けやすいかなと思い、気軽に受けることにしたのが間違いだった。国王陛下は尊敬するお方だが、大方の貴族のもったいつけた言い回しや腹芸は癪に触るだけだ。

 これからは社交にもある程度時間を割かなければならないとは。本当に早まったな。はあ、めんどくさ……。


「殿下、明日は隣国の外務大臣様がいらっしゃいます。歓迎の宴にはご出席なさいますか」


 垣根の向こうから落ち着いた女性の声が聞こえて、俺はふと歩く足を止めた。

 今、殿下と言ったのか。授与式をすっぽかした王太子殿下がそこにいる?

 国民の間でも評判の良くないバカ王子だが、だからこそご尊顔を拝んでみたい。ささやかな野次馬根性に導かれ、俺はそっと垣根の影から顔をのぞかせた。

 そこにはとても美しい貴族の姫君と黒髪の男がいた。どうやら王太子殿下なのであろうその男はさもめんどくさそうな様子で、ストロベリーブロンドが印象的な姫君を睨みつけた。


「お前にそんなことを確認される筋合いはない」

「本日も狩りに出てお戻りになりませんでした。ですから確認をと」

「うるさい! 僕が何をしようが僕の勝手だ! 婚約者風情が僕に指図をするな!」


 あんまりな言い草に、俺は知らずのうちに拳を握りしめていた。

 何なんだ、本当にバカ王子じゃないか。公務をすっぽかした挙げ句に、それを諌めてくれた婚約者を怒鳴りつけるだなんて。

 あんなに綺麗で聡明そうな姫君なんだぞ。どうして大事にしない? 俺だったら、もっと。


「……申し訳ありません。出すぎたことを申しました」


 しかし彼女は気丈だった。泣いてもおかしくないような状況だったのに、背筋を伸ばしたまま王太子殿下を見つめ返したのだ。

 俺に向けられたものではないとわかっていても、その瞳は美しく輝いて、彼女の聡明さと責任感を十分すぎるほどに表していた。

 美しい人だと思った。自らの立場が悪くなろうと、目上の者に意見を言う勇気を持った人だと。


「ふん。もっと弁えることだな、キーラ」


 王太子が鼻を鳴らして踵を返す。その背中が見えなくなるまで微動だにしなかった姫君だが、やがて目を伏せてため息をついた。

 その悲しげな様子は、彼女の気持ちを全て表しているように見えた。

 きっと王太子殿下のことを愛しているんだろうな。だからどんなに酷い言葉を浴びせられても、耐えて寄り添おうとしているんだろう。

 俺は小さく笑ってその場を後にした。

 慰められたらどんなに良かったか。平民上がりの末端貴族が次期王妃である高貴な姫君に声をかけるわけにはいかないし、覗き見がバレて気味悪がられたりしたら立ち直れないかもしれない。

 何より彼女と知り合ったところでどうなる。

 好きだと思った時には誰かの物だった。これはどこにでも転がっている残念な失恋話で、これ以上どうにもならないことなのだ。


 これこそが俺とキーラ殿の出会い……いや、顔を合わせたのは婚約後が初めてか。つまりは俺が惚れちまったってだけの話だな。


 その後もどこかしらで見かける度に想いを募らせていくのだが、本当に一方的な片思いなんだからしんどかった。キーラ殿は時に図書館で勉学に励み、時に社交界で輝いて、またある時は慈善活動で柔らかい笑みを子供達に見せるのだ。

 探している訳じゃないのに出会っちまうのはなんでなんだろうな。手の届かない人だと思い知れって、神様が計らってくれてんのかね。大きなお世話だよ。

 彼女は鋼鉄の苺姫なんていうふざけた異名で通っていた。確かになんでもそつなくこなす上に物凄い美人だから近寄りがたいのは理解できるけど、随分とセンスのない奴がいたもんだ。

 キーラ殿は可愛い。子供達に向けるような笑顔を俺にも向けてくれたなら、どんなに幸せだろうな。

 そうして悶々とした気持ちを抱えたまま数ヶ月が過ぎ——あの婚約破棄の時に限って、俺は会場にいなかった。

 ちょうど研究から手が離せなかったのだ。王城を揺るがす騒動はその日のうちに耳に入って、俺はほとんど衝動的に結婚を申し込みに行った。

 まさか話が本当に通るとは思わなかった。駄目元だったからな、本当にこんなことがあるのかって、夢心地だったね。

 どれほどキーラ殿に邪険にされようとも、浮かれきった俺は一切気にならなくってさ。まあその、嫌われないように貴族っぽく振る舞おうとしたこともあって、いろいろとやらかすことになるんだが……それに関しては今は反省している。


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