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50話 染み付いた社畜精神が、転職しても取れていない その1

 ルミエナが退職してから早くも一ヶ月が経過した。

 俺は無事にEランク冒険者の資格審査に合格。

 一人抜けた穴を埋められるよう、日々の業務に昼夜問わず励んでいた。

 

 そんなある日のこと――。




「ヌペホヌモス草の納品完了、っと……」


 手帳(と言うには自作なのでお粗末な作り)を取り出し、タスクリストを確認する。多数の依頼をこなすので漏れがないようにしっかり管理・確認することは重要だ。

 この世界ではパソコン等の情報端末は当然存在しないので、アナログな手法を取らざるを得ないが、前世よりは管理する情報が少ないのでなんとかやれている。

 前世だとメールや電話等での情報伝達速度も、それらを管理・効率化するツールも発達しているのに、それでも労働時間が長時間になってしまう辺り業務や組織形態が複雑化していたことを改めて実感するなぁ……。

 ……っと、過ぎてしまった前世のことを考えていても仕方がない。今考えるべきなのは次の仕事だ。


「えっと次は――」


 歩きながら手帳に記入したタスクリストを指でなぞっている時だった。



「イトー」



 背後から俺を呼ぶ、聞き慣れた声がした。

 一瞬幻聴かと思ったが、声のした方を向くと声の主、ファルがゆっくりこちらに向かってくるのが見えた。


「ファル……? 何かあったのか?」


 今はまだ夕刻前。ギルドを閉める時間には早い。

 それなのにギルドホーム以外の場所にファルがいるのは珍しい……というか初めて見た気がする。それだけにファルがここに居る時点で何かイレギュラーな事態が起きたのだと察せた。


「残りの仕事は?」


「え? あ、ああ。ここまでは終わっているぞ」


 いつもと変わらない様子で聞いてくるファルに手帳を見せて答える。

 仕事の進捗を聞きに来ただけなのか……? いや、でもそうだとしたら今日に限って何故だ? ファルが気にするほどの依頼もなかったように思うが……。


「これぐらいなら明日に回しても大丈夫そうね」


「ん、もしかして緊急の依頼か?」


 依頼にはそれぞれ納期がある。依頼内容によるがうちは受領から一営業日以内に達成することをギルド目標としているので基本的に達成は早い方だが、当日中が期限の依頼というのも稀にある。

 そういう依頼は高い単価で受注できるのでこちらとしても優先的に対応するようにしている。これまではルミエナに伝達もして貰っていたが、人手が足りなくなったのできっとファル自ら伝えに来るしかなかったのだろう。


「いいえ、仕事じゃないわ。別件よ」


 ……と思ったのだが違うらしい。

 となるとますます目的がわからない。


「さっきロイヤルブラッドの使いがウチにきたのだけれど」


 なるほど、ロイヤルブラッド絡みか。

 でも仕事じゃないとなるとなんだ? それもわざわざ営業時間中にファルがギルドを離れてまでくるような用件……。


「……ルミエナ関係か?」


「ええ」


 ファルが頷く。

 淡々と、表情の変化なく頷くファルを見た瞬間、第六感なのか虫の知らせなのか何なのかはわからないが、とてつもなく嫌な予感がして。



「あの子が――倒れたらしいわ」



 その予感は、無情にも最悪な的中をしてしまうのだった。





         ◇




 ルミエナが倒れた。

 その知らせを聞いた俺達は、ロイヤルブラッドのギルドハウスに向かった。

 受付のお姉さんには既に話が通っていたらしく、到着するなり「イーノレカのウェステイル様とイトー様ですね。こちらへどうぞ」と奥へと案内してくれた。

 ただ、詳しい事情までは知らされていないようで、道中ルミエナの容態について尋ねても「分かりかねます」という返答だけだった。

 そうして案内に従いながら数分歩いた頃。


「こちらでお休みになっておられます」


 受付のお姉さんが立ち止まり、ドアを指した。

 ドアには医務室と書かれたプレートが提げられている。


「それでは私はこれで」


「ありがとうございます」


 案内をしてくれた礼を言い、ドアの前に立つ。

 この向こうにルミエナが……容態はどうなのか、そもそも何故倒れたのか。何もわからない今、このドアを開けることに抵抗を覚える。

 ファルも同じ気持ちなのか、手をかけようとせず俺の方を見て「あなたが開けなさい」とばかりの視線を送ってきている。……となれば俺が開けるしかない。よし、やるぞ。

 そう思って手をかけようとした時だった。

 中に誰か人が居たのだろう。俺が開ける前に向こう側から開かれ。


「……やっと来ましたわね」


 現れたのはシエラさんだった。

 状況のせいかいつもの堂々毅然とした態度ではなく、表情には疲れが見える。ギルドに使いを送ってくれたのも、受付の人に話を通してくれたのもきっとシエラさんが手配してくれたのだろう。


「すみません……あの……ルミエナは……?」


 部屋の中に聞こえないよう、小さな声で尋ねる。

 するとシエラさんは俺からそっと目を逸らして。




「……わたくしでは……どうすることも出来ませんわ……」




 頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

 そんな、そんな馬鹿なことが……!


「し、失礼しますっ!」


 シエラさんの横をすり抜け部屋へと入る。

 部屋の中にはベッドが3つほど並んでいたが、手前側の2つは誰も使っていない空きベッドだった。俺は残りの奥のベッドへと駆け、そこで横になっている人物の顔を覗き込む。



「……はぁっ……はぁっ……」

 


 そこには苦悶の表情を浮かべたルミエナが居た。よほど苦しいのか息も乱れていて汗も凄く、顔色も悪い。素人目からでも良くない状態だというのは察せた。


「医者は……医者には診て貰ったのですか?」


「診て貰ったところでどうにもなりませんの……」


「…………」


 絶望的な言葉に絶句する。

 どうして、どうしてこんなことになっているんだ……。

 俺は自分の無力さを痛感しながらルミエナの額に軽く手を当てる。汗をかいているはずなのに驚くほど冷たく、それもまた不安を掻き立ててくる。


「ぁ……ぅ……いとー……さん……?」


 乱れた呼吸をしながらも小さな声を挙げる。

 長い前髪から微かに見える目は、うっすらと開いており、俺の姿を捉えているようだった。


「ああ俺だ! しっかりするんだ!」


 必死に呼びかける。


「いとーさん……あたしは……もう、だめです……」


「な、何言ってるんだ! 大丈夫だ!」


 なんの根拠もない、無責任な言葉。もしかしたら自分にそう言い聞かせているだけなのかもしれない。けど俺にはこんな言葉しか掛けることが出来なかった。

 そんな俺の励ましに、ルミエナは小さく首を振って。




「だめなんです……暗くなる頃には帰れちゃう日が多いですし、支度金とかいって装備代が支給されますし、ご飯も食べる時間ありますし、お仕事が終わってなくても明日で良いとか言われちゃいますし、それなのにお給料が多い……こんな恐ろしい環境……あたしはもう駄目なんです……」




 …………。

 ……。

 えっ。


「この職場落ち着かないんです。怖いんです。安心できないんです。これだけの対価を頂くんですからもっと働かないと駄目なのに働かせてくれないんです……」


 …………ええっと、これは……。

 少なくとも体調面は俺が思っていたより深刻ではないのかもしれない。

 俺は一旦立ち上がり、ゆっくりと後ろを向き。


「あの……状況をお伺いしてもいいですか?」


 後方に控えていたシエラさんに尋ねると、「ええ。順を追ってお話致しますわ」と頷き。


「わたくしのギルドはコアメンバー以外の方には、規定の仕事さえして頂ければ後は自己啓発に励むなり、お休みにするなり個人にお任せしておりますの」


 「状況によっては追加で仕事をお願いすることもありますが、その場合は勿論追加で給与の支払いを致しますわ」と付け足す。

 ……さすがはホワイト企業。働き方に多様性がある。


「ルミエナさんは早々にお願いした仕事を終わらせて、自主的に他メンバーの仕事を手伝って周っていたのですわ。手伝うこと自体はご自身の経験にもなりますので特に制限は設けていないのですが……」


 そうか……自分から周りの手伝いを……。

 新天地でも周りと交流を図ったりして頑張ってたんだな。


「仕事を手伝う場合は、事故などがあった際に備えて事前に申請して頂いているのですが、今日までにルミエナさんが提出した申請書がそちらに置いてありますわ」


 シエラさんの視線の先、ベッドのすぐ傍にある棚には20枚はありそうな紙束が置いてあった。

 手に取って見てみると『依頼同行申請書』と題された紙には、依頼の内容や同行者名などが記載されている。要するにこの枚数分、ルミエナは仕事を手伝ったということか。


「凄い量でしょう?」


 ファルと二人で主に依頼内容のところに軽く目を通す。

 Cランクの冒険者が居ないと入れないエリアにも同行しているようで、一つ一つがイーノレカで請け負ってきた仕事よりも随分と濃密だ。難易度も危険性も掛かる時間も、俺の知るものとは大きく異なることは簡単に予想できる。

 ただルミエナの能力をよく知っている俺達からすれば……。


「そうでもないな」「そうでもないわね」


「……貴方達が異常だということが改めて認識できましたわ。普通の基準であれば手伝いの範疇を完全に超えてますわよ……」


 呆れたようにため息をつかれてしまった。


「ですので明日からは休んで頂くようにお伝えしたのですが、休んでいる方が落ち着かないので使って欲しいと仰って……」


 休みなのに落ち着かない。不安になるという気持ちはよくわかる。

 特に自分以外の人が働いている時に休むなんて、心配や罪悪感などの様々な感情が入り乱れて気が気でならず、逆に気疲れしてしまう。ルミエナの判断も最もだろう。



「大人しく休んでくれそうにありませんでしたので――リースさんにお願いして無理矢理ベッドに縛り付けて貰いましたの」


 

 …………それは倒れたというか倒されたというのが正確なのでは。

 さっきまでは必死過ぎて気付かなかったが、改めて見てみると確かにベッドには縄が括り付けられていた。優しいのか荒っぽいのか判断に困るところだ。


「縛り付けて頂いたあとも『仕事がー! 貢献がー!』と騒いで大変でしたのよ」


 なるほど。

 だから呼吸が乱れて、汗もかいていたのか。なるほどなるほど。


「……じゃあ、医者に診て貰ったところでどうしようもないというのは」


「騒ぐ元気があるぐらいですもの。病人でもないのに診てもらっても仕方ありませんわ」


「ならシエラさんではどうすることも出来ないというのは……」


「名実共に知られている貴方ならともかく、入って間もないルミエナさんばかりに働いて頂くというのは他のメンバーへの影響もありますし、かといって休んで欲しいと言ってもご覧の有様ですし……わたくしにはどうすることも出来ませんわ」


 確かに補足されると何一つ間違っていなかった。

 つまりは特に生命の危険があるとかそういう事態ではなかったということか。

 …………良かったのは間違いないが、なんか凄い気が抜けてしまったぞ。


「えと……ご、ごめんなさい。あたし頑張らなきゃって思って、それで……」


 ルミエナがしゅんと沈んだ声で謝る。


「まぁ頑張ろうとした気持ちはわかるが、それで雇用主を困らせてたら本末転倒だぞ……って凄いキツく縛ってあるなこれ」


 ベッドに括り付けられている縄を解きながら声を掛ける。

 真面目で頑張り屋なところはルミエナの長所だ。ギルドの為に粉骨砕身の精神で役に立ちたいと思う気持ちもとても理解できる。けれど俺達従業員は雇用主の命令を最優先に考えなければならない。

 とはいえ俺も自分の労働意欲や社畜精神を満たすために色々やってきた自覚があるのでブーメランな発言ではあるが……。


「よし、解けたぞ」


 かなり強く固定されていた縄を解く。

 休ませるならもっとやり方はあったと思うが……まぁこれぐらいしないと止められないぐらい仕事に打ち込んでいたってことか。イーノレカのような特殊な環境以外でも変わらず仕事に取り組んでいてくれたのは先輩として嬉しく思う。


「……ぁぅ……すみません……」


 ゆっくりと身体を起こす。

 俺が縄を解くのをシエラさんが止めなかった時点で予想はしていたが、解いた途端脱出を図るような素振りはまったく感じられない。

 

「こほん。それであなた方にお越し頂いた理由ですが」


 そういえばそうだった。

 ルミエナが無事(と言っていいのかどうかはわからないが)なのであれば、俺達を呼んだ理由というのが分からない。


「あの……すみません、あたしから話してもいいですか?」


 ルミエナがシエラさんにそう声を掛けて、シエラさんは少し考え込んだあと。


「……そうですわね。こういうことは本人の口からの方がよろしいですわね」


 一体なんだろうか。

 そう思っていると、ルミエナはベッドの上で佇まいを正し。


「ファルさん、イトーさん」


 俺達に向かって。



「あたしを――イーノレカで働かせてくれませんか?」



 真剣な表情で、そう言ったのだった。

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[一言] 更新アリガトゴザマス。 びっくりした
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