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7話 奴隷、奴隷を買う

「ったく……オレは大人しく戻って寝ろと言ったはずなんだがな……」


 目の前にいる俺達の雇い主、ローガンさんがボヤいた。


「それが今度は奴隷を買いたいときたもんだ……あー頭いてぇ……」


 目の前にいる俺達の雇い主、ローガンさんが頭を抱えた。

 どうやら疲れが溜まっているらしい。上に立つ人なんだから残りの仕事は下の人(特に俺)に放り投げてゆっくりと休んだ方がいいように思える。


「ちょ、ちょっとイトー、貴方どういうつもりよ。いきなり私を買うだなんて……」


「言葉通りだ。俺がお前を買って奴隷から解放する。それで俺の上司になって貰う」


 理想の上司候補を見つけた俺は、ファルを引き連れてローガンさんの元へと訪れ、こうして商談を持ちかけている、というのが今の状況だ。


「……もしかして奴隷のままでいたいとか?」


「そんな訳ないでしょ。好き好んで奴隷になる人なんて貴方ぐらいよ」


 それならよかった。

 これから上司になるって人の意に反することを部下がする訳にはいかないからな。


「だったら何も問題はないな。俺がファルを買う」


「そう簡単に言うけど……奴隷って簡単に買えるものじゃないのよ?」


 これは奴隷として働きながら同僚から教わった知識の一つだが、ファルの言う通り奴隷は高い。まぁ人一人を買うのだから当然だろう。

 その上維持費も掛かり、能力も奴隷それぞれによって大きく違って当たり外れもある。昔は奴隷の売買は盛んだったみたいだが今の奴隷商人と言えば、ローガンさんのように奴隷を働き手が必要なところに派遣して、その労働力の対価で稼いでいる者がほとんどであるらしい。

 そんなご時世もあって奴隷を買うのは非常に難しい世の中だと言える。


「そうだぞ。だいいち給金も貰えないお前が奴隷を買う金なんてある訳ねえだろ」


 ローガンさんの言う通り俺達奴隷は給金を貰っていない。道具に金を払う必要はないからだ。

 だから基本的に奴隷はみんな無一文。

 …………けど、俺は違う。


「お金ならあります」


 そう言って俺は懐から小袋を取り出し、中身をローガンさんの机の上に並べた。


「…………おいおいおいマジかよ……」


「嘘……」


 金貨10枚。

 転生した時から何故か持っていたこの世界での俺の全財産。危険物且つ目立つ位置にあった短剣は没収されたが、これだけは見つからないよう今まで肌身離さず隠し持っていた。


「全部本物じゃねえか……どうなってんだよ…………ほんと頭いてえな……」


「これだけあれば足りますよね?」


 これもまた奴隷として働きながら得た知識だが、この世界の貨幣にも当然種類がある。

 額の小さな順から小銅貨、銅貨、小銀貨、銀貨、金貨、特金貨の6種類だ。これらの貨幣にはそれぞれ街の広場や至るところで見掛けた「ルピド」という通貨単位がついている。

 小銅貨は1枚で1ルピド。銅貨は1枚で10ルピド……といった風に通貨のランクが上がる度にルピドも1桁ずつ上がっていく仕組みになっている。

 なので例えば一個10ルピドの林檎を買う為に小銀貨を1枚出せば、銅貨9枚のお釣りが返ってくるというわけだ。

 さて、話を戻そう。

 実は俺の持っている金貨は貨幣の中でも最上級の特金貨って奴らしい。つまり1枚で10万ルピド。それが10枚もあるのだからあの日広場で見た林檎の相場から考えると、奴隷を一人買うぐらいなら十分に足りるどころかお釣りがくるレベルのはず。


「あ……ああ……足りるのは間違いねえが……お前なんで奴隷なんかになりやがったんだ? あの時は糧を得るためとか言ってたが、こんだけありゃ豪勢なメシを食い散らしながら何十年も暮らせるぜ」


「奴隷なら死ぬほど働けるかなと思いまして」


「…………お前の考えは全くわからん」


 理解してくれないらしい。

 働くって行為自体が尊くて素晴らしいものなのに……。


「だがまぁ金を払うってのなら立派な客だ。商談といこう」


 ローガンさんの目つきが変わった。

 ここからは俺も大事な打ち合わせをしている気持ちで臨もう。


「購入希望はそこで立っているファル・ウェステイルでいいんだな?」


「はい。間違いありません」


 力強く頷く。

 ブラック企業ウェステイル商会の頭目から教育を受けた女性。

 俺の上司となって貰うためにも、まずは奴隷からの解放が最低条件だ。


「彼女は見た通り容姿もいい。仕事の覚えも頭の回転だって早い。礼儀も出来ているし教養だってある。オレの奴隷の中では一番良い商品だ」


 それだけに値が張る、と言いたいのだろう。

 だがそんなものは承知の上。俺の全財産を目にした今、100万ルピド以上の値をつけてふっかけてくる可能性が高いが、その場合の反論材料も用意してある。

 普段の派遣労働で稼いでいる賃金で100万ルピド以上を回収するのは計算しなくとも何十年も掛かるのは明白。その辺りのことを突いて、なんとか100万以下まで持っていくつもりだ。

 前世ではお客様の仰ることは絶対だったので交渉事には弱いがやるしかない。


「70万。奴隷解放の申請手数料込みで70万ルピドでなら売ってやる」


 そんな心配をよそに、ローガンさんの提示した価格は良心的だった。

 良かった。これで俺の安寧の社畜生活が――。


「ちょっと待って。それはいくらなんでもふっかけすぎじゃないかしら?」


 安堵した途端、思わぬところから横槍が飛んできた。


「今現在の奴隷の相場は約30万。そこから本人の年齢や能力で価格が上下すると考えても、私に奴隷二人分以上の価値があるとは――」


「奴隷が商談に口を挟んでいいとでも思っているのか?」


「っ……」


 ローガンさんが静かに、けれど威圧感のある声でファルの言葉を遮る。


「まだ売買契約は結んでいない。それまでお前はオレの奴隷だというのを忘れるな」


 現在の雇用主から釘を刺されてしまっては、さすがのファルも黙っているしかなさそうだ。

 しかしそうか……俺カモられてたのか。

 100万を超えるかどうかで見てたから凄く良心的だと思ってしまった。


「さっき提示した70万。こっから一切下げる気はねえぜ」


 とてつもない強気な姿勢。

 この商談が仕事であればどうにか値下げ交渉できないものかとあの手この手を試してみるところだが、今回の目的はファルの奴隷解放。それも現時点で予算内に収まっている。


「70万で構いません」


 迷うこと無く右手を差し出す。

 (未来の)上司や(未来の)会社の為なら私財だろうがなんだろうが投げ出す。なあに前世で散々してきたサビ残やらで色々と損していたんだ。直接大金を支払うぐらいなんともない。世の中には仕事をする為に教材代やらレッスン料やら登録料やらを支払わなくてはならない仕事もあると聞く。それと同じようなものと考えればとても自然だ。


「商談成立、だな」


 ローガンさんが差し出してきた右手を握り握手を交わす。

 それから契約書にサインをし特金貨を7枚支払い、ファルの首輪の鍵を受け取った。


「……貴方、本当に馬鹿なの?」


 首輪を外そうと近付くなり、また辛辣な言葉を投げつけられてしまった。

 相場以上の金を支払ってしまったことに大変お怒りらしい。


「まぁでもこれで奴隷から解放された訳だし、損した分はこれからガンガン働いて稼げば何も問題は」


「問題大有りよ。これじゃ肝心の貴方が働けないじゃない」


「え? いやいやいやガンガン働くぜ俺」


 右腕をぐるぐる回してやる気アピール。

 しかしファルはそんな俺を見て「やっぱりわかってない……」とため息をついて。



「だって貴方、まだあの人の奴隷のままなのよ」



 ……………………………………………………………………………………あ。


「あぁあああああああ!?!?!」


 そ、そうだった! 俺がまだ奴隷のままだった!!!!

 ファルを開放することばかり考えてて俺が奴隷だったことを忘れてた!

 あまりにも奴隷って響きが自然体すぎて忘れてた!!


「ろ、ローガンさん! 俺を買い取りたいんですけどっ!!」


 特金貨を眺めて悦に浸っていたローガンさんにすがるように頼み込む。

 ローガンさんは顎に手を当て、少し考えるような素振りを見せつつ。


「さて……どうしてやろうかな」


 全て思い通りにいったと言わんばかりに、意地の悪そうな笑みを浮かべたのだった。



                ◇



 それから紆余曲折ありつつも、なんとか残金の30万で俺の解放が決まった。

 ちなみに30万で済んだ大きな理由は俺が元手ゼロの奴隷であったことと、


『お前みたいな訳のわからん奴を置いておくと他の奴隷に変な影響が出るのは間違いない。現にたった一週間で仕事をお前に任せてサボる奴も出てきた上に、オレが頭痛に悩まされてるのは間違いなくお前が原因だ。だからどっか行け、残りの金は迷惑料代わりに貰っといてやる』


 というものだった。

 そして俺達の首輪を外して貰い、奴隷になる前に着ていた服や装備も返却して貰い、夜も遅いということでローガンさんの計らいで一晩を宿舎で過ごさせて貰って――。


 奴隷から解放された俺達の記念すべき朝がやってきた。



                 ◇



「んーいい朝だな」


 俺達は日の出前にローガンさんのところを出発し、近くの街に向かって歩いていた。

 一週間付けっぱなしだった首輪がないのは少し寂しい気持ちになるが、これからは立派な社畜として見えない首輪が付くことになる。とても楽しみだ。


「本当に奴隷じゃなくなったのね……」


 隣を歩くファルは先ほどから何度も自分の首の辺りや格好を確認している。

 今までの奴隷服ではなく、一見ドレスにも見えるような華やかな服装になっていて、彼女の気品のある外見がいつもの何倍も際立っていた。

 これからファルが俺の上司になるのか……あのハゲ上司にこき使われていた時と比べると、まるでご褒美のような展開だ。


「それで街に着いたらどうするんだ? どんな仕事でもガンガンやるぞ」


 期待していた奴隷生活は肩透かしどころか鬱憤が溜まるだけだったからな。

 今の俺はいつも以上に労働力があふれている気分だ。

 しかしそんな俺とは対象的に、ファルは少し浮かない表情をしていた。


「そのことなんだけど…………やっぱり私が人の上に立つのは無理だと思うの」


「そうか、無理か」


 …………。

 ……。

 って。


「いやいやいやいや!? 無理じゃないだろ!? 親父さんからしっかり教育を受けたんだろ!?」


「その父の教えが間違っているのよ。私自身が奴隷になって始めて理解したわ。人は道具なんかじゃないって」


 いかん。

 ファルの考え方がホワイト寄りになってきている。これでは奴隷を辞めた意味がない。


「親父さんの考えは間違っていない。所詮社員は消耗品なんだ」


「違うわ。本当に消耗品のように扱ってもいいのなら商会は潰れなかったもの」


「いいや間違ってなんかいない。ただやり方が悪かっただけなんだ」


「……やり方?」


 聞き返すファルに俺は「そうだ」と頷く。


「社員教育の徹底。これが出来ていなかったのが原因だと俺は考える」


「教育ならしっかりやってたわよ。商品知識を深めるために勉強会とかもやっていたし」


「いや、そういう教育じゃなくて会社に逆らえない人間を作る為の教育だ」


「…………そんな都合の良い教育方法なんてあるの?」


「ある」


 自信満々に頷いた俺は、以前の会社で行った新人研修の内容と、恐るべきその効果について語った。


 研修の指導役は上官。上官の命令には絶対服従。一糸乱れぬ行動を要求され、「周囲に合わせる」ではなく、「自分の思った通りにやる」でもなく、「上官の命令通り」に動く人間を作る。

 いかに会社が素晴らしいかを大声で繰り返し発声する。無駄に大声で言い続けていると微塵も思っていないことでも段々とそれが本心のように思えてくる。

 体力の限界まで穴掘り、ランニングなどをさせて、自分がいかにダメな人間かを悟らせる。

 地味に嫌なことを強制し、続けさせることで今後も色々なことを強制させやすくなる。

 大事なのはとにかく自尊心と思考力を削ること。

 などなど。


「……………………天才ね」


 俺からの話を聞いたファルは感心したようにしきりに頷いていた。

 さすがは多くの社畜を生み出してきた日本の研修。ノウハウのない異世界では革新的なようだ。


「そしてその研修を受けてきた俺がここにいる。だったらもう迷うことはないだろう?」


「……でも私、面倒なことは全部イトーに丸投げするわよ?」


「おう、大歓迎だ」


 仕事の丸投げはあのハゲ部長相手に慣れてるし鍛えられている。


「仕事以外のことも投げるかもしれないわよ?」


「問題ない」


 業務に追われる中での飲み会の幹事など、業務外のことも受け止めてきた。


「私、貴方のことを利用するかもしれないのよ?」


「上司が部下を利用するのは当然だろう」


 出世のため、評価のため。

 俺の上司になるのだから手柄を横取りしたり、失敗の責任を押し付けるぐらいのことはして貰わないと困る。


「ほ、本当にいいのね? 私遠慮しないわよ?」


「ああ、俺は部下だからな。好きに使ってくれ」


 何度も確認してくるファルに、力強く頷いて返す。


「…………本当、変わってるわねイトーって」


 

 

 そうして助けた側なのに部下を望んだ俺と、助けられた側なのに望まれて上司になったファルとの、少し世間的には変わった感じの上司と部下の関係が始まったのだ。

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