16 エリスの苦難
さらに所変わって、ここはゴルトランド城の地下牢。
聖女教のシスター、ミリエラさんとエリスがここに飛ばされたようです。
「――うふふ。貴女のことは知っていますよ、エリスティーナ様。聖ヴェルベリアの王族自らご足労頂けるなんて、光栄です」
「そう? 最近は私の顔なんて、帝都のそこかしこで安売りしてる程度のものだけど?」
「そうご謙遜なさらず。聖ヴェルベリアの王位継承者が持つ無敵の加護――どんな力も受け付けない、恐るべき技能をお持ちなのですから」
どうやら、ミリエラさんはエリスの素性を知っているようです。
「だからこそ……やりがいがあります。世界に名だたるヴェルベリアの無敵の加護を、この手で攻略できるという事実。こんな誉れは、そう無いものでしょう?」
「確かに。突破できれば、の話だけどね」
エリスはミリエラさんの挑発に、挑発で返します。
けれど、内心ではヒヤヒヤしているのではないでしょうか。
絶対安全のはずの聖ヴェルベリア王族の技能。
これを、既に私が突破できることを証明しています。
だからこそ……相手のミリエラさんも突破してくるんじゃないか、と不安になっているはずです。
とはいえ、そうした不安をちっとも見せないエリスはさすがですね。
王族として、政治的な立ち回りを要求された経験も多いでしょうから、ポーカーフェイスは得意なはずです。
「残念ですけれど、私は大した攻撃魔法は持っていないんです。使えるのは、強力な治癒魔法と、緻密で繊細な補助魔法ぐらい」
言いながら、ミリエラさんはニッコリ笑います。
「でも、試してみる価値はあると思いませんか? ――例えば、聴力を異常なほど強化すると、空気の流れる音さえ苦痛になります。触覚を、視覚を鋭敏にすればそれだけでひどく苦しい。……昔から、聖女教が異端者を罰する為に行ってきた拷問の類です」
なるほど、意図が読めてきました。
恐らく……ミリエラさんは、一切の攻撃をせずにエリスを苦しめるつもりでしょう。
それが攻撃魔法でなく、治癒や補助の魔法なら。
一切の攻撃を受け付けないエリスにでも通用するはずです。
身体能力を下げるわけでも、治癒の効果を逆転させて、身体を腐らせるわけでもない。
ただ身体を癒しすぎて、身体能力を上げすぎて、エリスが勝手に苦しむだけなのですから。
攻撃に対する耐性があっても、防げないという算段です。
「ですが、多少貴女を苦しめたところで、死なないのなら意味はありませんよね。ですから、私は貴女を殺すための最高の方法を考えたんです」
「私を、殺す?」
エリスは眉を顰め、問いかけます。
感づいてはいないようですが……私には、何をするのか既に検討がついています。
というか、エリスのような特殊な相手を倒そうと思った時には自然と思いつく手段ではあります。
「補助魔法で、貴女の知覚を極限まで高めてあげます。全てのものが止まって見えるぐらい、鋭い時間間隔を与えてあげます。その上で、身体中を痛めつけてあげれば……生まれてきたことを、死ねないことを後悔することになると思いませんか? 永遠にも思える時間を苦痛の中で過ごして、はたして心は無事でいられるでしょうか? 肉体が、魂が無事でも……心が死んでいれば、それは同じことだと思いませんか?」
その言葉に、エリスは顔を青ざめさせます。
聞くだけでも、その恐ろしさは理解できるでしょう。
何より、この場所はゴルトランド城の地下牢です。
私たちが情報収集した結果、警戒が最も薄くなったと言える場所です。
助けが来る可能性は……絶望的なまでに低いと言えます。
状況の悪さを理解した様子のエリスを見て、ミリエラさんは何度も頷きます。
「そうですよね。怖いですよね。でも、安心して下さい。心が壊れても、エシルが居れば大丈夫ですから。新しい心を――エシルを愛し、敬う気持ちを貰えますから。今までよりも幸せになれるんです。だから、怖がらなくてもいいんですよ?」
ミリエラさんは言いながら、エリスににじり寄ります。
エリスは警戒しながら、一歩、また一歩と後退します。
しかし、ここは地下牢です。
すぐにエリスは壁際にぶつかり、追い詰められてしまいます。
「では――さようなら、聖ヴェルベリアのエリスティーナ様」
エリスを壁際に追い込んだミリエラさんは――ついに、補助魔法を行使するため、その手をエリスの額に翳しました。




