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ズレてるよなんとかして

 陛下、そのご厚情に感謝いたします。

 いたしますけれども、流石にこれは無いんじゃないでしょうか。


「キーラ殿! 貴方のためなら町だろうが国だろうが買ってこよう! さあ、望みを言いたまえ!」

「要りません何も。強いて言うならこれらを全て返品したいです、ヴィスコンティ男爵」


 今私の前には山と積まれた服飾類と、その隣に得意げに佇む『現』婚約者殿がいる。

 この男は我が家の玄関をドレスと宝石で埋める気なのだろうか。どうしてこんなに常識がないのだろうか。ああ、お金持ちだからか。


「遠慮はいらないよ。私は可愛い貴方のためになんでもしてやりたいのだ」


 ニッコリと微笑む美形。外からの光を透かして輝くココアブラウンの髪と瑠璃色の瞳は大人の色気を帯びる。

 しかし普通なら胸をときめかせるような台詞でも、よく知らない上に非常識な男相手では薄ら寒いだけだ。


 何故こんなことになったのか、話は一週間ほど前に遡る。



 ***



「キーラ・メルクリオ侯爵令嬢! そなたとの婚約を破棄する!」


 ただいまを持って『元』の冠がついた婚約者の傍には、伯爵令嬢ビアンカ様がぴったりと張り付いている。

 うんうん、そうだね。仲よさそうだったもんね。イイヨイイヨー。


「承知致しましたわ、殿下。貴方様のお望みのままに」


 私は遠い目をしたままその宣言を受け入れて、舞踏会場を後にした。

 頭が残念な王太子様には別段未練もないが、王妃になるため費やしてきた時間と努力に対してだけは、虚しさばかりを感じてもやもやする。

 まあこれで過酷な日々から解放されて好きなことができるのだから、それ自体は大変喜ばしい。足取りも軽く王城から帰ろうとした私は、そのまま国王陛下に呼び出されてしまった。


「すまなかったな、キーラ。私は息子の教育を間違えたようだ」

「陛下がお気になさることはございません。ご縁が無かったのですわ」


 未練といえばこの優しい賢君を悲しませてしまったこともそうだ。第二王子殿下は優秀な方だから大丈夫だと思うけど、目をかけてきた長男にこんな仕打ちをされたら辛いだろうな。

 何だか遣る瀬無くなって曖昧に微笑むと、陛下は複雑な感情を織り交ぜた瞳を伏せた。


「そなたのような姫が我が王家の一員となってくれたなら、これ以上ない僥倖だったというのに。本当に残念だ」

「いいえ、私は陛下が仰るほどの者では」

「謙遜をするな。そなたには相応しい婚約者を責任持って探し出す故、安心なさい」


 陛下が誠実な瞳で頷くので、私は微笑んでそのご厚意を受け取ることにした。

 その後は王太子殿下が陛下に断罪されて王位継承権を失ったり、ビアンカ様が伯爵家から勘当を言い渡されたり、両親がブチ切れて王城に怒鳴り込みに行ったり色々大変だったのだけれど、そんなものは今の苦労に比べれば大したことではない。

 そう、すぐ次の日に陛下が約束通り紹介して下さったのが、アメデオ・ヴィスコンティ男爵その人だったのだ。



 ***



 現婚約者との出会いから一週間、私は疲弊しきっていた。

 なにせこのヴィスコンティ男爵は、王国一の資産持ちとして有名で、唸るような財を駆使してとんでもないことをしでかすのだ。

 山のような服飾品の贈り物は毎日のこと。

 うっかり花が好きだと口を滑らせたら、香りだけで屋敷が爆発しそうな量の花束が届いたり。

 ヴァイオリンの音は心地がいいと述べたらオーケストラを連れてこようとしたり。

 この人は馬鹿なんだろうか。二十七の若さで財を成して貴族位まで拝命したのだから、遣り手なのは間違いないはずなのだけど。


「……承知しました。では、あの濃緑色のドレスを」


 要らないと言い続けるのも時間がかかることを学んだ私は、一番手前にあるドレスを適当に手で示した。


「これだけで良いのかい? 貴方のストロベリーブロンドとエメラルドの瞳には、もっとたくさんの色が似合うというのに」

「もうクローゼットに入りきらないので、お気持ちだけ頂戴します」

「そうか、なら仕方があるまい。ではキーラ殿、早速私と出かけようではないか!」


 急だ、急すぎる。

 貴族令嬢への誘いというものは、何日も前から伺いを立て、両親にも話を通し、こちらはこちらでその行き先にあった装いで出迎える。そういうものだったはず。

 しかしこの男爵には一切の常識が通用しない。元平民ゆえの無作法というよりも、仕来りなど覚える気がないと言わんばかりの態度はいっそ清々しい程だ。


「両親から許可を得ませんと」


 私は無表情で応対したが、隣に立つ両親は無情だった。


「あらキーラ、良いのよお私達なんて気にしないで」

「そうそう、せっかく男爵がお誘い下さったのだから行ってきなさい。楽しんで」


 満面の笑みの彼等は、娘が憂き目に合わされているというのにまったく悲観したそぶりがない。

 ちょっとおかしくないかなこれ。婚約破棄の時はあんなに怒ってたのに、社交界でも悪し様に言われる成金男爵の暴挙には全く関心がないって、感情のバランス感覚どうなってるの。

 え、もしかしてお金ですか。娘の嫁入りに際してお金でも受け取った? いやいやでも、この両親はそんなことをする人じゃ無かったはず。うちは別にお金に困っているわけでは無いし。

 ……うん、多分。


「侯爵夫妻もこう仰っている。さあ、どこか行きたいところはあるかな?」


 きらきらしい笑みに、私は諦めの境地に達した。

 ついにこの男と二人で出かけなければならないとは。どんなに疲れる時間が待っているのか、想像するだに恐ろしい。


「……では、市立美術館に」

「決まりだ! 早速参ろう、キーラ殿!」

「待ってください、外出着に着替えますので」


 私が濃緑色のドレスに視線を滑らせると、ヴィスコンティ男爵は嬉しそうに笑った。

 正直に言って何だか憎めない人だ。お金持ちなのに嫌味がないし、素直なところがあるから。


 *


 馬車に乗り込んで二人きりになったのを良いことに、私はかねてから気になっていた問いをぶつけることにした。


「何故、私との婚約を受け入れたのです」


 キーラ・メルクリオ侯爵令嬢はこの国の王太子に婚約破棄された傷物だ。今後社交界で物笑いの種になるのは間違いないし、その経歴だけで貰い手選定は非常に厳しいものになるはずだった。

 それなのに降って湧いたようなこの縁談だ。

 陛下に頼まれたから? 侯爵家との縁が欲しかったから?

 おそらく理由はそのあたりだろうが、聞かれたからと言って素直に白状するはずもない。私は彼がどう出るのか想像しながら、感情を隠した瞳でその答えを待った。


「私は一番最初に貴方の心が欲しいと申し上げたつもりだが」


 また、そんなことを。

 相変わらずの笑みに、私は思わず眉を顰めた。婚約者の態度にもヴィスコンティ男爵はどうとも思わなかったようで、白い手袋に包まれた手を握りこんできた。

 元婚約者とは触れ合ったことなんてない。男性に免疫のない私の心臓は勝手に鼓動を早め、無表情だった筈の頬が熱を持つ。


「婚約を受け入れたのではない、私から陛下と侯爵夫妻に上申したのだ。キーラ殿を妻としたいと」

「……何故?」

「いつもひたむきな貴方に惚れ抜いているから」


 あまりにも予想外の告白に、私は呆けた顔を晒してしまった。

 この男は一体何を言っているのだろうか。ああそうか、婚約者を懐柔しておこうという策略だ、きっとそうに違いない。

 しかし一人納得する私は、さらなる驚きに見舞われることになった。

 触れ合う手を引き寄せられたかと思ったら、指の中程あたりに口付けられてしまったのだ。


「ずっと見ていた。貴方が将来王妃になるために努力していたこと」

「み、見ていたとは? 私達は婚約時が初対面のはずでしょう」


 動揺で声が震えた。こんなのは王妃になるべくして育てられた私にはあり得ない失態だ。

 私の緊張を悟ってか、彼はゆっくりと手を解放してくれた。


「ああ、その通りだ。けれど貴方は有名で、私は城に赴くたびにその姿を見かけた。王妃様主催のお茶会や、きらびやかな舞踏会で、貴方はいつも立派に振舞っていた。図書館で書物にかじりつく様や、街での慈善活動、至る所で貴方に出会ったのに、私は声をかけることもできなかった」

「どうして……」

「貴方ならわかっているはずだ。私のような身分では、王家に連なる侯爵家の姫に声などかけられない。それに、私は貴方に恋をしていたから。決して手に入らない貴方と知り合えたとして、虚しいだけだろう?」


 彼は今更のように常識的なことを言う。

 そうか、低い身分の者から声をかけられないことはご存知だったのか。変な感慨を抱いた私は、同時に重要な言葉の数々を理解し始めて一気に赤面した。

 恋? この人が、私に?

 嘘だ、そんなはずない。何せ私は可愛げがないのだ。いつも冷静であれと自らに言い聞かせてきたから基本的に無表情だし、誰かに甘えたり楽しく遊んだり、一般的な若者が好むようなことを嗜んだことすらない。

 自分が影で「鋼鉄の苺姫」と呼ばれていることを知っている。

 人々が私に対して畏怖すら覚えていることを、知っているのだ。


「……ご冗談を」


 私はまっすぐな瞳を見ていられずに目をそらした。しかしヴィスコンティ男爵は全くへこたれずに、再び手を握りこんでくる。しかも両手で。


「冗談ではない。私は貴方の傷を癒してあげたいのだ」

「傷?」


 真剣な眼差しは確かに冗談を言っている雰囲気はない。しかし、私は傷など負っていたっけ。


「公衆の面前で婚約破棄など、辛かっただろう」

「いえ、特には」

「私の前では強がらないでくれ。大丈夫だ、心配はいらない。第一王子殿下が悪いのは誰の目にも明らかだし、この婚約も私からの強い希望があってのものだから、貴方が後ろ指をさされるようなことは起こらないはずだ」

「強がっておりませんし、後ろ指も気にしてませんけど」

「貴方はやはり健気だ。これからは私が守るから、安心してくれたまえ!」


 高笑いでも始めそうな勢いのご高説である。

 だめだ、全然話を聞いてくれない。この人の暴走ぶりは出会った時から何も変わっていないけど、近頃一つ感じることがある。

 彼の強引さに引っ張られるのは案外楽しい。少なくとも優しさと気遣いからくるものだとわかるから、ちょっと引きつつも結局は受け入れてしまうのだ。


「あなたは、面白い方ですね。ヴィスコンティ男爵」


 私は久し振りに心から笑った。

 すると彼は顔を赤くして手を離してしまったのだけど、私の笑顔ってそんなに不自然なのかしら?


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