35話 休日の過ごし方その1 普段手が回らない仕事を片付けよう
休日。
それは業務などが休みになること。そう記憶している。
前世の会社でも休日というのは設けられていた。土日祝と正月の三が日。大体暦通りが休日という「設定」だ。
勿論ただの設定なので実際は休みよりも出退勤記録を付けずに出勤する日の方が多く、ハゲ部長を始めとした偉い人達が不在だったり、取引先と連絡が取れない日という認識でしかなかった。
そんな生活を前世で送り続け、今世では初めての休日なので。
「……目が覚めてしまった」
平常通り、夜明け前には目が覚めてしまうのである。習慣というのは恐ろしい。
今日は休日。しかもファルからは『貴方放っておいたら休みの日でも仕事しそうだから命令しておくけど、仕事してはだめよ』と釘を差されているので勝手に溜まっている依頼を片付ける訳にもいかない。なんでも責任者が休んでいる時にトラブルを起こされると管理局辺りが五月蝿いからだそうだ。
「けどなぁ……」
仕事をせずに今日一日を過ごせというのは俺にとって拷問だ。
何せこの世界には娯楽施設がない。あったとしても金が無い。呼び出しや問い合わせ確認の電話が掛かってくるかもしれない恐怖に怯えずに済む休日なんて、前世での入社以来なので思いっきり寝て過ごしたいという気持ちも僅かにあるが、それで生活リズムを崩してしまったり身体を鈍らせるのは愚の骨頂。寝て過ごすのもありえない。
ギルドの為とはいえ、仕事以外のことで時間を潰すとなると中々大変だな……。
「……いや待てよ?」
ギルドの為に休まなければならないのであれば、その休日をギルドの為に使うのはごく自然な流れではないだろうか……?
うん、そうだ。絶対そうだ。仕事をしなくともギルドの為になることがきっとある。
「とりあえず下に降りてみるか」
まずは掃除から始めて後はそうだな……勉強でもするか。仕事を通してこの世界に関する知識を日々蓄積しているが、それでもまだ足りない。知識不足のせいで仕事に影響を及ぼさないように勉強しておこう。前の世界でも就業後に資格勉強をする社会人も多かったしな。休日に勉強に励むのは普通のことだ。
そう思いながらまだ寝ているであろうファルを起こさないように忍び足で慎重に一階へと降りると――。
「はぁ……やっぱり起きてきたわね」
ファルがいた。
しかも手にはペンを持っていて、何か書き物をしているようだった。
普段起きていないような時間帯に起きて作業しているということは……。
「仕事かっ!?」
「違うわよ」
緊急の依頼が入ったのだと思ったのだが即座に否定されてしまった。
「ちょっと訓示を考えてたのよ」
「訓示?」
「ええ。ギルド内での意思統一に役立てようと思ってね。組織が大きくなるほど大事になってくるから今のうちに作っておきたいの」
なるほど。いわゆる社訓ってヤツか。それは大事だ。
朝礼の時に大声で暗唱しないといけないぐらい大事だ。もし覚えていなかったり声が小さかったりした場合にはやり直しを強いられるぐらい大事だ。
「けど今日は休日だろ? そんな日に作らなくてもいいんじゃないか?」
休息はとても大切。
特にファルの代わりなんていないのだからもっと身体を大切にして欲しい。
「普段は忙しいからこういう時ぐらいしか出来ないのよ」
受付と事務とギルド経営。その三つをファル一人で回している。
俺がどれか一つでも手伝えればいいのだが、事務作業をするには知識不足。受付業務をするに分身でもしない限り無理。経営に関しては下っ端の俺が口を出すべきではないので力になることが出来ず、結果としてファルに結構な負担をかけてしまっている。
「俺も手伝おう」
ならば社訓作りを早く終わらせ、休日を満喫して貰うのが今の俺に出来ることだ。
「言っておくけど今日は休日だから給料は出ないわよ」
「問題ない」
サビ残、サビ休日出勤には慣れている。上司の為、ギルドの為になることこそが部下の本懐。ここは元世界の知識も活かしつつ見事に社訓作りをサポートしよう。
「一応ウェステイル商会の訓示を参考にして草案を作ってみたのだけれど」
「どれどれ……」
『 頂点を目指すギルド<イーノレカ> 五つの訓示
一、遅刻厳禁、残業歓迎。周りより少しでも働く意欲を
一、損害は連帯責任。仲間に迷惑を掛けず掛けられずの精神で
一、優先すべきはギルドの益。それ以外の枷は捨ててしまおう
一、全てを委ねよ。上司の命には絶対服従
一、考えるな。時間は貴重。考える前に働け』
…………ウェステイル商会は潰れるべくして潰れたのだと理解した。
「どうかしら?」
「駄目だな」
俺の答えが予想外だったのか、一瞬きょとんとした表情をしたかと思うと、すぐに不機嫌そうにごく僅かにだけ口をとがらせて。
「どの辺りがかしら? 求人票と違って取り繕う必要がないから結構貴方好みに出来てると思うのだけれど」
「確かに俺好みではあるが……だからこそ駄目なんだ」
パッと見ただけでスッと頭に入ってきてすぐに大声で暗唱が出来るぐらいに心に染み渡るような訓示。
けどそれじゃ駄目だ。
洗脳もとい教育を完了する前にこの社訓を目にしてしまえば不信感を与えてしまうことになり、教育の枷となったり、逃げられたりしてしまう。それでは本末転倒。
誰が見ても悪いイメージを持ってしまうものは論外。最低でも賛否両論ぐらいのものでないと社訓を作らないほうがマシという結果になる。
「やっぱり社訓も求人票と同じで綺麗事を並べる方がいい。訓示で良いギルドだというイメージを持たせながら教育していく方が、最終的に良い戦力に育て上げやすい」
良いことをしているギルドに属している。人として高みにいる。そう思っている意識の高い人間ほど、困難な仕事でも勝手にやりがいに変換してこなしてくれるものだ。
「良いイメージ……どういったものがあるのかしら」
「例えばそうだな……『お客様第一主義』とか『顧客満足度を高める』とか『地域や社会に貢献する』とか」
実際は会社の利益の為に仕事をしているのだが、お客様の為、地域社会の為に質の高い仕事をしていると思わせることでモチベーションの向上やプロ意識を持たせることが出来る。
「あとは『社員は宝である。社員の幸せを願う、応援する』みたいなものもあるな」
実際は消耗品扱いなのだが、この訓示を刷り込ませれば酷使されても「期待されてるからこんなに仕事を任せてくれるんだ」とか「俺がこの仕事をやらなければ」などと勝手に勘違いや使命感から仕事に励んでくれる。
「教育は思考と思想を削ぎ取って空っぽにするか、こちらに都合が良いよう極端に偏らせてからが本番だ。だから訓示は耳障りのいいもの、イメージアップするようなもので駒候補を取り入れることを重視した方がいい」
「なるほど……勉強になるわね……」
先進国でありながらブラック企業大国の日本が培ってきたノウハウ。
他にも経営者がいかに凄いか素晴らしいかを刷り込み心酔させ、その下で働けることの幸せを感じさせるという技法もあるがこちらは難易度もリスクも高い。選ぶべきではないだろう。
「じゃあ……こういう感じならどうかしら」
『 頂点を目指すギルド<イーノレカ> 五つの訓示
一、志を持って自身の成長を目指し、常に挑戦せよ
一、困難な仕事を成し遂げてこそ、進歩がある
一、物事の成功には努力がある。努力を怠るな
一、計画を持て。正しい計画からは忍耐と工夫が養われる
一、自信を持て。自信があれば仕事に迫力も粘りも出る』
「………………凄いな」
ファルが走り書きした訓示を読んで、俺は素直に驚いた。
俺が見たことも聞いたこともないような斬新な訓示だったからではない。逆だ。前世でよく目に、耳に、口にした社訓と同じような意味を持つ訓示だったからこそ驚いたのだ。
たったあれだけの俺の意見で、この領域に辿り着いたファルには本当に驚くしか無い。
「働くのって家族の為だとか色々な事情があるでしょうけど、結局は自分の為という理由が一番強いと思うのよ。だから自身の成長を促すような訓示にしてみたのだけれど」
家族を守りたい。生活のため。世間体のため。
自分が家族を守らなければ、自分とその家族が生活しなければ、自分が世間様から悪い目で見られ家族にも迷惑がかかるかもしれないなどなど。
労働の理由はそれぞれだが、結局は誰の為何の為であろうが元を辿れば自分に回ってくる。であれば自分の為であるとも言えるだろう。
「贔屓目なしで完璧だと思う」
耳障りもよく、意識も高い。これなら違和感なく口にすることが出来、口にしているうちに自然と立派な企業戦士が出来上がることだろう。まさに非の打ち所がないというヤツだ。
「聞いておいてなんだけれど、貴方に絶賛されるのは不安しかないわね……」
日頃の言動のせいか、俺の意見を一般的な意見として取り扱うのは難しいようだが、これはある意味信頼の証だと思っておこう。
「まぁいいわ。詳細は寝直してからじっくり詰めるから」
「ん? すぐに作らないのか?」
「だって眠いんだもの。眠い頭で考えても効率が落ちるだけよ」
確かに眠いと頭の働きも鈍るし、峠を超えてしまうと今度は深夜テンションモードに入ってしまう可能性もある。徹夜慣れしていないのであれば尚の事一度寝たほうが効率が良い。
……まぁ現実は一睡する余裕もないことが多いのだが。
「イトーもせっかくの休日なんだからしっかり休んでおくのよ。休むのも仕事のうちだと思いなさい」
休むのも仕事のうち。
この発言はおそらく『仕事を第一に考えて休日を過ごせ』という意味だろう。万全の体調で仕事に望むために休むのも、今後の仕事に備えて勉強しておくのも変わりはない。
元より上司の言葉に首を振ることはないが、そういう意味だと受け取り喜んで首を縦に振る。
「それじゃおやすみなさ――」
ファルがそう言いながら二階へと上がろうとしていた時だった。
ギィィィ。
『本日休業』の札が掛かっているはずのドアが、耳障りな音を響かせながら開いた。
そしてそこから現れたのは強面の男性。
「――よう。相変わらずイトーは不健康そうな顔色してやがるな」
右手を軽くあげ、そう口にしたのは俺達の以前の雇い主。
奴隷商人のローガンさんだった。
「……今月の返済は済んでいる筈だけれど、こんな朝早くから何の用かしら?」
意外な人物の突然の登場に戸惑う俺とは違い、ファルは平然としている。
「待て待て。今日は取り立てに来たわけじゃない。最近噂をよく聞くイーノレカに依頼したいことがあってな」
「表の札が見えなかったかしら? 今日は休みよ。出直して頂戴」
「まぁそう言うな。依頼がうまくいけば報酬とは別に、借金の支払期限延ばしてやってもいいからよ」
「……詳細を聞こうかしら」
ファルはそう言って二階へ上がろうとしていた足を止め、テーブルに戻ってくる。
「いいのか? せっかくの休日なのに」
「優先すべきはギルドの益よ」
さすがは我が上司。
自らも厳しい労働環境に身を置くだなんて、そんな姿を見せられては部下の俺も頑張らざるを得ない。
「依頼の契約さえ終わればあとはイトーに任せるから、そう時間は掛からないだろうし」
……ま、まぁ実際に現場で働くのは俺だからな。何も問題はないな、うん。
そんな訳で突然の休日出勤が決定したのだった。
前世では通勤距離の問題で電話での呼び出しから会社に着くまで時間が掛かったけれど、イーノレカは徒歩0分。移動の時間を省き、すぐに仕事に取り掛かれる本当に素晴らしい労働環境です。




