58話 社畜として
俺の冒険者資格の剥奪。
あまりにも突然で、衝撃的な発言。
それだけにみんなの反応も大きかった。
ファルは「そんな不確かな予想だけでうちの従業員を無職にするつもり?」と迫り、ガイウスさんに至っては「優秀な人材を追放することの方が業界の為にならんであろう!」と激昂し、シエラさんも「イトーさんほど高潔で優秀な方を、そのような曖昧な理由で追放する方が業界の損失であることは明らかですわ」と、管理局が下した決定に異議を唱えてくれた。
けれどなんと言われようとトマスさんが発言を撤回する素振りを見せない。それでもファル達は何度も食い下がってくれていた。
しかし。
「イトーさんの影響が広がってしまった場合、その負債は業界全体に降りかかることになります。例えば――"冒険者ギルド運営法"の改正も視野に入ってくるのですよ?」
このトマスさんの一言から、流れが変わることになった。
ギルドの運営や冒険者は一般的な法律に加えて、冒険者ギルド管理局が定めた"冒険者ギルド運営法"や"冒険者法"を遵守しなければならない。もしそれらを破ってしまうと相応の罰やペナルティが課せらることになっている。
そしてこれらの法なのだが、現状では勤務時間や休日・休憩時間に関する規定がかなり弱い。冒険者の業務は多岐にわたり依頼内容によって所要時間が大きく変化するため、一概に「一日や一週間辺り○時間だけ働いてください」という制定が難しいという背景があるからだろう。そのお陰でイーノレカでは何時間だろうが働き続けることが出来ていた。
しかし今はイーノレカぐらいしかしていないこの無茶な働き方を、俺の影響とやらで今後は他のギルドもやるようになるかもしれない。そうなると色々と健康上やその他多くの問題が出てくることは明白。管理局は業界の健全化のために規制に乗り出さないといけなくなってしまう。
俺や、俺に影響されてしまった人達が規制を掻い潜って無茶な働きをしてしまうと、それを止めるために改正された法が、普通に働いている人達にまで影響を与えてしまう可能性はゼロではない――。
そういった可能性を含めた業界の未来までを考えた結果、管理局は俺の資格を剥奪することに決めた――というのがトマスさんの説明だった。
そしてそこまでの話を出されてしまうと、多くの冒険者を抱えるギルドマスターのガイウスさんとシエラさんは言葉に詰まってしまう。
けどファルは違った。
「法改正を時代や状況に合わせて行うのは当然のことよ。貴方達管理局はただそれが面倒なだけでしょう? そっちの職務怠慢をうちの従業員に押し付けないで欲しいわね」
まったく怯むことなく食い下がる。
「ええ、確かに仰られる通りですね。現にこれまでも管理局では状況に合わせて様々な法改正を行ってきています」
「でしょう? ならイトーの資格剥奪を取り消して貰えるかしら?」
トマスさんは中指で眼鏡を正しながら。
「ではひとまずこの地域のギルド税を値上げすると致しましょうか」
「なっ!?」「どうしてそうなりますのっ!?」
突拍子のない発言にファルもシエラさんも、この場にいる誰もが強い反応を示す。一方でトマスさんは相変わらず表情を変えることなく。
「この地域は中小ギルドが多いですからね。こちら側も管理業務が多くて大変らしいのですよ。ですので状況に合わせて変更させて頂こうかと」
……これは脅迫だ。俺の資格剥奪をなんとしてでも通すための。ここまであからさまにやられると、資格剥奪が確定事項なのだと嫌でも感じてしまう。
「別にギルド税なんて上げたければ上げて構わないわ。その分こっちは稼ぐだけよ」
「そっ、そうですわ!」
トマスさんは結論ありきで話しているというのに、それでもファル達は俺の為になおも剥奪を撤回して貰うために働きかけてくれている。けど最初から終着点が絶対に変わることのないこの話において、トマスさんがブレることはない。その証拠に。
「管理局はイトーさんの影響力を危惧しているというのはお話しましたね?」
また新たな脅迫材料を並べようとしてくる。
俺が、俺達が、俺の冒険者生活を終わらせると認めさせるまでこれは続く。そしてそれはこっちが粘ってしまえばしまうほどに残酷になるもので。
「ですから厳密には、既にイトーさんに似た働き方をしている方も剥奪の対象になり得るのですよ。この意味、お分かりになりますよね?」
俺の大事な後輩にまで飛び火して。
「それからそうですね……ギルドマスターの管理責任も追求しなければならないような気がしますね」
支えなければならない上司にまで飛び火しているというのに。
「ええ構わないわよ。したところで無駄でしょうけど。既存の監査項目には引っかからないように活動してきたもの」
その上司が、今必死にただの従業員である俺を守ろうとしてくれている。……こんなこと、あってはならない。
ただの社畜の俺が、貢献しなければならない組織の荷物に、枷になってはいけない。俺はただの社畜として――取るべき行動を取らなければならない。
「ファル」
「なにかしら、今貴方の為にちょっと取り込んで――え?」
俺の表情を見て、何をするつもりなのか勘付いてしまったのだろう。
……やっぱりファルは優秀な上司だ。
「ちょ、ちょっとイトー待ちなさい――待ちなさい!」
ファルの命令を初めて無視し、トマスさんの前に立つ。
胸が早鐘を打っている。これは初めて上司の命令を無視してしまったことから来ているものだろうか。それともこれからの行いへの緊張から来ているものだろうか。
わからない。わからないが、例えわかったところで俺がトマスさんに伝えるべき言葉は変わらない。
そう。
「わかりました。私は冒険者を――辞めることにします」
理想の職場環境を、手放すことになるこの一言は。




