56話 試験 その2
ガイウスさんとの戦闘試験。
最初こそ手応えはあったものの、それ以降決定的なチャンスを作れないでいた。それは向こうも同じでお互い大きなダメージを受けていない状態が続いている。
傍目から見れば俺達が善戦しているように見えるかもしれない。
……ただ。
「どうした? 息が上がっておるようだが」
指摘通り、俺達は体力をかなり消耗してきている。
俺はルミエナを狙った攻撃を受け止める度に骨が折れるんじゃないかと思ってしまうぐらいにギリギリで、リースはとにかく素早く動いて切り込み続け、カマセイ君もそれに合わせないといけないので補助魔術の反動も含めてかなりきつい筈だ。そしてルミエナは全員に補助魔術を掛け直しつつも合間に攻撃魔術も放っているので体力だけでなく魔力の消耗も相当なものになっている。
一方でガイウスさんの呼吸はまったく乱れておらず、まだまだ余力がありそうに見える。このままではジリ貧なのは明白。そろそろ勝負に出ないといけないがそのタイミングが掴めない。
「そこの魔術師と斧使いは我が思っていた以上の働きをしておるな」
様子を窺っているとガイウスさんが突然語りだした。
ルミエナとカマセイ君のことを褒めているみたいだが、当の2人は既にいっぱいいっぱいなこの状況からの切り替えが出来ないのか、警戒したまま特に返答もない。
「イトーもやはり我が見込んだ通りの実力者であった」
「……それはどうも」
「だが――」
ガイウスさんの視線はリースへと移り。
「お前にSランクはまだまだ早いようだな」
「……ふーん、まだ試験ちゅーなのに言ってくれるねー」
「これまでで大体お前の力は把握した。確かに以前よりは大きく成長はしているが……正直言ってこれでは足りんな」
俺達とは違い、リースに掛けられた言葉は厳しいものだった。
ただ、その言葉はまだ全力を出していないリースにとっては許せるものではない筈だ。
だから。
「ねぇイトーくん。もー本気出していーかな?」
「わかった。任せる」
作戦の為に抑えていた力を、ここで開放して貰うことにした。
今の俺達側の戦力を分析した場合、本気を出したリースの速度に対応するのは俺が出来るかどうかもわからないライン。試す猶予がない以上、連携に失敗してお互いの足を引っ張り合う結果になるよりもリース1人に任せたほうが戦果を上げられる可能性が高いと考えていた。
本来ならガイウスさんがもっと消耗したタイミングで任せるつもりだったんだが、逆に俺達の消耗の方が激しくなってしまっているのでもうここしかない。
「本気を出したところでそうは変わるまい」
「どーかな? 案外そのまま倒しちゃったりして」
ルミエナから補助魔術を掛け直して貰いながらも睨み合う2人。それも終わりを告げ。
「――ならば来るがいい」
その言葉を合図にリースが仕掛けた。
さっきまでとは比べ物にならない速度。俺とガイウスさん以外、この場にいる人には姿すら捉えられないだろう。その速度のまま双剣を手にガイウスさんへと斬りかかり。
その勝負は一瞬で、決着が着いた。
「…………………なるほど。我の予想を少しは超えてきたか」
一瞬の静寂の後、そう呟いたガイウスさんの左腕には複数の切り刻まれた跡があり、血も多く滴り落ちている。腕をだらんとしているところを見るに、左腕に力を入れることが出来ないのだろう。だが、その代償はとても大きく。
「…………やっぱり、だめかー……」
消え入りそうな声。その直後、リースはどさっと倒れこんでしまった。
先程まで握っていた双剣は2本とも刃が折れており、今の一瞬でいかに高次元な戦いがあったのかを物語っていたが、結果としてリースは敗れてしまった。
「さて、我はこれから腕一本で戦うことになってしまったが……分が悪いのはそちらのようだな」
ガイウスさんの言う通り有効打を与えられるリースが居ない状況はこちらにとって圧倒的に不利。これまでは俺かリースの攻撃という2択であったが、今後は俺の零距離魔術だけに気を付ければ良いだけになった。択で迫れなくなった以上、隙をつける可能性は限りなくゼロだ。
「我としては降参を勧めるが」
最高戦力のリースが離脱し、カマセイ君もルミエナも消耗が激しい。試験条件が"勝つ"とか"倒す"ではないのでここで降参しても昇級の可能性は残されている……が、それはあくまで可能性であって確実なものではない。
「降参はしません」
きっぱりと言い放つ。ファルは俺に絶対に合格しろと言った。だから俺は確証を得られるまで降参はしない。……それにまだ芽はある。
「そうか……ならば仕方あるまい。手早く終わらせるとしよう」
そう言った瞬間、ガイウスさんはカマセイ君の背後に移動しており。
「少し眠っていてもらうぞ」
「へっ? あっ――」
俺達が行動を起こす前に、首筋をトンと叩きカマセイ君を気絶させてしまった。
「くっ! ルミエナっ!」
次の標的はルミエナになる。そう思った俺は咄嗟に庇いに入るが、仕掛けてくることはなかった。
「そっちの娘はもうこれ以上魔術を使えんだろう」
「ぜ、ぜんぜんまだまだいけま――」
反論しようとしていたルミエナが膝から崩れ落ちてしまう。魔力切れの症状だ。このことを見抜いていたからルミエナに攻撃を仕掛けなかったのか……。
「い、いとーさんごめんなさい……」
「いやいい。俺が無理させすぎた。後は休んでいてくれ」
ルミエナだけでなく、リースにもカマセイ君にも。
ここまでやってくれたみんなに比べると俺は消耗したうちに入らない。
「ここからは、俺が無理をする番だ」
「1人になっても続けるか……良いだろう」
俺が構えると同時に、ガイウスさんもまた右腕だけで構えを取る。
「ではゆくぞ」
そう宣言されたあと、凄まじい速度で巨体が向かってくる。
「ふんっ!」
「ぐっ!?」
一切の小細工のない正面からの拳。両腕を交差させて防ぐが、防いだ腕からミシミシと嫌な音が聞こえ、それと比例するように痛みも大きい。
「まだまだゆくぞ」
言葉通りに何度も重くて速い拳が襲ってくる。向こうは右腕だけしか使っていないというのにこっちは両腕と膝まで使ってようやくガードが間に合う速度差。リースが左腕を使えないようにしてなかったら俺はもうとっくに沈んでいただろう。
「守ってばかりでは事態は好転せぬぞ」
「だったらせめて隙ぐらいくれませんかねっ」
絶え間ない連撃を必死に防ぎながら言葉を紡ぐが、案の定お願いしたところで攻撃が緩まることはなく、変わらず防戦一方を強いられ続ける。このままだと何も出来ないまま削られ続けて試験終了になってしまう。その前になんとしてでも攻撃に転じなければならない。
――だから今こそ、策を使う。
「今だリース!」
「なにっ!?」
倒れているリースに呼びかける。
突然の俺のこの行動にガイウスさんは即座に振り向いてリースの攻撃に備える――が、リースは倒れたまま。動く気配なんて微塵もない。
でもこれで隙は作れた。
「炎よ――」
俺は即座に組込魔術を発動しようとして。
「そうはさせん」
ガイウスさんの巨大な右手に、腕を掴まれてしまった。
「く、くそっ」
「何を企んでいるかと期待しておったが……まさかこのような稚拙な行為をしてくるとはな」
心底がっかりさせてしまったのだろうか、怒気をはらんだような声色。俺の腕をへし折らんばかりに力が込められている。少しでも抵抗を緩めてしまえばきっとそこで終わってしまう。
けど、そうなる前に。
「リース!」
もう一度叫ぶ。
「往生際が悪いぞ。もうよい。すぐに終わら――がはっ!」
俺にトドメを刺そうとしていたガイウスさんの身体が突然仰け反り大きく揺らいだ。その拍子に俺の掴まれていた腕も自由になる。良かった、作戦通りだ。
そして俺はこの隙を絶対に逃さない。
「炎よ――翔べっ」
零距離での組込魔術を発動させる。
「ぐあっ!?」「ぬうっ!」
リース戦でも使った自爆戦法。その衝撃で俺とガイウスさんはそれぞれ逆方向に吹き飛ばされる。
「いてて……」
痛みをこらえながらふらふらと立ち上がる。相変わらず酷い威力だ。仕事じゃなければ確実に耐えきれないだろう。
一方でガイウスさんは大の字で倒れたままで起き上がる気配を感じられない。
まぁそれもそうだろう。俺と違ってあっちはもう一撃受けている。
「……はー……どーにか作戦せーこーかな」
そしてその一撃を与えた主であるリースが、長剣を杖代わりにするようにゆっくりとやってくる。どうやらお互いかなり満身創痍なようだ。
突如ガイウスさんを襲った異変。それは背後からのリースの長剣による一撃だった。俺だけに集中していたが故に無防備になっていた背中。これまでのどの攻撃よりも深い攻撃。ではその一撃をどのようにして狙ったかというと。
「もー少し休ませてくれると思ったんだけど……すぐに2回呼ぶなんてキミって人使い荒いんだねー……ほんと倒れそーなんだけど」
「悪い。あれ以上は俺が耐えきれるかどうか怪しかったからな……」
試験前にリースとは、ある取り決めをしてあった。
『もし大きなダメージを受けて倒れるようなことがあったら、俺が2回呼ぶまでそのままやられたフリをしておいて欲しい』
今回のメンバーにおいて有効打を与えられるのは俺かリースのどちらかだけなので、ガイウスさんは俺達2人を意識し続ける。だから不意をつくにはどちらかを一度ガイウスさんの意識の外にやるしかない。
"もう戦闘続行は不可能"だと思い込ませる為に倒れた状態で、一度目の呼びかけにはスルーして貰った。お陰でガイウスさんの中にあった「もしかしたら復帰してくるかもしれない」という認識をそこで切り、あの不意打ちに繋がったのだった。
本当ならもう少し時間を稼いで体力回復の時間を作りたかったのだがさすがにそこまでの余裕はなかった。
「まぁでもこれで試験が終わった訳だしとにかく回復を――」
と、そこまで口にして、言いようのない違和感と不安を覚えた。
ガイウスさんが倒れたところに目をやる。
――しかし、そこにガイウスさんの姿はもう、なかった。
「リースっ!」
即座にリースを庇うように抱きかかえる。
「がはっ」
直後、背中を殴られたような大きな衝撃。リース共々吹き飛ばされてしまう。
「リース、おいっ! 大丈夫か!」
「…………きゅぅ」
痛む身体に鞭打ってリースに呼びかける。
目を閉じたまま返事がない。どうやら気を失ってしまったらしい。今の攻撃はなんとか庇って軽減したものの、試験を通して考えるとリースの方が蓄積されたダメージは大きい。既に相当限界が来ていたのだろう。これでもう、リースの援護は完全に期待できなくなってしまった。
「まだ力を残していたとは……これはもう一度小娘の評価を改めんといかんな」
言いながらゆっくりとこちらへ歩いてくる。足取りの重さからダメージは確実に与えている筈だ。だがそれでも倒れるまでには至っておらず、むしろまだまだ余力があるようにも見える。
「さてイトーよ。さすがにもう手は残っておらんだろう」
「…………さあどうですかね」
図星だ。俺しか残っていない状況で使える手はもうない。
「ならば確認するとしよう――!」
「くっ」
またもや巨体が迫ってくる。
ダメージのせいかこれまでみたいな速さはないがそれは俺も同じだ。正面からまともにやりあったところでもう一度魔術を叩き込めるとは思えない。
何か、何かないか――そう考えている時だった。
「33ページ――拘束魔術四式!」
ルミエナの声。それと同時にガイウスさんの動きが止まった。
視界の端で魔力を使い果たしたルミエナが倒れ込むのを捉えながらも、即座に俺はガイウスさんの腕を掴んで。
「炎よ――翔べっ」
組込魔術を発動した。
お互いに大きなダメージを負いながら吹き飛ばされるが、ふらつく身体を奮起させながら立ち上がる。
「倒れるほどに魔術を使用したのだな……無茶なことをする」
「……本当によく出来た後輩ですよ」
ルミエナは完全に倒れ込んでおり、いつも大事に抱えていた魔術書も放り出されたように身体から離れた位置に落ちている。本当に最後の力を振り絞ってくれたのだろう。
後輩が倒れるまで頑張ったんだ。先輩の俺はもっと頑張らなきゃ格好がつかない。
「今度はこちらから行かせて貰います――!」
ガイウスさんに向かって走り、右拳を放つ。
ガードすらされずに簡単に躱されるが、その勢いのまま蹴りも含めて俺の出せる限りの体術を繰り返す。だが、どれも躱されるか防がれるかでまともなダメージを与えられない。わかってはいたが戦闘経験の差がありすぎる。まともに打撃も与えられないのに発動手順が必要な組込魔術を当てられる筈がない。これでは唯一の勝ち筋も閉ざされたままだ。
せめて、ほんの僅かでもいい、ちょっとでも隙が出来れば――。
「――アースバインドっ!」
「ぬうっ!」
その声がしたと同時にガイウスさんの動きが止まった。
今のはカマセイ君の声? でも一体どこから……。
「あれで無力化できると思ってたッスか? これでもロイヤルブラッド期待の新人なんスよオレ」
これは……ガイウスさんの背後か。
体格差でカマセイ君の姿は俺からは見えないが、後ろから伸びている腕がガイウスさんを羽交い締めにしている。
「この拘束魔術の威力……ふむ、カマセイと言ったか。適正距離を無視して発動したな?」
「その通りッス。オレの魔術なんて普通に使ったところですぐレジストされるのがオチッスからね。だったら自分を巻き込む距離で使うしかないッスよ」
それはつまり2人とも動けない状態。ガイウスさんの動きが止まっている今、組込魔術を叩き込むチャンスではあるがこのままだとカマセイ君まで巻き沿いになってしまう。
「だからイトーのアニキ、オレに構わず早くやるッス!」
「いやだが――」
「構わずやっちゃってくださいッス! みんなが頑張ってるのにオレだけ何も出来ないよりは全然良いッス!」
カマセイ君の訴え。何も出来ない自分は嫌だ。自分も貢献したいという気持ち。痛いほどに伝わってくる。その熱い想いを俺が拒否する訳にはいかない。
「お前等、正気か――!?」
ガイウスさんの言葉には俺も、カマセイ君も耳を貸さない。
手甲の魔術陣に手を重ね。
「炎よ――翔べっ!」
一切の躊躇いなく組込魔術を発動した。
アースバインドによる拘束すらも無効化され、3人揃って吹き飛ばされた。
「……ちぃっ、噂通りコイツを何発も貰うと怪しいな」
俺とガイウスさんは同時に起き上がるが、カマセイ君は倒れたままだ。
――リースにルミエナにカマセイ君。
みんなこの試験の為に役割以上のことを果たし死力を尽くしてくれた。
なのに俺は何をやっている?
経験不足だのなんだの理由をつけてただチャンスを窺って、結局みんなに助けられた。これはただの試験じゃない。仕事に直結する試験だ。
仕事は出来る出来ないじゃない。やらなきゃいけないんだ。
だったら今、俺がやることは1つしかないだろうが――!
俺はガイウスさんの元へ即座に迫り。
「炎よ――」
「させんっ!」
発動させようとしたところですぐに振り払われる。
だが俺は諦めない。
ガイウスさんの拳が飛んでこようと防がない。
「ぐあっ――炎よ翔べっ!」
殴られながらも組込魔術を発動させる。
吹き飛ばされてもまたすぐにガイウスさんに迫る。
「炎よ――ぐぅ!?」
「ちぃっ! 突然どうしたというのだこの不気味さはっ!」
「ぐっ――炎よ翔べっ!」
殴られても払われても無理矢理にでも発動まで持っていく。
そして吹き飛ばされても、すぐに距離を詰める。
「だがこの気迫! この執念! 実に面白い!」
「がはっ――ほ、炎よ翔べ!」
殴られながらも発動し、距離を詰め、また発動する。
これを繰り返す。みんなが死力を尽くしてくれたように、俺も死力を尽くす。
この試験は俺の力が尽きるまで――。
「――そこまでです。試験は終了です」
しかし俺のそんな想いとは裏腹に、トマスさんの宣言が耳に入ってきた。
「何故だ!」「どうしてですかっ!」
突然の終了にガイウスさんと揃えてトマスさんに異を唱えるが。
「これは昇級審査のための試験です。勝負でも試合でもありません。合否の判断材料が出揃えば続ける意味はありません。特にガイウスさん、あなたが目的を見失ってどうするのですか」
「…………ああ、そうだったか……いやそうだったな。すまんすまん、我としたことがどうにも勢いに呑まれてしまったようだな」
熱くなっている俺達に向けて、淡々とした口調で正論を述べるトマスさんによってガイウスさんはしっかり冷静を取り戻した。そして俺も"もうトマスさんの中では合否は決まってしまっている"という情報を得てしまった以上、続けようという気にはなれなくなった。
「それにみなさんには早急な治療が必要です。試験の為に長引く怪我をしてしまえば元も子もありませんので――結果は治療が終わり次第、お話致しましょう」




