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41話 ウェステイル

「さて……どうするかな」


 広場にある街の大時計を見上げる。

 予定よりも随分早く前の仕事が終わったため、次の依頼人との待ち合わせ時間まで結構な空き時間が出来てしまった。仕事の段取りも確認済み、前倒しで他の仕事に取り掛かるにはほんの僅かに時間が足りない。完全に手持ち無沙汰だ。

 どうやって時間を潰そうか考えていると――。



「そこの君、ちょっと良いかな?」


 突然声を掛けられた気がした。

 ふと辺りを見回してみると広場の隅、少し離れた位置に少しくたびれた感じのおじさんが座り込んでいた。身なりはあまり綺麗とは言い難く、座り込んでいる周りには何か道具のようなものが置かれている。


「靴、磨いていかないかい?」


 目が合ったところ、そう声を掛けられてしまった。

 どうやら靴磨きの商いをやっている人のようだ。確かにおじさんの前に置かれている足を乗せるには丁度良さそうな木箱や、何か薬品みたいなのが入った瓶など、俺が前世でも見かけたような靴磨き職人の店構えに見えなくもない。


「これから誰かと会うのだろう? そんな格好では失礼だよ」


 言われて自分の足元を見てみる。自分が思っていたよりも靴が汚れていた。

 ……そうか、さっきまで森で薬草採集の仕事をしていたからか。確かにこの汚れた靴のままで客先に出向くのは失礼というもの。

 ちらりと値段の書かれた看板を見る。今の手持ちでも十分に払える金額だった。


「ではすみません、お願い致します」


「ほいよ毎度あり。じゃあそこに足乗せて」


 言われた通り木箱に右足を乗せる。

 おじさんは慣れた手付きで手早く準備を行い、俺の靴を磨き始めた。


「これからまだまだ仕事かい?」


「ええ、まぁそうですね。今は次の仕事まで時間が空いちゃいまして」


 今日もいつも通りの仕事量。代わり映えのない、なんてことのない一日。

 起きて仕事してちょっと寝て起きてまた仕事する――とても充実した日常。


「そうかい……でも丁度良かった。ずっと君と話ししたいと思っていたんだよ」


「俺とですか? 多分初対面だと思うんですけど……」


 これまで仕事を通じて色々な人と会ってきたが、その全ての顔と名前は覚えている。しかしこの靴磨きのおじさんは、これまでの記憶の中の人物とは誰とも一致していない。


「はは、こちらが一方的に知ってるだけだよ。イーノレカのイトー君だろう? 不眠不死の。もうこの街で君のことを知らない人はいないんじゃないかな」


 どうやらいつの間にかそれなりに有名人になっていたらしい。

 そこまで広くない街だからというのもあるだろうが、これも普段の労働の賜物だろう。この世界に転生したばかりの頃は誰も俺のことを知らなかったのに、今は多くの人が知ってくれている。やはり働くということは社会的な繋がりを強く持てたりする素晴らしい行為だ。


「それで前から君に聞きたかったことがあるんだが……聞いてもいいかい?」


「はい。守秘義務に反しないことであれば」


 この世界にも守秘義務というのは存在する。

 ギルド管理局が定めた、依頼人のプライバシーを守るための実質法律のような規約もあれば、ギルドの内部情報を守るために各ギルドがそれぞれ定めたものもある。

 当然ながらそれらは遵守しなければいけないもので、守らないと何らかのペナルティがあるし、信用問題にも関わる。


「はは、そんな大それたことを聞くつもりはないよ」


 手際よく靴を磨きながら朗らかに笑う。

 その後、スッと真面目な表情になって。


「君は、仕事が辛くないのかい?」


 …………。

 ……。


「えっ? なんでですか?」


 思わず素で返してしまった。


「え? いや、その、君はなんというか、いつも働いてばかりだろう? それこそ不眠不死なんて二つ名が付くぐらい昼夜問わずに働いている。さすがに辛いだろう、そんな生活は」


「いえ、お陰様で毎日が充実してますけど」


「…………」


 ぽかんと口を開けたまま、固まるおじさん。

 先程までテキパキと動いていた手もすっかり止まってしまっている。

 その状態で数秒待つと、突然深呼吸をして、また靴磨きが再開された。


「そうはいうが君は誰がどう見ても働きすぎだ。雇い主は止めたりしないのかい?」


「いえ、特には」


 上司からストップを掛けられては意向に背けない体質の俺としては言うことを聞かざるをえないが、ファルに限ってそれはない。むしろ俺の能力を見極めながら日々限界ギリギリの仕事を割り振ってくれる。


「…………そうか」


 おじさんはそう言って何故か寂しそう、悲しそうに目を細める。

 そうしてしばらくお互い黙ったまま淡々と靴が磨かれ、もう片方の靴も磨き終わりそうな頃。


「君はロイヤルブラッドにも声を掛けられているらしいじゃないか。イーノレカにこだわる理由でもあるのかね?」


 再びおじさんから質問が飛んできた。


 どこから話が漏れたのかはわからないが、実のところシエラさんからは何度も……それこそ顔を合わせる度にと言っていいぐらい勧誘を受けている。その際、厳しい仕事が良いなら高ランク冒険者が居る方が選択の幅は広がるという説得も受けた。

 確かに冒険者ランク的に低級素材採集や失せ物探し、買い物代行など雑用に近い依頼しかほぼ受けられないイーノレカよりは、もっと高難易度なそれこそ生命の危険すらもある高ランク用の依頼に同行できるロイヤルブラッドの方が内容的には過酷だろう。仕事量に関しても俺が希望するだけの量を用意するとも言われている。

 けど、それでも俺はイーノレカを離れる気にはなれなかった。

 その理由を改めて考えてみると……。


「ファルが……今の雇い主が居るから、ですかね……」


 深く考えたことはないが、きっとそうなのだと思う。

 途方に暮れていた俺が見つけた光明。

 そして俺の突拍子もない願いを受け入れてくれた器量。


 俺は自分に染み付いた社畜精神は、過酷な仕事環境に身を置きたい欲求だと考えているし、実際そうなのは間違いない。けれどそれとは別に、ファルの恩義に報いたい、力になりたい、役に立ちたい、そういう気持ちも働く理由になっているのだと感じる。

 ファルの言う通りに働いてイーノレカを成長させる。そういう気持ちで働けているように思う。


「そうか……君はそこまで……」


 何かを言い掛け、言葉を止める。

 気になった俺は続きを促してみたが「なんでもない、すまないね」と返ってくるだけだった。




「終わったよ」


 それ以降特に会話もなく、淡々と作業をしていたおじさんが告げた。

 自分の靴を見ると、磨いてもらう前とは段違いに綺麗になっていた。これならお客様に失礼はないだろう。


「ありがとうございます。支払いは――」


 そう言いながら代金を手渡そうとしたところ、手で制され。


「お代は結構。その代わりといってはなんだが……一つ頼まれてくれないか?」





             ◇




 おじさんの頼みはイーノレカのギルドハウスに連れて行って欲しいというものだった。

 最初は場所がわからないだけだと思っていたので場所だけ教えようとしたのだが、なぜだか俺に付いてきて欲しいらしく、一応次の仕事までまだ時間が空いていることと、ギルド評判を考えて直接案内することにした。


「これはまた……大盛況だねぇ」


 ギルドに戻ると、5人ほど受付待ちらしい人が列を作って並んでいた。

 列の先頭にある受付ではファルが手際よく依頼を受領し、列を捌いているようだ。


「……彼女はいつもああやって受付をしているのかい?」


「ええ、そうですよ」


 とは言ったものの、営業時間中に帰社することは無いのでファルがこうして受付をしている姿を見るのは俺も初めてだ。

 今のイーノレカは低ランクの依頼をとにかく請け負って稼ぐ経営スタイル。当然数をこなすのだから、受付をする方も大変だろうという想像はしていた。

 そしてその想像は間違っていなかった。休みなく、絶え間なく受付業務をこなしているファルは、俺が帰社したことにも気付かないぐらい仕事に集中している。


「そうか……君ともうひとりの女の子が働いているばかりという訳ではなかったのだな」


 ファルにルミエナに俺。

 全員が全力で頑張っているからこそ、イーノレカは成り立っている。

 誰か一人でも欠けた時点で破綻してしまうギリギリのライン。だからこそ俺も、ファルも、ルミエナも妥協せず、手を抜かず、真剣にそれぞれの役割を全うしている。


「自分としては、雇い主には楽してもらいたいんですけどね……」


 トップ自ら頑張っている姿を見せられてしまうと自分の力不足を痛感してしまう。受付や事務仕事を任せられる人が欲しいところではあるが、俺とファルはまだ借金を背負っている身。経営が好調でもそこまでの余裕はまだ生み出せていない。


「君が悲観する必要はないよ。組織のトップ自らが現場に立つことで、周りの人を休み辛くさせる――あの子は昔私が教えたことを実践しているに過ぎないからね」


「…………昔、ですか?」


 もしかしたらファルの知り合いなのだろうか。

 もう少し深く聞いてみようかと考えていると。


「あら、イトーじゃない」


 次の人を呼ぼうとしたタイミングで俺に気付いたのだろう。


「こんな時間に帰ってくるなんて珍し――」


 そして次に続く言葉の途中、ファルの視線がとある場所で止まる。

 ファルが珍しく目を見開いて見つめているのは、俺の隣にいるおじさんだった。

 

「久しぶりだな。ファル」


 おじさんがファルの名を呼ぶ。

 その声色は、優しそうで、けれどもどこか悲しみを感じるようで。



「……………………お父さん?」



 ファルもまた、戸惑いを隠せない様子のまま、そう口にするのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 完結に向かって話を畳みにきているような気がするのは気のせいでしょうか
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