1-28 誤解されたかもしれません
「ルーシー、能力値を見てくれ!!」
ひとつの可能性に思い至り、賢人はルーシーを急かした。
「え? あ、うん」
戸惑いながらも、ルーシーは加護板をスワイプする。
そして……。
「ええーっ!?」
大声を上げ、加護板を見る目をこれでもかというほど大きく見開いた。
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【攻撃力】H→G
【防御力】H
【魔力】H
【精神力】H
【敏捷性】H
【器用さ】H
【運】S
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攻撃力が、HからGにランクアップしていた。
「な、な……なん……で……?」
加護板を凝視したまま、ルーシーはカタカタと震えだした。
額には汗がびっしりと浮き上がり、見開いた目にはじわじわと涙が溜まっていく。
「こ、こんな、こと……これまで、いち……いちど、も……」
「ルーシー?」
身体の震えが大きくなり、言葉が細かく途切れる。
徐々に呼吸が浅く、早くなっていくのが見て取れた。
「ルーシー!」
賢人はルーシーの肩をがっしりと強く掴んだ。
「落ち着け、ルーシー!」
「ひっ……はっ……ぁ……はぁっ……」
顔を上げたルーシーは、苦しそうに口を開閉しながら、救いを求めるような視線を賢人に向けた。
「息を吐け、思いっきり!」
「はぁっ、はっ……ふぅっ……ふぅぅっ……!」
「胸が空っぽになるまで、とにかく息を吐け! 吸うことは考えなくていいから、とにかく吐き続けろ!」
背中をさすってやりながら、賢人はルーシーに息を吐かせ続けた。
「ふぅぅっ……ふぅーっ……! ふぅっ……ひゅっ……!」
少しずつ、息を吐けるように鳴ったルーシーは、なんとか肺が空になるまで息を吐き出すことができた。
息を吐ききってしまえば、意識しなくても肺に空気は入ってくる。
吸うことを意識していないルーシーだったが、息を吐き出すたびにヒュッと音を立てて空気を取り込んだ。
そのペースはやがて遅くなり、ほどなく呼吸も落ち着いてきた。
「はぁ……ふぅ……もう、大丈夫……ありがと、ケント」
少し落ち着いたところで、ルーシーはケントを見て微笑んだ。
その拍子に、目尻に溜まっていた涙があふれ出して流れた。
「いや、その……ごめん」
十数年まったく動かなかった能力値が、変化を見せた。
【運】の値の意味が判明したことや、【SP】という未知の項目が現れたことよりも、彼女にとってそれは衝撃だった。
呼吸の仕方を忘れるほどに。
「なんで、ケントが謝るの?」
まだ少し虚ろなままの瞳が、じっと賢人を見つめていた。
「それは、その……俺が、勝手なことをしたから……」
虚ろな瞳に、光が灯った。
「ケントが、したの……?」
「あ、ああ。【SP】を使って、ルーシーの【攻撃力】が上がらないかなって思ったら、【SP】が減って【攻撃力】が――おわぁ!?」
もの凄い力で襟首を締め上げられたかと思うと、賢人は仰向けに倒された。
そして彼の上には、ルーシーが覆い被さっていた。
視線を上げると、必死の形相で自分を見下ろすルーシーの顔があった。
「もっと、して……!」
「え?」
「もっと、いっぱい、してっ!」
腹のあたりに跨がる彼女の体温や重みが、妙に生々しく感じられた。
「わ、わかったから、ルーシー、ちょっと落ち着いて――」
――ガチャリ。
部屋のドアが開いた。
ルーシーはそちらに背を向けていて、気づいていない。
賢人が入り口のほうをのぞき込むと、女将の姿が見えた。
「ちょっとあんたら、朝っぱらから騒がし――」
「もっといっぱい、してよぉっ!! ねぇ、ケントぉっ!!」
賢人にまたがったルーシーは、喚きながらゆさゆさと身体を揺らした。
それを目にした女将が、ぽかんと口を開ける。
「あー……お楽しみのところ、悪かったね。ただ、もうちょっと静かにしてくれるとありがたいんだけど……ま、なんというか、ほどほどにね」
――バタン。
扉が閉まり、女将は姿を消した。
「ぁ……ぅぅ……」
視線を戻すと、賢人の襟首を掴んだまま、ルーシーは顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。
押さえ込んでいた力は、かなり弱くなっている。
どうやら、声で女将の存在に気づき、自分の姿勢や動き、言動がどう見られたのか、ということに思い至ったようだ。
「と、とりあえず、落ち着こうか」
襟を掴んでいた手に触れると、彼女があっさりと解放してくれたので、賢人はゆっくりと身体を起こした。
「えっと、どいてくれると、嬉しいかも」
「ぁ……ごめんなさい……」
蚊の鳴くような声でそう言いうと、ルーシーは少しよろめきながら立ち上がり、ベッドに腰掛けてうなだれた。
「えっと……吸う?」
いたたまれなくなった賢人は、懐からシガレットケースを取り出し、ミントパイプをひとつつまんでルーシーに差し出した。
彼女をそれをチラリと見ると、無言で頷いた。
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