42話 元ブラック経営者
イーノレカのギルドハウス。
父親の存在に気が付いたファルは動揺をみせたもののそれは一瞬で、すぐに受付業務に戻った。そして丁度客の流れが途絶えたところで臨時休業の札を出した為、これ以上客が入ってくることはなくなったので。
「…………生きてたのね」
「ああ……」
今、ギルドハウスには色々訳ありのファル父娘と俺だけという、なんとも身の振り方に困る空間が出来てしまっていた。
「すまないね、色々と無理を言って。それにあの女の子にも負担を掛けてしまったようだ」
「いえ、大丈夫ですよ。俺もルミエナも」
この時間、本来俺は依頼人と会って仕事の詳細を詰めている時間だった。
しかし靴磨きのおじさん――ファルの父親がどうしても俺に同席して欲しいらしく、丁度通りがかった時に臨時休業の札を見て「なにかあったんですか……?」と顔を出したルミエナに急遽代わりに行って貰った。
ルミエナに客とのコミュニケーションのある仕事を任せるには少しまだ不安はあるが……これも良い機会だと思って頑張って貰うしか無い。
それよりも今はこちらの心配だ。
ファルはかつて存在していたブラック企業『ウェステイル商会』の跡取り娘で、頭目だった父から従業員を酷使するようなエグい経営の仕方を教わったと聞いている。その下地がなければファルも俺がこれまでしてきた提案を素直に受け取ってくれなかっただろう。つまり今のイーノレカの労働環境があるのはこのおじさんのお陰だとも言える。
けれどファルにとっては自分が奴隷になってしまった原因。色々思うところはあるのは間違いない。そしておじさん……父親の方も自分の娘を奴隷に堕としておきながら、何故わざわざ会いに来たのか、目的も心情も予想がつかない。
当然の事ながら事情が事情だけに感動の再会、という雰囲気ではなく重苦しい空気が漂っている。
「まるで別人ね。すっかり腑抜けじゃない」
「……そうかもしれないな。あの頃の私とは似ても似つかないと自分でも思うよ」
自嘲するようにフッと笑うおじさん。
ファルから聞いていた人物とはとても同一人物には見えないが、ファルからも別人とも評されているから察するに、以前とは雰囲気が変わっているのだろう。
「それで何の用――」
「許してくれとは言わない。好きなだけ罵って貰っても構わない」
「……別に今更貴方を恨む気もないし、罵るなんて無駄なこともする気はないわね」
深く頭を下げるおじさんを突き放すように、冷たく言い放つ。
そんなファルの態度に謝罪は無意味だと感じ取ったのか、おじさんは「そうか」と悲しそうに呟き。
「ならこれだけは言わせてほしい。これ以上不幸な人を作らないでくれ」
「……それはどういう意味かしら?」
「彼やもうひとりの女の子のことだ。一体彼らをどれだけ働かせているんだ。私がしでかしてしまったことからお前は何も学んでいないのか?」
過去を悔いるかのように、苦痛に耐えるかのように訴えかける。
なるほど……なんとなくではあるが、今のでおじさんの目的が読めた。
おじさんは――後悔しているんだ。ウェステイル商会での経験を。ブラック経営者として失敗してしまった自分を。だからファルに同じ轍を踏ませたくない一心で、こうして会いに来たんだ。
「本当に別人みたいなこと言うのね……。でも安心して。私は貴方をちゃんと反面教師にして学んでるわ。私は失敗しない」
「どこがだっ!」
だんっ!と机に両手をついてファルに詰め寄る。
「彼を見ろ! 寝不足のせいで目の下に隈まで作って、こんなに疲れた表情をしているんだぞ! かつての従業員と全く同じじゃないか!」
ファルを正面に見据えたまま、俺を指差す。
ウェステイル商会はそういう状態の人が沢山居たということか。さすがは労働環境が問題になった企業。中々に過酷な職場だったようだ。
ただ、俺に関して言えば。
「すみません、これ元からなんですよ」
「そうね。会った時から変わらないわね」
…………。
……。
「そっ、そうだとしても明らかに酷使しすぎだ! そこまでする必要はないだろう!? このギルドの規模ならもっと仕事を減らしても十分にやっていけるはずだ!」
経営には関わっていないので固定費などの詳細はわからないが、依頼料や俺とルミエナの人件費のバランスから考えると今の仕事量から……そうだな、半分ぐらい減らしてもギルドの維持や生活は可能だろう。
けどファルは絶対にそれはしない。
勿論仕事をしたいという俺の希望を汲んでくれているというのもあるが――。
「私が目指しているのはトップクラスのギルドよ。そこに辿り着くには資金も、人も、実績も足りない。だったら他より何倍も頑張るしかないでしょう?」
シエラさん、ロイヤルブラッドのギルドマスターと初めて会ったあの日。
俺はファルの目標をこの耳で聞いた。そこに辿り着くためにファルは命令し、俺達はそれに応える。経営者と従業員の適切な関係だ。
「…………はは、血は争えない、ということか……」
おじさんの乾いた笑い。
ファルに詰め寄ることを止め、ふらふらと近くにあった椅子に、力なく腰掛けた。
「人はね……求めすぎてしまうんだよ」
そうしておじさんは語り始めた。
かつて存在していたブラック企業、ウェステイル商会のことを――。




