異世界転生談義
異世界転生ってさぁ、すごく都合がいい話だとは思わないかい?
どうしてさ。べつに異世界に転生して、みんな頑張ってるんだからいいじゃないか?
頑張ってるとは、またまた面白いことを言うもんだね。僕たちから特別な能力が与えられてる状態で頑張ってるなんて言えるのかな?
うーん。でもそれってさぁ、プロのスポーツ選手にプロになる才能を渡すのとどう違うんだろう?
全然違うさ。プロのスポーツ選手は何もせずに自分にプロのスポーツ選手になるだけの才能があるって気づけないだろう?
そんなことあるかな?人よりも運動神経がいいことくらいは気が付くんじゃないかな?
仮にそう気づいたとしてもだよ、その人とそのスポーツが巡り合うとは限らない。仮に巡り合えたとしても、初めからプロとしての力量を身につけているわけじゃない。僕らが、彼らに与えるのはあくまでもプロのスポーツ選手になりうる器に過ぎないのさ。器を昇華できるかどうかはその人次第ってわけ。
うーん。完成された存在として生まれてくる僕らには違いが分かりにくい話だけれども。
まさにそこなんだよね、僕が言いたいのはさ。人間と僕たちの大きな違いっていうのは完全か不完全かってところにあると僕は思うわけ。僕らが完成された力を人間に付与してしまったら、それはもはや人以上神未満の気持ちの悪い生命体を生み出すことになるだろう?
それが何かいけないことなのかな?
人間が僕らにあこがれるのはさ、僕らが何もしないでも完全であるからだ。人は楽な方へと逃げるようにプログラムしてある。だからさ、何もせずに完全な力を振るうってのは楽さという魔力に飲み込まれた人間にとってはこの上ない贅沢なのさ。
そんな人たちに力を与えてるんだから僕らってやっぱりいいやつらだよねってはなし?
今までの僕の話の文脈をどうくみ取ったら、そんな突拍子もない解釈ができるのさ。違うよ。むしろ、そんな神々に対して僕はある種の怒りを覚えているね。彼らは人間の素晴らしさを理解していないからそんなおぞましいことができるんだよ。人間は、不完全故に完全になろうともがいて、あがいて、苦しむところにこそ真価があるんだよ。
君が異世界転生の際に力を与えることに不満があるってのはわかったけどさ。現実問題、化け物が跋扈する世界に丸腰で放つのはあまりにも酷すぎやしないかい?
まぁ、たしかに君のいうことにも一理あるね。ただ、誤解があるようだから訂正しておくと僕は力を与えることには反対してはいないよ。僕が反対しているのは『完成された』力の付与についてさ。
それの何が違うんだい?
それこそ、君がさっき言ったプロのスポーツ選手の話じゃないけどさ。彼らに転生してもらう際には、何らかの器を与えればいい。魔法剣士だろうが、大魔導士だろうが、勇者だろうが、何だっていいけどさ。気付くかどうかは彼ら次第。のびるかどうかも彼ら次第。初めからカンストしてる能力値なんて味気ないだろう?
どうなのかな?やっぱり完成された僕からするとあんまり違いが分からないや。
趣がないなぁ。まぁ、君のそういうところは嫌いじゃないけどね。
じゃあ、今日の話し合いはこれでおしまい?
そういいたいところなんだけれども、もう少し異世界転生について語りたいことが僕にはあるんだ。
まぁ、いいよ。話せばいいじゃない。
では、お言葉に甘えさせてもらうよ。僕は、いまさっきまで転生時に与えられる能力について話をしていたと思う。つぎに僕が話したいのは、転生した者の人格についてだ。
人格?
まぁ、何が言いたいのかといえば、天界のマニュアルでは、いじめられっ子や引きこもり、コミュニケーション能力が低い人物、こういった人たちの中でも、前世であまりよい人生を歩んできたとはいいがたい人物が転生の対象に選ばれる方針にあるよね。
転生ライフを満喫してほしいって配慮らしいけど。
でもさ、転生先は全くの見ず知らずの土地なわけでしょ。そういった人格の人物が全く未開の地でうまくやっていけるとは思えないんだけれども。
転生の場合は、その世界に適した生物に生まれ変わったりすることが多いし、種族が変われば考え方も変わるんじゃないかな?
一理あるとは思う。たださ、彼らは種族が変わったとしても人間的思考といえばいいのか、前世といえばいいのかをかなり覚えた状態なわけじゃない?そうなってくると、人格的にも全くのゼロからの構築というわけではなく、むしろ既存の状態を引き継ぐと考えた方が自然だと思うんだよね。
まぁ、前世の記憶を引き継いだ状態というところに異世界転生の意味があるともいえるもんね。じゃないと、ただの変わった種族が主人公の物語になっちゃう。
召喚って方法も世の中には存在しているみたいだけど、その場合、人格的には全くの同一人物なわけだよ。前世で人格的に難があった存在が召喚先、ないし転生先でそう簡単に変われるものだろうか?
でも、文字通り人生がリセットされるわけでしょ?変わったとしてもおかしくはないんじゃないかな。
人間そう簡単には変われないよ。少なくとも人格的な部分については根本的には変われない。
でも、実際に転生先ではコミュ障の転生者や召喚者なんていないけれども。
それは、僕たちが彼らに魅了のスキルを渡しているからだろう。彼らが変わったわけじゃない。周りが変わっただけなのさ。彼らが自分から話しかけなくても、気のいい仲間やかわいいヒロインが相手の方からやってくる。そして、彼らを称賛し、全肯定してくれるんだ。
そういえば、そのスキルの譲渡は必須事項になったんだっけ。
そう考えてみるとさ、彼らの人格は根本的には成長しているどころか退化してさえいると思うんだよね。一度、魅了スキルの譲渡を禁止してみてもらえないかな?
それは無理じゃない。スキル譲渡が義務化されたのだって、転生者たちからの不満が多かったせいだし。
うーん。それが無理そうなら、転生候補者を一度、異世界といわず外国にでも飛ばして反応を見たいものだよね。もちろん、何らかの力は与えてあげてさ。
あいかわらず、性格が悪いね。
純粋な知的好奇心さ。そういえば、外国に飛ばすって話で思い出したけれども、転生先や召喚先も随分と都合がいいと思うんだよね。
そうかな?例えばどういうところが?
まずはさ、基本的にヒト種が存在する世界に限定されてるだろう?そして、人間以外の種族を考えてみても、いわゆる亜人や獣人といった人ベースの種族が多い。加えて、怪物たちにも人型の種族は多い。できるだけ、転生者の負担にならないような配慮がされている。
言われてみれば、そうかもしれない。
環境や文化面を見てもそうだ。まず、人間があまり苦も無く生活できる環境が当たり前に存在する。気候や天候面での違いは極小。食事が合わないなどという事態は想定されず、排せつや洗濯などに困ることもない。にもかかわらず、文化レベルは転生者の出身世界よりもはるかに劣り、転生者のにわか知識で賢者・神格扱いされる始末。
文章化されるとえらく面倒な作業をやらされてるように思えてきた。
世界が違うとはいいながらも、異世界独自の文化や食習慣、生活習慣は転生者に悪くて異文化交流と思わせるにとどめ、転生者出身世界の文化は万人に称賛されなくてはならない。魔法の存在は文化レベルに何ら影響を与えてはならない。制約が多くて、神といえども疲れてくるよ。
おまけに、自動翻訳システムも完全完備しておかなきゃいけないし。地味に面倒なんだよなぁ、あれ。
面倒といえば、戦闘レベルのバランス調整も地味に大変だよね。与えた力よりもはるかに格下しか存在しない世界なのか、それとも何人かはそれと同等クラスがいる必要があるのか。歯ごたえのある雑魚って注文が何よりもめんどくさい。
僕は、そういう場合、転生者を複数人送り込んでるね。
それも悪くはない手だと思うけど、勝敗をつけるって話になると転生者同士のプライドの問題にもなるだろう?彼ら、無駄にプライド高いからどっちが勝った負けたでひと悶着あると思うんだよね。
確かに。かと言って、雑魚ばかりの世界に送ると物足りないとか言い出しちゃう人がたまに出てくるんだよね。
その場合、敵個体を新たに創造する必要があるから、異世界側にも確認をとる必要があるし、手続きが複雑になるんだよね。はじめから、ちゃんと転生プランの話を聞いとけってんだ。
そうそう。って、話し込んでたらもうこんな時間か。
確かに、結構時間がたってしまったね。まぁ、今日のところはこんなところにしておこう。早く仕事に戻らないと上に何言われるか分かったもんじゃない。毎回、毎回、こんな愚痴に付き合ってもらって悪いね。
君と僕の仲じゃないか。それに愚痴りたくなる気持ちも分からないではないしね。最近になって、急に転生先の条件にいろいろと文句を言う人が増えてきてるし。もういっそ、僕たちが転生したいくらいだよ。
馬鹿!滅多なことは言うもんじゃない。そんなことになったら、それこそチートだのなんだの言われて結局力を抑えながら生活する羽目になるに決まってる。大体、ここから逃げて転生したやつにあいつらがまともな仕打ちをするはずがないってわかるだろ?
それもそうか。
もう何度目になるかもわからない話し合いという名の愚痴の言い合いを終えて、二柱の神は仕事場へ戻る。
何千、何万ページとある世界のカタログが散乱し、転生候補者が喚き散らす地獄へ。
天界ブラック職種ランキング、10年連続1位。
天界絶対につきたくない仕事ランキング、10年連続1位。
創設当初から現在に至るまでの10年間、天界ブラック業界の唯一王として君臨し続ける最底辺部署。
その名も、『異世界転生案内課』へ。
続くかどうかは分かりません。
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