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49話 その場所で働く理由:再

 夜。

 営業終了後のイーノレカ。

 いつもなら日中業務の報告書作成に取り掛かっている時間帯。



「貴方にロイヤルブラッドから勧誘がきているのよ」



 ついにファルが転職の話を切り出した。

 今は俺の隣にファルが座り、その向かいにルミエナが座っている。三者面談のような配置だ。

 突然切り出された話にルミエナはぽかんと口を半開きにして。


「ほえー……さすがイトーさんですねー……」


 盛大に勘違いをしていた。

 いやまぁ俺も勧誘を受けているので完全に勘違いという訳ではないのだが。


「……イトーじゃなくて貴方の話をしているのだけれど」


「ほえー……あたしの……………あたしのっ!?」


 椅子をガタッと揺らして驚くルミエナ。

 気にせずファルは話を続ける。


「それで先方から提示されている待遇面等の条件なのだけれど――」


「ちょ、ちょっとまってください。なんでそんな話になってるんですか?」


「向こうのマスターから話を持ちかけられたのよ。『貴方を是非わたくしのギルドに』ってね」


 実際はこちらから持ちかけた話ではあるのだが、説得力を持たせるためにシエラさんには口裏を合わせて貰うようにお願いしている。

 今回の話は当然ルミエナにとって旨い話ではあるが、それもしっかりとした理由がなければ裏があるのではないかと勘繰られて終わりだ。そうならないよう、俺とファルは事前に動機付けの為の準備を整えてこの場に臨んでいるのだ。


「えと……でもなんであたしなんでしょうか……?」


「そうね……考えられる理由としては二つあるわね」


 当然の疑問を挟むルミエナに、ファルは少し考える素振りを見せて口にする。

 

「一つは貴方自身の能力を買ってくれている点ね。順調に依頼をこなしてくれているお陰で、ここ最近の業績も上がってきている訳だし」


「あ、ありがとうございます……。でもでもあたしよりもっと働いているイトーさんのお陰だと思います」


「いや、俺の仕事量はそんなに変わってない。最近の業績の伸びは間違いなくルミエナのお陰だぞ」


 俺は最初から限界ギリギリまで働いているので、多少効率が良くなったところで伸びしろは少ない。一方ルミエナはファルの要求と俺の教えを次々受け入れた結果、入会直後に比べて倍近くの実績を出せるほどになっている。イーノレカの成長はルミエナの成長のお陰だと言っても過言ではない。


「そ、そですか……? でゅへへ……」


 にへら、と頬を緩ませる。

 とても職場に不満があるようには見えないが、これもルミエナの処世術なのだろうか……。それに気が付かず俺達はルミエナに多くの負荷を掛けてきてしまった。

 それは……もう終わらさなければならない。


「それでもう一つの理由は……貴方を引き込むことでこちらの戦力を削る、といったところかしら」


 ある程度の規模の組織なら人が一人抜けたところで、他の人がカバー出来る。しかしイーノレカの所属冒険者は俺とルミエナの二人だけ。母数が少ない分、ギルドの業績という観点で見れば下がるのは避けられない。


「えと、じゃあこのお話は断ればいいんですよね?」


 ギルドの益を考えるのであればその選択は正解だし、自らそう申し出てくれたことには先輩として嬉しさも感じる。……けど、それじゃ駄目なんだ。


「今回の話、私は受けるべきだと思ってるのよ」


「はい。わかりまし――ええっ!?」


 いつものファルからは考えられない返答に、再び驚き椅子をガタッと鳴らす。


「これを見て頂戴」


 そう言ってファルが一枚の紙を机の上に置く。

 ロイヤルブラッドが用意した雇用条件契約書だ。俺がシエラさんから受け取ったものなので内容は知っているがルミエナの手前、俺も初めて見た風を装い紙を覗き込む。


「…………ほわー……」


 条件を見たルミエナが感嘆の声をあげる。

 シエラさんが色を大分つけてくれているのはあるが、ロイヤルブラッドはホワイト企業。うちとは給与も労働時間・環境も福利厚生も比べ物にならないぐらい高待遇だ。


「今のうちではこれだけの条件出せないし、今後出せるようになる保証もない。だから貴方の為を思うと話を受けるべきだと思っているわ」


「ファルさん……」


 普通のブラック企業であれば退職なんてものは許さないし、辞めさせない為にあの手この手で策を講じるだろう。しかし今の俺達は世間の批判を浴びないよう上手く立ち回っていく必要がある。だからファルは「従業員の幸せを願う理解のあるギルドマスター」を演じてルミエナを好条件の職場に送り出し、「なんだかんだで良かった感」を出すことでこれまでの不満を帳消しにすることを狙っている。

 とはいえ一方的に勧めすぎるのも良くない。

 ギルドとしては居て欲しいが本人の為を思って勧めているのだと感じ取って貰うことが大切だ。


「ファルも俺も正直なところルミエナには残って欲しいと思ってる。けど、俺達に気を遣ってまで残って欲しいとは思っていない。大事なのはルミエナが幸せになることだからな」


 説得が目的ではあるが本心を交えて話す。

 俺にはもう手が届かないし届かせようとも思えなくなってしまったホワイト企業での生活。イーノレカで苦労してしまった分、ロイヤルブラッドではきっと多くの幸せを感じ取ることが出来るはずだ。


「……あたしの、幸せ……」


「ええ。訓示にもあるでしょう? 貴方がうちで頑張って働いてくれたからこそ、今回の引き抜き話が出てきたのよ」


 『労働は人生。充実した労働が幸福に繋がる――』

 ファルが考案したイーノレカの社訓。本来は『仕事が辛い苦しいと感じるのはまだまだ働き方が足りないからだ』という意味を含めたものだが、満足度の高い職場で働くことが出来れば人生も充実するという意味にも捉えられる。

 ルミエナの場合、というより一般的な観点で見ればうちよりもロイヤルブラッドの方が何を置いても満足度の高い職場だと言えるだろう。


「……でもあたし、今のままでも十分幸せです。どこ行ってもお荷物扱いだったあたしが、ここではいっぱい仕事任せてもらえて……こんなあたしでも役に立てる場所があったんだって」


「うちでの仕事にやりがいを感じている、ということかしら?」


「ですです」


 小さくコクコクと頷く。

 そうか……ルミエナはやりがいを感じながら仕事をしてくれていたのか。

 自分がやりたい仕事だから、楽しい仕事だから、なりたかった職業だから、自分の成長に繋がるから、沢山仕事を任せてくれるから――。どこにやりがいを感じるかは人それぞれだが、イーノレカの労働環境下でも『やりがいを感じているから』と言えるのであれば、ルミエナは疑うまでもなく俺と同類。

 ファルの親父さんが言っていた『ルミエナが辛そうに仕事をしていた』というのも見間違いか何かだったのだろう。

 となればこれはもう移籍計画の話を白紙にするべきだな。きっとファルもそう考えているだろうと思い、ファルの方へと視線を移すと。


「…………」


 俺の予想に反して考え込んでいるような、難しい顔をしていた。

 これからどうやって話を軌道修正していくかを考えているのだろうか?

 そう思っていると、ゆっくりとファルが口を開き。


「なら貴方、やりがいだけでずっと今の待遇で働き続ける覚悟があるのかしら?」


 冷たく感じる声色で、予想外の言葉を口にした。


「うちは正直言ってまだまだ弱小よ。しばらくはこの状況が続くでしょうし、この先必ず待遇の改善ができるという保証もできない。それでも貴方はやりがいのある仕事だからという理由だけで働くことはできる? 言っておくけれどイトーはその覚悟があるから残るのよ」


 勝手に決めつけられているがその通りではあるので無言で頷いておく。

 ウェステイル商会のことがあるからだろうか、ファルは随分と慎重になっているようだ。こうやって改めて意思を確認し、言質を取ることでイーノレカから逃げられないようにするつもりなのかもしれない。


「や、やれますっ。イトーさんと一緒なら頑張れますっ」


 なんと出来た後輩だろうか……。

 お元気ですか竹中さん。ホワイト企業だらけのこの異世界でも、私達のような従業員同士の助け合い支え合いの精神に溢れた後輩が出来ました。

 ルミエナの社畜精神は紛うことなき本物。これからも俺と共にイーノレカの成長に身を捧げて――。



「ならイトーが居なくなったらどうするつもり?」



「「えっ」」



 突拍子のないファルの発言に、俺とルミエナの驚きの声が重なった。


「イトーさん居なくなっちゃうんですか……?」


「いやいや居るぞ俺は。ずっとここで働き続けるぞ」


 不安げに尋ねてくるルミエナに首を振って答える。

 良き理解者の元で働かせて頂いている今の環境を捨てるつもりなんて毛頭ない。万が一俺がイーノレカを離れることがあるとすれば解雇されたときぐらいだ。


「そうね。イトーにはまだまだ働いて貰うつもりだけれど……冒険者の仕事に危険は付き物よ。イトーがいくら頑丈だからといって怪我や死亡のリスクも現実問題としてあるでしょう?」


「…………まぁ可能性は否定できないな」


 今は低ランクの危険性の低い仕事ばかりだが、高ランク冒険者になれば危険性の高い地域での仕事も増えていく。勿論安全と体調管理には十分留意していくつもりだが、この世界での知識が不足している俺にはどんな危険が潜んでいるかすらも予測が出来ない状態。

 上司や取引先から「絶対に怪我をしないと誓え」と詰められたら頷くしか選択肢はないが、今の状況なら自分の正直な気持ちを述べても問題ないだろう。


「なんらかの事情でイトーが仕事を出来なくなったときでも、貴方はこれまで通りの……いえ、イトーの穴を埋めるぐらいの働きが出来るかしら?」


「そ、それは……えと……えと……」


 言葉に詰まるルミエナをよそに、ファルは言葉を続ける。


「もしイトーが居たからここまでやってこれたと思っているのなら、それこそ新しい環境に身を置いた方が貴方の成長に繋がると思うのよ。例えば人付き合いの仕方とかね」


 志を持って自身の成長を目指し、常に挑戦せよ――。

 これもイーノレカの社訓の一つ。俺は勿論のことルミエナも意識しているであろう言葉。人付き合いの苦手なルミエナにとっては所属冒険者の多いロイヤルブラッドで頑張ることが一番の成長に繋がる可能性がありそうだ。

 そうか……ファルはギルドのことよりもルミエナのことを考えた結果、送り出すと決めたのか。


「貴方がイトーを頼りにしているのは解るけれど、頼ってばかりではいつまで経ってもイトーの隣には並べないわよ?」


「イトーさんの、隣に……」


 ちらりとルミエナが俺を見た後、顔を俯かせる。

 そして数秒が経った後。



「――わかりました。あたし……ロイヤルブラッドに移籍します」



 真っ直ぐファルの目を見て、力強くそう言った。

 長い前髪の奥に僅かに見える瞳からは真剣さと力強さを感じ、考え抜いた上で出した答えなのだと感じ取れた。


「ええ、それが良いと思うわ」


「……そうだな」


 感じる寂しさを押し留めながら同意する。

 ギルドの為に移籍して貰えるように動いてきたのに、いざ決まってしまうと勝手に寂しさを感じてしまうだなんて、勤め人として俺もまだ精神的に弱いな……。


「ファルさん、イトーさん」


 そのままの真剣な眼差しで俺達を見る。


「あたしは……ここで頑張りたいって気持ちはあります。けどファルさんの言う通り、このままだとずっとイトーさんに頼りっぱなしになっちゃうから……あたしは、成長するために行きます」


 ここで言葉を区切り。すうっと息を吸い。


「だからあたしが成長したら……またイーノレカに迎えてくれますか?」

 

「ええ、その時は歓迎するわ」


 ファルがそう口にし、俺が無言で頷く。

 



 こうして、ルミエナの退職が正式に決まったのだった――。

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