40話 私と仕事どっちが大事なの
冒険者ギルドの依頼というのは一般の人から請けるものと、管理局などを通して国から依頼されるものもある。それに加え頻度こそ多くはないが、これまで何度かあったように、同業他社……他のギルドからの依頼を請け負うことだってある。
つまりは絶え間なく仕事を続けるためには同業他社との付き合いも非常に重要。
それに直接仕事の依頼に繋がらなくとも、社外の人間との情報共有は非常に有益だ。広い視野を持とうとしても社内の人間とばかり関わっていると、どうしても視点が一定になってしまう。そこで異なる企業理念・思想・方法の元で働く人と関わることで新たな発見、気付きを得られることだってある。
なので俺はそういった効果を期待して、とある人物の相談に乗ることにしたのである。
のだが……。
「オレ、彼女に『私と仕事どっちが大事なの』って詰められてるんスよ……」
その凄くどうでもいい内容に、早くも切り上げたくなっていた。
◇
夜。イーノレカのギルドハウス。
閉店後、アポ無しで突然やってきたのはロイヤルブラッド所属の冒険者、カマセイ君だった。
『イトーのアニキ……ちょっと相談があるんスけど……』
突然の来訪。そしてカマセイ君らしからぬ深刻な表情。
きっと只事ではないと察した俺はファルに許可を貰い、報告書の作成や夜間作業の準備などを中断し、カマセイ君の相談に乗ることにした。更にカマセイ君の希望でファルやルミエナにも忙しいところを無理言って参加して貰った。
そしてそれは先程の彼の発言を聞いて判断ミスだと確信した。
なので。
「そんなの勿論仕事だろ」 「仕事よね」 「かの――しごとですね」
イーノレカ総出で即答する。当然皆正解だ。
「よし結論は出たな。じゃ、そういうことだから――」
「いやいやいやいや! あっさりしすぎッスよ!」
立ち上がり作業に戻ろうとしたところを焦った様子で止められてしまった。
「答えは出たじゃないか。満場一致で」
「いやいやいや、ルミエナさんとか彼女って言おうとしてたッスよ!?」
なんとしてでも引き止めたいのか、出任せまで口にするとは。
ルミエナがまさかそんな発言をする筈がないというのに。……まぁいい。改めてルミエナの口から正解を言って貰おう。それでカマセイ君の悩みは解決だ。
「すまないがもう一回言ってもらえるか? まぁ仕事より大事なものなんてないと思うが、念のためな」
「はい。おしごとのほうがだいじです」
「ほらな」
「ほらなじゃないッスよ!? 無理矢理言わせた感じになってるッス!?」
分かりきったことを改めて丁寧に聞いたというのにまだ納得がいっていないらしい。きっと彼の目は先入観か何かでフィルターが掛かっているのだろう。ルミエナはこんな感情を無くしたような表情でフラットな目線で答えているというのに。
「仮にッスよ? 彼女に『仕事のほうが大事だ』って伝えたら破局なんてこともあり得ると思うんス」
「良いことよね」
「そうだな。仕事に集中できる」
「全然良くないッス! 結婚まで考えてる彼女なんスから別れたくないんスよ!」
なるほど。
仕事と私生活を両立させたいということか。
個人的には仕事に打ち込むために別れる道を勧めたいが、家庭を持つことで一人の時よりも仕事に打ち込まざるを得ない状況に出来るという側面もありそうだ。
そう考えると、安易に別れに繋がるような言動を取るのは勿体ない気がしてきた。
「そもそもどうしてそんな話が出てきたんだ?」
悩み相談では結局愚痴を聞いただけとか、暫定の回避策のみで問題は先送りにしただけとか、そういう形で決着が付いてしまうことが多い。しかも一度そういう流れになってしまった場合、「前に相談したあの件なんだけど……」というような切り出しから何度も同じ相談を持ちかけられる可能性が非常に高まってしまう。
そうならない為に必要なのは根本的な解決。そして根本的な解決のためにはまず詳細をヒアリングすることが重要だ。
「オレ最近仕事頑張ってて、先月なんて10時間も残業したんスよ」
自分超頑張ってます的な雰囲気を出しながら語るカマセイ君。ファルとルミエナが「それって頑張ったうちに入るの?」的に首を傾げているのには気付いていない様子だ。
「それで休日とかも日頃の仕事の疲れを取るために寝て過ごしたりしてたら、彼女と過ごす時間が短くなって……多分それで言われたんだと思うんス……」
「なるほどな……」
話はわかった。
仕事に打ち込みすぎた結果招いてしまった悲劇。ささいなすれ違い。
であれば、根本的な解決も簡単だ。
「仕事の障害になるのであれば別れるべきだな」
「そうね。それが良いと思うわ」
「だから別れないッスよ!? どうしてすぐ別れる方向にもっていくんスか!」
彼女の存在を仕事の理由やモチベーションに出来るのであればいいのだが、障害になっては本末転倒。そう思ったが故のアドバイスだったが、どうしても別れる気はないらしい。
「別に私達は相談に乗ってあげてるだけだから最終的に貴方が決める話だけれど、そうね……少し現実的な話をしようかしら」
そう言ってファルは紙に何かを書き込み始めた。どうやら何かを計算しているようだ。
「概算だけれど配偶者1人と子供1人とした場合、生活するためには生涯でこれだけのお金が必要になるわ」
ファルが計算した金額の合計部分だけを見てみる。
「こんなにスか……」
「…………すっごい掛かるんですね」
「ちなみに税金も含めてないし、子供を冒険者学校に入れるとかするならここから更に増えるわよ」
生活費に関してファルに任せっきりなのでその辺りの経済や相場には疎いが、俺にとっても想定以上の金額だった。今の俺の給与では稼ぎきれないレベルだ。
「で、ロイヤルブラッドのDランク冒険者の給与が、大体これぐらいかしら」
「ほえー。Dランクだとこんなにいっぱいもらえるんですねー……」
…………あくまで今の俺の給与では、というところをもう一度強調しておこう。
カマセイ君の現給与ではなく、Dランク冒険者の給与で算出したのはルミエナにうちとロイヤルブラッドの待遇の差を感じさせない為だろう。案の定ルミエナはギルドによる格差ではなく、ランクによる格差だと捉えているようだ。
「…………これ稼ぐのに何十年掛かるんスかね」
「そこは貴方の頑張り次第じゃないかしら?」
冒険者ランクを上げたり、ギルド内で出世すれば当然殆どのギルドでは給与が増える。Cランク以上になればもっと早く必要な生活費を稼ぐことも可能。しかし逆を返せばEランクやFランクだともっと稼ぐのが大変になるということだ。
「あのギルドだと人が多い分当然出世争いも激しいでしょうし、仕事を頑張らないといけないのだけれど……そうなったとき、貴方の彼女は理解を示してくれるかしら?」
「…………あちらを立てればこちらが立たずってやつッスね……」
家庭を持ち、生活する為には多くの金がいる。
金を稼ぐためには仕事を頑張らなければならない。
なのに仕事を頑張ると、家庭を省みない。仕事のほうが大事だと捉えられてしまう。
非常に難しい問題だ。
やはり一番最良な手段は別れて仕事を頑張ることしかないな。うん。
「オレ、今ふと思ったんスけど、人ってそれぞれ価値観が違うじゃないスか」
「価値観?」
聞き返すと「そうッス」と頷く。
「例えば『食べること』っていう行動に関しても色々な考えの人がいると思うんスよ。『高いお金払ってでも美味しいもの食べたい』って人もいれば『とにかくお腹いっぱいになればいい』って人とか」
「確かにそうだな……」
俺の場合だと、とりあえず栄養さえ足りていれば早く済ませることだけを考えている。
「で、それと同じように『仕事』に対しての価値観も多分みんな違うんスよ」
「そうかしら? 私は何よりも優先すべきものだと考えているのだけれど」
「そうだな」
「そ、そうですね。同意です、はい」
「……聞く相手を間違えたッス」
まぁ価値観は人それぞれというカマセイ君の言うことはもっともだ。
人間の価値観は性別、家庭環境、今までのキャリア、考え方、過去の出来事など様々な要素によって異なってくるもの。ぴったり重なる方が珍しい。
そしてこの話でカマセイ君が言いたいことはおそらく。
「つまりは仕事に対しての価値観が一緒の彼女に乗り換えるってことだな」
「違うッスよ!? 隙あらば別れさせようとしないでくださいッス! お互いの価値観の違いをじっくり話し合って理解した上で歩み寄るんスよ!」
「そうか。頑張れ」
「頑張って頂戴」
「あ、あれ。反応薄いスね……オレ今結構良いこと言ったと思ったんスけど……」
「ど、どんまいです……」
価値観の異なる人同士が良好な関係を築くためにはお互いを認めて受容し合うことが大事だということは十分に理解している。しかしながら俺もファルも仕事を中心に考える者同士。仕事以外でそんな他人に気を遣った歩み寄りは不要と割り切っているが故に、適当な返答になってしまった。
「けどあれッスね。そう考えるとイーノレカの皆さんは価値観が似てるみたいなんで職場恋愛とかでも上手くいきそうッスね」
「そ、そうですかっ!?」
なぜかルミエナが強く反応した。
「え、ま、まぁ見た感じだけの話で言えばなんスけど……」
まさかルミエナがこんなに食いつくとは思わなかったのだろう。カマセイ君は若干引き気味だ。
しかし恋愛。しかも職場恋愛か。
前世での勤め先でも職場恋愛に発展していた人たちも居た。しかし激務も相まって長続きはしていなかった。ただ破局するだけなら別に良いが、気まずいのはお互い直接コミュニケーションを取ろうとせず、何か連絡するにも間に人を挟もうとするので業務に支障をきたしており、勿論俺も巻き込まれていた。
そんな過去の経験から俺は職場恋愛に否定的な立場にある。
理由は違えどきっとファルも同じ気持ち――。
「そうね。私も今のこのメンバーなら恋愛しても上手く行くと思っているわ」
…………。
……。
「そうだな、俺もそう思う」
上司の言葉は絶対なのである。
「そっ、そうですよねっ! 職場恋愛っていいですよねっ!」
いつになくルミエナが元気に見える。
まぁ女の子というのは古今東西恋バナとやらにやたらと食いつくらしいので、ルミエナも例に漏れず恋愛に憧れとかあるのだろう。
「ええ。例えばイトーとルミエナが付き合ったとして」
「はいっ! 付き合いますっ」
「いや仮に、だからな」
いくらルミエナが上司であるファルの命令を素直に聞く子だとしても、さすがに恋愛事まで命令されるというのは俺ですら度が過ぎていると感じ取れる。
「イトーばかりに仕事を押し付けるとするでしょう? それで仕事に忙殺されるイトーを見て、貴方はどうしたいと思うかしら?」
「勿論手伝いますっ」
ふんす。と鼻息が出そうなほど、気合い十分といったルミエナ。仮定の話ではあるがその気持ちは非常に有り難く、大いに成長を感じる。
「でもそれはイトーの仕事で、貴方の仕事じゃないから給料は出せないわよ? それでも手伝うかしら?」
「手伝いますっ。助け合ってこその恋人ですからっ!」
「――という感じにすれば一人分の人件費が浮くのよ。だから職場恋愛は歓迎よ」
相変わらずファルの考えはえげつなかった。
「アニキ、なんか頭痛してきたんスけど…………」
「……気にしないほうが良い。きっとそれが普通の反応だ」
一連のやり取りに頭痛すら感じるカマセイ君。
そして俺は俺の予想すらも良い意味で裏切ってくれるファルのその発想に、心のなかで満足気に頷くのだった。




