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32話 対決、魔狩りの鎖

 賠償金の支払いを賭けた、魔狩りの鎖との対決。

 勝負内容は『どちらが先に対象の魔物を討伐出来るか』というものだ。

 場所はボールスの街から馬車に二時間は揺られないと辿り着けない距離にある廃鉱山。ここに住み着いた魔物がいるということで、ふもとにある鉱山町から出された依頼を利用した勝負だ。

 とにかく相手よりも先に住み着いた魔物を倒せばいいという単純なルール……だが。


「……せめてルールに参加人数上限を決めておくべきだったと俺は思う」


 イーノレカ側、俺とルミエナの2名。

 一方で魔狩りの鎖側、ギルドメンバー総出の――22名。その差20人。

 地図を見る限り廃鉱山は滅茶苦茶広いとまではいかなくとも結構な広さだ。現在住み着いた魔物が何処にいるかも不明なので討伐する前にまずは捜索から始める必要がある。

 なので必然的に人海戦術を取れる向こう側が完全に有利な条件だ。


「逆に考えてみなさい。これでこちらが勝てば相手を完膚なきまでに叩きのめしたと吹聴して回れるでしょう? そうなればイーノレカが中堅ギルド以上の力があると簡単に証明出来るようになるのよ」


 まぁファルはそれが狙いだからわざと人数制限を設けなかったのだろうが……。実際に勝負する人間にとってはたまったものではない。とてもやりがいのありそうな仕事を与えてくださりありがとうございます。


「すみませんイトーさん……あたしなんかの為にこんな……」


「何度も言っているが気にするな。困っている仲間を助けるのは当然だ」


 と言っておいて今後無茶振りしても断りにくいように「困っている仲間を助けるのは当然」という意識を植え付けておく。これも教育の一環である。



「イーノレカの皆さんよ。こっちも暇じゃねーからとっとと始めるぞ」



 小物……じゃなかった。魔狩りの鎖のギルドマスターが面倒くさそうに言う。

 暇じゃないと言いながらもギルドメンバー全員をこの勝負の為にわざわざこんな場所に集めたのを見るに、やはり色々と器が小さい男なのだろう。

 ファルが「構わないわ」と返事をしたのを確認し。


「じゃあ――開始だ」


 男の合図と共に、両ギルドのメンバーが一斉に廃鉱山へと駆け出す。

 俺が本気を出せば誰よりも速く走れるだろうがそれはしない。圧倒的な人数差を覆すのは俺の速さだけではどうあがいても無理だ。

 ただ、俺達には秘策がある。ルミエナに全てが掛かっている秘策だ。


「ふひー……ふひー……」


 仕事で俺について走り回っているとはいえ、ルミエナは基本体力不足。廃鉱山に入り少し道なりに進んだところで既に息が上がっていた。

 だがまぁ廃鉱山には辿り着いた。あとはこの辺りで秘策を――。



「――おいおい。ポンコツ根暗魔術師の方はもうバテてるじゃねーか」


「ははっ。相変わらずのお荷物っぷりだな」



 その言葉を皮切りに、ぞろぞろと現れる魔狩りの鎖の人達。円になり俺達を取り囲んだ。

 …………なるほど。こうきたか。


「冒険者同士の私闘は禁止じゃなかったか?」


「ああ禁止さ。けどここじゃ管理局の目は届かないだろう?」


 全く悪びれた様子もなく言うギルドマスターの男。

 最初から魔物討伐の早さを競うのではなく、俺達をここで潰すなり足止めするなりしてから討伐しようという魂胆だったか。


「そこのお荷物はともかく、テメーは何しでかすかわからねえって噂だからな。念には念をだ」


「そりゃどうも。あとルミエナはお荷物じゃないぞ。俺の誇れる後輩だ」


 言った瞬間、どっと笑いが起きた。


「そこのポンコツが誇れる!? イーノレカはよっぽど人材不足なんだな」


「冗談が上手いなこいつ。そこの根暗がどれだけ俺達に迷惑かけたか知ってんのか?」


「変な方向に魔術を打って他の奴を巻き込もうとするわ、戦闘が無理なら雑用でもしてろっつっても体力も力もないから荷物持ちすらできねえわ、ただの給料泥棒だぜ給料泥棒!」


 周囲を取り囲んでいる誰もが、ルミエナの悪口を口々にする。

 正直聞いていて気分のいいものではない。


「それは単にお前達の指導や指示が悪かっただけだろう。現にこっちではルミエナはよくやってくれてるぞ。俺としては大助かりだ」


 そりゃ山賊との一件で俺ごと拘束魔術をかけたり、追い詰めた猫を取り逃したり、走り回る必要がある時は体力の回復を待つ度に仕事が滞る時もある。

 だがそれでもルミエナは真面目に頑張っている。理不尽とも思える名刺配りも見事にやり遂げた。

 仕事に対して真剣に頑張っている者を、誰が笑い飛ばすことができようか。


「だからお前らが今みたいな汚い手を使ってこようが何しようが、俺達は二人でお前達に勝ってみせる」


「ハッ。口だけならなんとでも言えるが現実を見ろよ。お前達がここで足止めを食らってる間に俺はゆっくりと魔物を探す。それで勝負有りだ」


 確かに小物の言う通り、状況は圧倒的に悪い。

 研修の時に多人数を相手にはしたものの、あの時はDランク以下の戦闘力が低い研修生が相手で、今はBランクを含めた多数の実力者に囲まれている。簡単にはいかないだろう。


「後は任せたぞてめーら。あの不眠不死が相手だ。くれぐれも油断するんじゃねーぞ」


 そう言って二人の共を連れて廃鉱山への奥へと向かう小物。

 包囲の数は減ったが……それでも相手は多数のまま。

 が、まだ手は残されている。


「ここは俺に任せろ。ルミエナはあの三人より先に魔物を討伐してくれ」


「え……あ、あたし一人でですか?」


 表情が不安に曇る。

 俺達のランクではワーウルフは二人以上で戦うことが義務付けられている魔物。ルミエナには少し無茶な注文かもしれない。


「大丈夫だ。お前ほどの優秀な魔術師なら一人でもやれる」


 けれどルミエナはランク不相応といってもいい程の魔術がある。

 ドジさえ踏まなければ遅れを取ることのない魔物だ。


「で、でも……」


「いいかこれは仕事なんだ。だったらどうすればいいのか、わかるよな?」


「仕事…………なら、やらなくちゃ……ですね」


 やるかやらないか。

 出来るか出来ないか。

 そのどちらでもない。仕事はやらなくてはいけないのだ。やはりルミエナは真面目で出来る後輩だ。しっかりと俺やファルの教えたいことを理解してくれている。


「よし決まりだ。まずはこの包囲を突破する。しっかり掴まっていろよ」


「ふぇっ!? い、いとーさんなにを……!?」


 俺はルミエナをいわゆるお姫様抱っこという形で抱き上げる。

 突破する方法を何パターンか考えたがこれが一番手っ取り早く安全。

 相手の頭上を飛び越え、包囲の向こう側へ着地するイメージをする。

 そして動き出した瞬間、イメージ通りに事は済んだ。


「は――はあっ!?」


「な、何が起こったんだっ!?」


 突如包囲から抜け出した俺達を見て慌てだす魔狩りの鎖のメンバー達。

 慌てふためく様子を見るのは中々気分がいい。強キャラ感出せてるぞ俺。


「よし仕事してこい」


「は、はいっ!」


 背中を物理的、気持ち的に押して送り出す。

 三人組には出遅れたもののルミエナには秘策がある。今からでも出し抜くことは十分に可能だ。


「な、何ぼさっとしてやがる! 追うぞ!」


「それはさせないぞ――っと」


 俺を無視してルミエナを追おうとした一人を蹴り飛ばす。

 本当は俺も一緒に行くべきだが、この人数を放置して後から追ってこられるのも人海戦術で魔物を探索されるのも困る。

 だから。


「お前達をここで足止めする――それが俺の仕事だ」


 仕事には役割分担がある。

 俺は俺の役割をしっかりと果たすとしよう。




                 □




「ば、化物かよ……」


「こっちにはA級魔物討伐者もいるんだぞ……なのにこんな……一方的に……」


 さすがはBランクの混じった魔物討伐のプロ集団。連携を始めとした戦闘技術、激痛が走るほどの高い攻撃力、本気で殴ったり蹴っ飛ばさない限り痛手を与えられない防御力。どれを取っても高水準を保っていた。

 ……が、「これだけの人数差で負ける筈がない」と驕りがあったのか油断があったのか、合宿の時に研修生達を相手にした時ほど苦しい戦いにはならなかった。

 結果として最早誰ひとりとして俺に立ち向かってくる者はいない。

 これで俺の仕事は無事に果たせた。


「……てっきりすぐに追いかけるもんだと思ったが……いいのかよ?」


「ルミエナなら大丈夫さ」


 送り出した時の様子なら、きっと上手くやってくれる。


「分かってないなアンタ……今ここには管理局の目がない」


「そうだな。だから冒険者同士の私闘も思いっきりやれた」


「だからよ、魔物討伐中の不慮の事故ってのも起こり得るんだぜ?」


「――っ!?」


 不慮の事故。

 その言葉が何を意味するのか、今の状況から簡単に読み取れた。


「俺達は魔物狩りのプロだ。もし魔物狩りで先を越されたってなると、それはプライドが許さねえ。特に今のボスはプライドの固まりみたいな人だ」


 ……俺は少し、この世界の厳しさを侮っていたのかもしれない。

 ゴブリンに殴られてもちょっと痛いだけ、死ぬほど痛くても回復魔術である程度の痛みも傷も治る。模擬戦は安全に配慮した上で行われるし、魔物討伐で負った怪我はギルドに責任があるだとかホワイト企業だらけになるような法整備もきちんとしてある。

 だから、完全に油断していた。

 魔物を討伐し勝敗が決したその時点で勝負は終わるものだと思っていた。


「忠告感謝する。ただ俺の仲間に何かあったら――覚悟だけはしておけよ」


 そう言い残し、廃鉱山の奥へと急ぐ。


 ……頼む、無事でいてくれよ。

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