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52話 Sランク冒険者

 ルミエナが復帰して、数日が過ぎた。

 二人して相変わらず日々仕事に追われる充実した生活を送っている。

 そんなある日のことだ。


「今日は珍しい依頼があるわよ」


「これは……確かに今までにないタイプの依頼だな」


 ファルから手渡された依頼書の束を見てつぶやく。

 代わり映えのしない依頼書が並ぶ中、これまでに対応したことのない依頼があった。

 調達系の依頼ではあるが、今度の対象はこれまでにやってきたような薬の材料になる野草採集といった類のものではなく――。


「Sランク冒険者、ガイウス・ノヴァのサインの調達……ですか?」


 俺の手にある依頼書を覗き込んでいたルミエナが、依頼内容を口にする。

 高ランク冒険者にファンがついているのはリースという実例があるので理解はしていたが、サインの文化まであるとは思わなかった。

 まぁ依頼を受けている以上、サインを貰ってくるだけの話ではあるのだが一つ問題がある。


「えっと、じゃあ王都に行かなきゃ行けないってことですか?」


 ルミエナも俺と同じ考えに至ったらしく、ファルにそう尋ねる。

 3人しか存在しないSランク冒険者の噂は働いているだけでも自然と耳に入ってくる。それぐらいに有名人だ。

 そのうちの1人、ガイウス・ノヴァは自身がギルドマスターという肩書の持ち主。彼のギルド<フェンリルの牙>は王都にあると聞いているので、サインを貰うためには必然的に王都に行かなければならないことになる。

 そして王都に向かう場合、問題点が2つ。

 1つは俺が地理に明るくないことだが……これはまぁなんとかするとして、問題なのはここからの距離だ。この街から王都へは3日ほど掛かると聞いている。単価も高くない1つの依頼のために往復で多くの時間を消費するのは非常に非効率だと思えるが……。


「その心配はいらないわよ。丁度この街に来ているみたいだから」


「え? そうなんですか?」


「リースの昇級試験の監督に来ているらしいわ。Sランクのね」


「Sランクの昇級試験……」


 冒険者ランクの昇給試験はそのランクによって試験方法も合格基準も異なる。

 例えばEランクへの昇級試験は過去の実績を管理局が判断するだけなので実質試験はないようなものだが、Dランクは管理局から依頼が出され、その達成状況を過程も含めて審査される、といった具合に様々だ。

 中でも特殊なのはSランクへの昇給試験。

 Aランク冒険者だからといってすぐに受けられるようなものではなく、試験を受けるだけでも管理局による厳しい審査があり、そして何より試験官は管理局の人間ではなく現役のSランク冒険者が務めることになっているらしい。

 ……まぁどんな試験内容・基準になっているかは明らかにされていないが、その試験のお陰で王都に行かずに済むのはありがたい。まさに渡りに船。


「じゃあ早速今日の仕事に取り掛かるが……この依頼は俺の担当で良いのか?」


 面識はないがかなりの高身長で筋肉隆々の大男であるということは耳に入ってきている。これまでこの街でそんな特徴的な人物は目にしたことがないので俺でも判断はつくだろう。


「そうね、お願いするわ」


「了解」


 そうして今日も、労働に勤しむ1日が始まったのだった。





        ◇




「この仕事、もう少し時間が掛かると思ってたけど……」


 Sランク冒険者、ガイウス・ノヴァのサインを貰って欲しいという依頼。

 この街に来ていること以外、所在は不明なので他の仕事を片付けながら情報を集めていくつもりだったのだが、そんな手順は踏まずに済みそうだった。


 仕事中の移動で通りがかった広場。

 街の中心部ということもあり、いつもそれなりに賑やかで人通りの多い場所ではあるが、今日は人だかりができるほどになっている。

 その人だかりの中心に居る大男。

 年齢は40代ぐらいだろうか。人に囲まれているというのに頭が優に飛び抜けるほどの身長。それに見合った渋みのある顔立ちに大柄な体格。少し離れた位置からでもよく聞こえる豪快な笑い声。


「あの人がそうか……目立つなぁ」


 でもお陰で俺でもすぐに判断ができた。

 今は見る限りファンと何やら交流をしているようだが、このあともここに居てくれるとは限らない。今のうちにサインの依頼を終わらせておこう。

 そう思い人だかりの方へ足を進める。

 パッと見た感じ50人は居るだろうか。人が多くてこれ以上ガイウスさんに近付けそうにない。


『そこでだ。我の拳がドラゴンの眉間に――』


 しかも何やら今は武勇伝のようなものを話しているらしく、近付けたとしても周りも聞き入っている中でサインをお願いするのも気が引ける雰囲気だ。

 一旦出直すべきかどうか悩んでいると。


「おっ、イトーじゃないか。今日も仕事か?」


 突然隣の男性が話しかけてきた。

 顔を見てみると過去に仕事で対応した顧客だった。

 そしてそれを皮切りに。


「本当だ。イトーだ」


「あらイトーさん。今日は仕事はお休みかしら?」


「イトー君が仕事で駆けずり回ってないなんて珍しいねぇ」


 ガイウスさんを囲んでいた人たちが俺に気付いて口々に話しかけてくる。中には不本意な勘違いをしている人もいるが大事な顧客なので特に否定はせず愛想笑いで返しておく。

 ただ、今までガイウスさんの武勇伝に耳を傾けていた人たちが一斉にそんな反応をするものだから――。


「……お前、何者だ」


 当然、ガイウスさんも俺の存在に気付く。

 俺を見る視線は鋭い、というよりは何故か驚いたように見開かれている。

 気が付けばガイウスさんを囲っていた人だかりは俺とガイウスさんの間だけ、モーゼの海割のように人がひいていた。

 どうやってサインをお願いしようかと思っていたがこれは好都合かもしれない。俺はガイウスさんの方へと近付いていき。


「私、イーノレカに所属している冒険者のイトーと申します」


 ひとまず何者かと問われていたので名乗りを返しておく。礼儀は大事だ。

 ……というか近くで見ると凄く大きいな。身長2メートル超えてそうだ。それに鎧だけでなく身体にも無数の傷跡があり、いかにも歴戦の戦士といった雰囲気が感じられる。

 ガイウスさんは俺のつま先から頭の天辺まで、視線を3度往復させた後。


「イーノレカ……聞いたことのないギルドだな。それにこの辺りにはリースの小娘以外に実力者はいないと聞いていたが……お前、ランクは?」


 顎に手をやりながら、そう問いかけてきた。

 ので。


「Eランクです」


「………………我は嘘は好かん。正直に申せ」


 正直に答えたにも関わらず、物凄く不機嫌そうに返されてしまった。強面なので迫力が凄い。


「ふん、我の目は誤魔化せぬぞ。お前の纏う雰囲気、そしてなによりその眼……数多くの修羅場を潜ってきた者のそれだ。低ランクの冒険者が出せるものではない」

 

 あー……確かに修羅場は潜っている。

 今生でもそれなりだが、前世は毎日が修羅場だったのは間違いない。

 でもそれを説明するのは無理だし、つい先日Eランクに昇格したばかりなのは事実なのでこれ以上答えようがない。どうしたものかと思案していると。


「ガイウスさん、イトーのランクはEで間違いないですよ」


「ああ、昇級したのもつい最近って聞いてるぜ」


 思わぬところ――周囲の人達が説得にかかってくれた。


「む……そうなのか? いやだがしかし、この雰囲気は只者ではない筈だが……むぅ、我の目も曇ったか……?」


 あまり納得がいっていないのか、呟きながら考え込んでしまう。

 ……進展しない話をいつまでも続けるわけにもいかない。そもそもの目的を切り出そう。


「もしよろしければですが、サインをお願いしてもよろしいでしょうか?」


 俺の突然の申し出にガイウスさんは一瞬虚を突かれたような表情になったかと思うとその後すぐに、また考え込むような素振りを見せ、そして。




「ならばサインをする代わりに、お前を一発殴っても良いだろうか?」




 とてつもなく物騒なことを言い出したので。


「わかりました。いつでもどうぞ」


 即答した。

 業務上必要なことなのであれば、受ける以外の選択肢はない。


「……即答か。余程の変わり者と見える」


「ええ、よく言われます」


 俺の返答を受けたガイウスさんは「ふむ」と一息入れ、周りを見渡す。

 当然のことだが俺達2人のやり取りを見ている人達はみんな困惑気味だ。


「みな勘違いするでないぞ。我はこの者の実力を確かめたいだけだ。本当にEランク程度の実力しかないのかどうかをな」


 その困惑を感じ取ったのか、ガイウスさんが周りに向けて説明をする。冒険者は人気商売の側面もあるので「サインの見返りに暴力をふるった」というような悪評が立つのは避けたいのだろう。

 そして今度は俺の方へ向き。


「だから別に我の攻撃を避けても構わんぞ?」


 言外に「出来るものならな」という意味が含まれていると感じる。避けてもサインが貰えるというのであれば頑張って避けるとしよう。……あの丸太みたいな腕で殴られると後の業務に支障出そうだし。


「――ではゆくぞ」


「はい」


 ガイウスさんが構える。

 ……が、あまり恐怖を感じない……?


「フンッ!」


 ガイウスさんの大きな右拳が、俺の腹部に迫っているのがはっきりと見える。

 リースの攻撃よりも若干遅いぐらいか?

 これなら避けるまでもなく――。



 パシッ。



「い、イトーがあのガイウスさんの攻撃を止めたのか……? 見えなかったけど」


「す、すげえ……」


 ガイウスさんの拳を両手で受け止めている俺の姿を見て、周りが騒ぎ出す。

 リースの攻撃を中々捉えられなかった俺が簡単に視認出来るような速さ、あれだけ攻撃力高そうな攻撃を止めたというのに俺の手には痛みがない。

 ということはつまり。


「……かなり手加減してくれたみたいですね」


「お前が本当にEランクの実力しかなかった場合、取り返しのつかないことになってしまうのでな」


 まぁそれも当然か。

 これはあくまで俺の実力を確かめたいということで始めたやり取りでしかない。


「実力は把握した。だからこそ聞こう、お前ほど力のある者がなぜEランクなのだ」


「まぁ単純に高ランクの受験資格がないからですね。冒険者になってから間もないですし」


 高ランクになるほど仕事の幅が広がるので早めに昇級したい気持ちはあるが、そもそも実績や経験がなければ受験資格すら得られない規則だ。うちでは高ランク冒険者の依頼に同行して実績を作るといった手が使えないので昇級ペースはどうしても遅くなってしまう。


「ふむ…………となると……うむ、閃いたぞ。我ながら良い案だ」


 少し考え込んだかと思うと、ガイウスさんは俺の肩を大きな手でガシッと掴み。


「お前、イトーと言ったな」


「は、はい」


 2メートルはありそうな巨体+強面な人に肩を掴まれているせいで、若干声が震えてしまう。……迫力があるので。


「我は今から王都に戻り、手筈を整えようと思うのだが、そのために伝言を1つ頼まれてくれないか? ほら、サインも書いたことだしな」


 ちらりと右肩を見ると、紙がガイウスさんとの手の間に挟まれており、サインのような文字が見える。いつの間に書いてくれたのかはわからないが、これで依頼も達成だ。


「分かりました。お受けいたします」


 ただの伝言程度であればそれほど手間にならないだろう。

 そう思って引き受けたのだが。


「我がこの街に来たのは、リースの小娘の昇級試験を監督するためでな」


「そうみたいですね。噂には聞いています」


「今から王都に戻るということは、それが出来なくなるわけだ」


「なるほど、それはそうですね」


 …………って、あれ……?


「だからロイヤルブラッドのルクセンベール嬢ちゃんとリースの小娘に、試験を延期にすること伝えておいてくれ」


 頼まれた伝言は、結構なインパクトがあるもので。

 というか他社様の進退に関わるようなことは、さすがに業務範囲外な気がするので。


「あ、いやちょっとそれは私には荷が重――」


 断ろうとする前に、ガイウスさんはさすがSランクというべきか、凄まじい速度でその場から去っていくのが見えて。



「…………シエラさん怒るだろうなぁ」



 サインという成果物の代わりに、思わぬ付随業務を得たのだった。

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