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33話 天才魔術師 ※ルミエナ視点

「や、やった……やりました……!」


 あたしの目の前には黒焦げになったワーウルフの死体。

 一人での戦闘は初めてで不安でしたけど、傷一つ負うことなく勝てました。索敵魔術が上手くいったお陰で魔狩りの鎖のみなさんより早く見つけられたので、焦ることなく戦闘に望めたのも大きいかもしれません。

 とにかくこれであたし達の勝ちです。はやくイトーさんやファルさんに報告――。

 と思った瞬間、嫌な予感がしたあたしは素早く横に移動し、そしてその直後に氷の刃がワーウルフの死体に突き刺さりました。


『仕事は報告が終わるまでが仕事なんだ。だから絶対に報告を終えるまでは気を抜かないようにな。絶対にな。マジで。大変なことになるから』


 研修のお仕事から帰ってきたイトーさんが教えてくれたこと。

 きっとこの言葉がなければあたしは――今の一撃でやられていたと思います。


「――お荷物の癖に勘だけはいいようだな」


 暗がりから現れたのはあたしが前に所属していたギルド<魔狩りの鎖>のギルドマスターさん……と、いつもマスターさんにくっついてる二人の男の人。


「ど、どーして攻撃してきたんですかっ! 魔物ならあたしが倒しました! あたし達の勝ちですっ!」


 以前のあたしなら何も言い返せなかったけれど、あのめーし配りのお陰でちゃんと抗議することが出来ました。知らない人にいきなりめーしを配るより、こっちが正しいことを主張するぐらい屁でもないです。


「はっ! 何言ってんだこいつ。魔物を倒したのは俺達だろ? なぁ?」


 マスターさんが二人に問いかけ、二人もその通りだと頷きました。


「俺達魔狩りの鎖が魔物狩りにおいて遅れを取るだなんてあり得ないからな。特にポンコツ根暗魔術師相手には尚更な」


 ゾクリ、と恐怖を感じるような口調と視線。

 不味い――そう感じると同時に身体が動いてくれました。


「11ページ――魔術障壁二式っ!」


 あたしの前方に魔術で作られた壁が現れる。直後、風と炎の魔術が障壁を襲った。

 ――攻撃された。何故、という疑問は浮かんできません。そこまで察しは悪くないつもりです。マスターさん達は手柄を横取りしようとしている。きっと私が魔物を倒したのだと主張する限り攻撃の手を緩めるつもりはないと理解出来てしまいました。


「ちっ、何腑抜けた攻撃してやがる。魔術師相手には接近戦だろうがっ」


 マスターさんに檄を飛ばされて二人がこちらに向かってきます。

 接近戦は多くの魔術師にとって鬼門。

 特にあたしのような鈍くさくて、勉強することぐらいしか出来ない魔術師には弱点でしかありません。

 けど……弱点がわかっているから、当然補う方法も考えてます。


「48ページ――拘束魔術五式!」


「く、くそっ。動けねえ!」


 まずは一人の足止めに成功……ですけど、もう一人がこちらに向かって来ています。近く寄られすぎていてどの拘束魔術を放ってもあたしも巻き添えを食らう距離。

 でも魔術は日々研究され進化しています。

 明かりを灯したりなどの日々の生活を便利にする生活魔術。敵を攻撃するための地水火風の四属性を持つ攻撃魔術、攻撃から身を守る為の障壁を展開する防御魔術。

 それから――身体能力を向上させる、強化魔術。


「229ページ――加速魔術零式!」


 唱えた瞬間、身体が軽くなったのを感じました。相変わらず不思議な感覚です。

 常人が一歩を踏み出す間に、二歩も三歩も先を行くことの出来る加速魔術。さすがにイトーさんやリースちゃんみたいな滅茶苦茶なスピードは出せませんが――。


「なっ、避けられただと!?」


 それでも鈍くさいあたしが、攻撃をひょいっと躱せるほどには素早く動けるようになります。


「こいつ……ちょっと前までお荷物だった癖に……!」


 きっと以前までのあたしだったらここまで冷静に動けていません。怖くて縮こまって、ワーウルフ討伐の手柄もすぐに譲っていたと思います。

 けれどこれは仕事です。成果は絶対にあたし達イーノレカのものでなくてはなりません。報告を終えるまでが仕事なんです。だからこの場を切り抜けるのも仕事のうち。出来るか出来ないかではなく、やらなくちゃいけないのが仕事なんです。

 あたしは、ちゃんと仕事をやり遂げてみせます――!


「76ページ――」


 決意を胸に反撃に転ろうとした時でした。


「あ、あれ――」


 突然足がガクンとなり、その場でへたりこんでしまった。

 一体何が起きたのか自分を冷静に観察すると、自分の息が上がっていることに気が付きました。

 要は――体力切れです。

 索敵魔術を用いて廃鉱山内を走り回り、ワーウルフを討伐し、一連の魔術の連続使用。貧弱なあたしの体力がなくなってしまったようです。


「やっぱりお荷物はお荷物だったな」


「ったく手こずらせやがって」


「まぁでも、この魔術書がなけりゃもうお前は何も出来ないって訳だ」


 へたりこんだ時に手放してしまった魔術書が、マスターさんに取られてしまいました。

 魔術陣がなければ魔術は発動せず、戦闘中に一々魔術陣を描いている暇もないので魔術師にとって組込魔術は文字通りの生命線。


「ボス、あとは俺にやらせてください。さっき躱されて消化不良なんですよ」


「いいぞ。好きにしろ」


 もう一歩も動くことができないあたしに向かって歩いてきます。

 魔術書もなく動く体力もない人が対象。後はもう武器を振り下ろすだけの簡単なお仕事だと思っていることでしょう。

 けど……それは大きな間違いです。


「――!? ばかっ! 離れろ!」


 さすがに帽子に手を置くポーズは不自然だったかもしれません。

 気が付いたマスターさんが忠告します……けど、ここはもう適正距離内なんですよね。


「風魔術――三式っ!」


 発動した瞬間、突風が吹きあたしに攻撃をしようとしていた男の人を襲います。大の男を吹き飛ばすほどの突風は対象者が壁に激突するまで吹き続け。


「がはっ…………ぐぁ……」


 壁に叩きつけられた男の人はどうやらそのまま気絶してくれたようです。


「テメェ……まだそんな力を隠し持ってやがったか」


「組込魔術は元々装飾品に施されるものなんです。魔術師であるあたしが備えておかない筈ないじゃないですか」


 帽子の他にも至る所に組込魔術を用意してある。

 さすがに本を失った瞬間何も出来ませんーというのは格好悪いですから。


「糞が……ポンコツ根暗魔術師の癖に」


「ぽんこつじゃありません」


 あの人が、イトーさんが言ってくれた。めーしにも書いてくれた。

 ファルさんも……お給料的に考えたらあたしのこと評価してくれていると思う。

 だからあたしはお荷物でもぽんこつなんかじゃなくて。


「あたしは天才魔術師ルミエナ・レイマークですっ!」


 根暗……という点を否定は出来ませんが……。前髪で目が隠れてないと落ち着きませんし、明るい性格にもなれませんし……うん、そこは諦めましょう。


「はっ、言うじゃねえか……なら天才魔術師様の逆転劇でも見せて貰おうか」


 マスターさんが顎で「行け」と残った男の人に命令を出しました。

 さっきの方と違い、あたしの一挙一動を見逃すまいと警戒しながら近付いてきます。

 ……さっきはあんな啖呵切っちゃいましたけど、実はもう魔術を放つ体力は残ってないんですよね。次無理矢理打ったら間違いなく気絶しちゃいます。

 だから良くてこの人と相打ちがあたしの精一杯。でもそれじゃお仕事失敗ですよね……。

 ごめんなさいイトーさん。

 あたしなりに頑張りましたけど、やっぱりイトーさんにようには――。



「よく頑張ったな」



 声が聞こえた。次の瞬間、風が吹いて。


「あ…………が…………」


 気が付けばあたしに近付いてきていた男の人がピクピクと痙攣して倒れていて。

 いつも仕事で走り回っている時によく見ていた、頼もしい背中が目の前にあった。



「しばらく休んでいろ――ここからは、先輩が仕事を引き継いでやる」

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