1-17 冒険者になりました
1階に下りて気づいたことがあった。
(タバコを吸う人が、結構いるな)
併設された酒場にちらほらといる冒険者の中には、タバコの煙をくゆらせている者が結構な割合でいた。
さすがに受付台の向こう側に喫煙者はいないが、酒場に漂うタバコの煙は、賢人らがいる受付近くにまで到達していた
(でも、匂いが全然違うな)
漂ってくる煙の見た目はタバコのものとさほど変わりないが、匂いはもう少しマイルドで、なにかしらのアロマ的なものを感じさせる。
「なぁ、ルーシー」
「ん?」
「タバコを吸う人って多いの?」
「心を落ち着ける作用があるから、常用している人は多いわね。あたしは普段吸わないけど、必要なときのために何本か持ってるよ」
「必要なとき?」
「睡眠や混乱、恐怖なんかの状態異常回復に有効だからね。そのあたりのいやらしい攻撃をしてくる魔物がいるところだと、常に吸っておけば抵抗もできるし」
「なるほど……」
どうやらこの世界に置けるタバコは、回復アイテムの一種らしい。
「常用して害になることは?」
「まぁクスリだから吸い過ぎはよくないだろうけど、具体的になにか身体に害があるかっていうと、なんとも言えないわね」
「なるほどね」
「そういえば昨日もチラッと見たけど、それってタバコ?」
ケントが咥えたパイプを見ながら、ルーシーが訪ねる。
「ま、似たようなものかな」
ルーシーがミントパイプへ忌避感を示さないことに、少し胸を撫で下ろした。
いまや日本を始めとする先進国の、特に都市部ではタバコを嫌う声が大きい。
人によっては賢人が吸っているような禁煙サポートパイプに対してすら、文句を言うこともある。
近年急速に普及されている電子タバコと勘違いする人もいるのだろう。
なので賢人は、食事のときなど彼女の前でミントパイプを吸わなかったのだが、特に嫌っていないのなら問題ないと判断した。
「ルーシーも吸う?」
ジャケットの内ポケットからシガレットケースを取り出し、開いて見せたが、ルーシーは軽く首を横に振った。
「いいよ。あたしは必要なときだけ使う主義だから」
「そっか」
シガレットケースを懐にしまいながら、賢人は一度大きくパイプを吸った。
「ケント、ルーシー、待たせたな」
ほどなく呼び出された賢人は、胸ポケットにパイプを入れ、ルーシーと一緒に受付台へと向かう。
「ケント、これがお前の加護板だ」
職員が透明の板を掲げた。
「これを受け取った時点で、お前は正式に冒険者となる。成人だから、ランクはGからだ」
冒険者の最低ランクはH。
しかしこれは、12歳以上15歳未満の未成年用だ。
賢人はすでに成人しているので、Gランクからのスタートとなる。
賢人は職員から差し出された加護板を受け取った。
硬質でつるりとした手触り。
重さはガラスより少し軽く、プラスチックより重い、といった程度か。
「ありがとうございます」
加護板を受け取った賢人は、職員に礼を言った。
「じゃあ次にパーティー登録をしてもらおうか。ルーシー」
「はいよ」
ルーシーの手に彼女の加護板が現れる。
「じゃあ、これにケントの加護板を重ねてくれる?」
「わかった」
彼女の指示通りに、賢人は加護板を重ね合わせた。
「それじゃいくわね」
そこでコホンと咳払いしたあと、ルーシーは賢人を見て口を開いた。
「ルーシーからケントへ、パーティー申請を行う」
「……えっと」
今朝の講習でパーティー結成について習っていたが、そのときは『申請を受けた者が同意すれば完了』という程度の説明だったので、具体的にどのように同意すればいいのかがわからず、賢人は戸惑った。
「問題なければ同意する旨を言葉に出してくれ。決まった文言はない」
職員の助言に無言で頷き、ルーシーを見る。
「申請を受けます」
賢人がそう答えると、重ね合わせたふたりの加護板が淡く光った。
その光はふたりを包むと、すぐに消えた。
「これであたしたちは晴れてパーティーってわけ。これからよろしくね」
「ああ、よろしく」
ルーシーが手を差し出し、ふたりは握手をした。
「ちなみにパーティーを解消するときも、いまのように加護板を重ね合わせて解消を宣言すればいいからな。それにお互いが同意すればパーティーは解消だ」
このあたりも今朝の講習で習ったばかりなので、さすがに覚えていた。
「ただ、できればルーシーとは長く組んでやってくれ」
「ちょ、ちょっと! 余計なこと言わなくていいから!!」
少し頬を赤くしたルーシーは、職員に抗議したあと、そのまま賢人を見る。
「さっきも言ったけど、解消したくなったらいつでも言ってね。あたしのほうは大丈夫だから」
「おいルーシー――」
「わかってるよ」
ルーシーへなにか言おうとした職員の言葉を、賢人は遮った。
「俺もさっき言ったけど、いやになったら遠慮なく言ってくれよ。ルーシーに迷惑をかける気はないから」
「わ、わかってるわよ」
賢人に言葉を遮られた直後は不機嫌そうにしていた職員だったが、続けられた言葉に目を見開き、いまはふたりの様子を見ながら満足げに頷いていた。
「さて、これで晴れてケントは冒険者となったわけだが」
賢人とルーシーのやりとりが落ち着いたところで、職員が話し始める。
「冒険者ギルド職員である俺から、さっそくお前に言っておきたいことがある」
「なんでしょう?」
「そのしゃべり方をやめろ」
「はい?」
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