55話 試験 その1
「イトー。絶対合格しなさいよ」
打ち合わせを終えた俺達がガイウスさんの待つ試験場へと足を進めていると、ファルから声を掛けられた。シエラさんも丁度リースとカマセイ君に声を掛けている。ギルドマスターからのありがたい激励だ。
「任せてくれ。この試験がどれだけ重要かはわかっている」
ファルの目指すトップギルド。それには高ランク冒険者の存在は必要不可欠。ここで合格すればファルの掲げた目標に一気に近付く。従業員としてここは踏ん張りどころだ。
「ルミエナも、しっかりサポートするのよ」
「は、はひっ。が、がんばりますっ」
ファルから普段より強めの圧を感じるせいか、ルミエナの身体が強張る。まぁ少なくともガイウスさんへの怯えが薄まったようなので結果的にはいいだろう。
「じゃ、頑張って来なさい」
言外に色々な意味を込められていそうな言葉で送り出される。
同時にシエラさんの方も終わったらしく、リース達と合流する。
「……いよいよだねー」
いつもの態度と違い、真剣な表情で呟くリース。
「はじまったら補助魔法かけるはじまったら補助魔法かける……」
「仕事は役割分担……オレはオレの役割をきっちり果たす……ッス」
伝えた作戦をしっかりと反芻しているのであろうルミエナにカマセイ君。
俺も頭の中でこの先のイメージを浮かべながら試験場へと足を踏み入れ。その瞬間。
「――さあ、始めようではないか」
空気が変わったのを肌で感じた。
ただ同じ空間に立っているだけにも関わらずゴブリンに襲われたときよりも、リースと戦ったときよりも、顧客や部長やファルに理不尽に詰められていたときよりも感じる重圧。
これがSランク……以前リースが瞬殺されたというのも誇張でもなんでもなさそうだ。
「みなさん準備はよろしいですね?」
立ち会いを務めるトマスさんの確認に。
「構わん」
「はい」
頷くガイウスさんと俺。
「それではこれより……リース・ハルーインSランク昇級試験、及びイトー・コーイチAランク昇級試験を開始します」
かくして、今後の俺の異世界生活を大きく左右することになる試験が始まったのだった。
◇
「えと、230ページ――」
開始直後、打ち合わせ通りにルミエナが補助魔術の準備を始めた。
リースからの事前情報だとガイウスさんの武器は自分の拳のみ。それなのに己の拳だけでドラゴンを討伐してしまうぐらいに規格外の強さを持っているらしい。そんなパワータイプの戦闘民族みたいな人の攻撃を一撃でも貰った場合、リースや俺はともかくカマセイ君たちは確実に戦闘不能になってしまう。
なのでまずはルミエナの魔術で俺達全員の機動力を上げてもらう手筈になっている。
「随分と悠長なことをしておるな」
ガイウスさんはそう言って腕を組んだまま開始地点から動かない。
魔術も何も使わず己の拳だけで戦う以上接近しなければ始まらない。ガイウスさんには悪いけどこちらの準備が整うまではこうやって接近に気を付け――。
「まさか我が大人しく待つと思ってはおらんだろうな?」
そうガイウスさんが言った瞬間、動きがあった。
「!? 消えたッスよ!?」
いや、消えたんじゃない。
カマセイ君には消えたようには見えるのかもしれないが、俺と恐らくリースにはガイウスさんがこちらに接近してきているのが見えている。
この動き、あの人の狙いは――。
「ぐうっ!?」
「い、いとーさんっ!」
「――ふむ、我の拳を止めたか」
狙いに気付いた俺は咄嗟にガイウスさんの右拳を両手で防いだが、それでも吹き飛ばされてしまいそうな衝撃と痛みを感じる。しかもまだ攻撃を止める気もないようで俺のガードを力づくで崩そうとそのまま力を込めてきている。
「ぐっ……いきなりルミエナを狙うのは卑怯じゃないですかね……」
しかもこの攻撃は俺を狙ってのものではなく、ルミエナを狙ったものだった。ガイウスさんの視線や動きから狙いに勘付いた俺はすぐさまルミエナの前に立ち攻撃を防いだのだ。
「なに腑抜けたことを言っておる。厄介な魔術師から狙うのは定石であろう」
「……それはまぁ仰る通りですね」
厄介な魔術師、か。ルミエナのことをランク通りの魔術師として見ている人には出来ない発言だ。後輩が立場ある人から評価されるのは嬉しいが、この場では正直侮っていて欲しかった。お陰でこの瞬間使おうと思ってた手が何個か消えた。
「ではここから我と――力比べをしようではないかっ!」
「くっ!?」
俺のガードを突き破ろうと、ガイウスさんの力が更に込められる。
くそっ。予想はしてたけどやっぱりこれ以上があるのか……!
「どうした? お前の力はこの程度か?」
こっちが必死で抑えているっていうのにまだまだ余力があるように見える。このままでは間違いなく単純に力だけで押し切られる。
だが俺は、そもそも力比べなんてする気はない。
「――オレも居ること忘れてないッスかね」
ガイウスさんの背後からカマセイ君の声。加速の強化魔術を受けて背後を取ったのだ。カマセイ君はそのまま自身の武器である大斧を振りかぶる。そのカマセイ君の行動にガイウスさんが一瞬気を取られたお陰で、俺に向けていた力が少しだけ弱まった。
――チャンスだ。
といってもこの状態から俺が攻撃に転じる訳ではない。今ここで俺が取るべき行動は、ガイウスさんの右拳をこのまま俺に釘付けにしておくこと。
「ぬっ!?」
防御一辺倒だった俺がガイウスさんの手を掴みにかかったことに驚きを見せる。
右腕は俺が抑え、そして背後からはカマセイ君の大斧が迫っているこの状況。準備は整った。
「これは――上かっ!」
音もなく飛び上がったリースが双剣を手にガイウスさんへと迫っていたことに気付かれる。だがもう遅い。右腕は俺が抑えている以上、リースとカマセイの攻撃を両方とも防ぐ手立てはない。
そしてその状態のまま2人の同時攻撃がガイウスさんを襲った。
…………のだが、結果は俺の予想通りにはならなかった。
ガイウスさんはリースからの攻撃を防ぐことを選び、双剣を受け止めた左腕にはしっかりとダメージの跡が残っている。一方で防ぎ切れないカマセイ君の大斧は確実に横腹を捉えていた……が。
「こっちのは無傷ッスか……」
カマセイ君の攻撃は確実に当たっているというのに、横腹に一切のダメージを負ったような痕跡も様子もない。予想はしていたがやはりステータスの差がありすぎる。だからこそカマセイ君には不意打ちを狙いつつも敢えて声を出して注意を引いてもらったのだが、あの一瞬の間で見抜かれてしまったようだ。
けど、この場をこれだけで終わらせるつもりはない。
俺はガイウスさんの腕を掴んだまま、片手を手甲に刻まれた魔術陣に重ねて。
「炎よ――」
リースとの模擬戦で実質的な勝利を掴んだルミエナ特性の組込魔術。現状俺が出せる最高火力をこの隙に叩き込む!
「おっとそれはさせんぞっ!」
「どわっ!?」
あと少しで発動というところで掴んでいた手を力任せに振り払われる。
そして気がついた時にはもう既に最初の位置まで距離を取られてしまっていた。
「お前のそれは危険と聞いているのでな」
「……よくご存知で」
あのタイミングで避けられたのは痛いが、飛び退いたというのは俺の自爆魔術戦法が通用する証拠にもなる。やはり俺が狙っていくべき攻撃はこれだ。
「んー補助魔術でいつもより速く動けるし、これなら今度はもーちょっと深く切り込んでもだいじょーぶかなー」
「あ、でも結構身体に負担かかっちゃうのであんまり無茶な動きはしない方がいいかもです」
リースの攻撃は通用しているし、ルミエナの補助魔術も効果的に働いている。
「……オレの攻撃が通らないことなんてわかってたことッス。結局やれることをやっていくしかないッスよね」
心配だったカマセイ君も自分で持ち直してくれている。
多少ではあるがダメージを与えられた今の状況は悪くない。この調子で数的優位を活かしながら立ち回っていこう。




