31話 親切丁寧に指導します
「そろそろ本腰を入れてルミエナの教育をしていこうと思うのよ」
魔狩りの鎖と勝負することになってしまった俺達。
対策を立てる為に一度ギルドに戻ってきたところ、ファルがそんなことを言い出した。
ちなみにルミエナはファルの命令により、当初の予定通り退勤済みでこの場にはいない。おそらく教育とやらの話を本人に聞かれたくなかったのだろう。
「教育って言ってもなぁ……ルミエナはよくやってくれてるぞ?」
簡単な依頼ばかりとはいえ、その分他ギルドよりも明らかに拘束時間も仕事量も多いイーノレカ。それでも不満一つ漏らさずにしっかり働いてくれている。教育をするまでもなく真面目でよく出来た後輩だ。
「そうね。貴方と一緒に仕事をしてる時は問題ないわ。でもこの間あの子一人で仕事をして貰った時があったでしょう? その時に完遂できた依頼がこれなんだけど」
そう言ってファルが一枚の紙を差し出した。俺がロイヤルブラッドの研修合宿に行っている間、ルミエナがやってくれた依頼のリストのようだ。
このリストを見る限り二日間で結構な数をこなしてくれている。なのに何故かファルは不満そうだが、これ以上を求めるのはさすがに要求が過ぎるというものだ。
…………と、言いたいところだが。
「やっぱりこうなってたか……」
依頼をこなした数は問題ない。が、その内容に問題があった。
リストにあるのは全て素材収集の依頼のみ。納品をする時にだけ依頼者と短いやり取りをすれば済むだけのもの。しかし迷い猫や失せ物探しなど聞き取り、聞き込みが必要で、大体接客を任されることの多い店の手伝いなどの依頼は全くこなしていなかった。
「あの子、どうも人と接するのが苦手みたいなのよね」
「まぁ……そうだな」
それは勧誘の時点で気付いていた。
俺が先輩としてフォローすれば良いと思い、これまで依頼人とのやり取りや聞き込みなどはすべて俺がやってきたが……それが裏目に出てしまったようだ。
「毎回イトーと一緒に仕事っていう訳にもいかないから、そろそろなんとかしておきたいのよ」
「なるほど……」
今はまだなんとかなっている段階だが、俺の冒険者ランクが上がれば泊りがけの依頼も入ってくるようになってギルドを空けることも多くなる。それにギルドの規模が大きくなれば人員を増強することになり、ルミエナも先輩になる。後輩を引っ張っていく為にも改善するべき問題だろう。
「けど、どういう教育をすればいいのか悩んでるのよ。何かいい案ないかしら?」
人と接するのが苦手。人付き合いが疲れる。
他人が何を考えているのかわからないから。自分はどうせ低く見られるから。周りの期待に応えられないから。そもそも他の人に興味はないから。人に気を遣うのが面倒だから。傷付くのが嫌だから。などなど色々な考えや原因の元、結果として人と接するのが苦手、嫌いになった人も少なくはないだろう。
それらの原因を取り除いて克服するのが一番ではあるが、そう簡単に出来るものではない……が。
「それなら丁度いい教育方法があるぞ」
人と接するのが苦手でも、仕事上のやり取りぐらいはこなせるようになる。そんな都合の良い研修が前世で勤めていた会社で行われていた。
「それってイトーも受けたことあるの?」
「あるぞ。新人時代にな」
「なら安心ね」
内容よりも先にそれを聞いてしかも納得してくれるとは。これも一種の信頼と考えて良いのだろうか。
「けどそれには少し準備する物が必要でな……」
「いいわよ。少しぐらいなら運営費から出してあげる」
この研修には準備が必要不可欠。
ギルドの未来の為にも遠慮なく言わせて貰おう。
「厚めの紙と、書くものを」
その二つで作るものは、ズバリ名刺。
名刺を使って行う新人研修と言えば――路上名刺交換だ。
□
俺は前世で入社するまでは、どちらかといえば内向的な性格だった。
別に友人がいなかった訳ではない。別に友人がいなかった訳ではない。ただ自分から積極的に意見する方ではなく、周りに合わせる流され系タイプだった。
しかしそんな俺がお客様との打ち合わせ、大勢の前で行うプレゼンもしっかりと自分の言葉で話すことが出来るようになり、業務終了後(なのに強制参加)の飲み会などの付き合いも苦痛でも苦痛だとあまり感じなくなるほどに成長した。
これも全て新人研修で行った名刺交換のお陰であるのは間違いない。
名刺交換と言えば初対面の相手と交流する入り口の一つ。通常であれば打ち合わせなどで初めて顔を合わせる時など、ビジネスの場において交換するのが一般的。
しかし新人研修では名刺交換を、駅前で道行く見知らぬ人相手に行えと命令された。しかも100枚集めるまで会社にも家にも帰れないという恐ろしい条件付きで。
初対面で何の接点もない人に名刺交換を申し込むのはどれだけハードルが高いか、簡単に想像がつくだろう。
勇気を出して話しかけたところで得体の知れない新人社員との名刺交換に応じてくれる人は少なく、無視されるのは当たり前。名簿業者なんじゃないか、セールスに遣うつもりなんだろうと疑われるのも当たり前。こんな研修させるような会社にいるべきじゃないと説教されることもあった。
けれどそれを繰り返していくうちに、最初は話しかけることすら躊躇していたが次第にまごついている時間が惜しい、このままでは帰れないという気持ちから積極的にガンガン名刺交換を申し込むようになっていった。
その結果多少のことでは緊張しない、苦にならない程度の精神力を身に付けた上に、嫌な仕事をやっている時も『名刺交換研修に比べたらマシ』と考えられるようになるという副次的効果もあるなど、総合的に見て素晴らしい研修だったと今になって実感している。
なのでルミエナにもこの素晴らしい研修を行って貰おうと、翌日一緒に中央広場までやってきたのだが――。
「む、むむむむ無理ですぅ……」
めちゃくちゃ震えた声で拒否されてしまった。目元は髪で隠れて見えないが、おそらく涙目になっているであろうことも簡単に予想できる。
「無理は承知の上だ。でも頑張れ」
予想通りだがこの世界に名刺の文化はない。なので奇異の目で見られるかもしれないが、その分日本で行うよりも絶大な効果がある。それに名刺を配るだけで集める必要がないので要はチラシ配りを少し丁寧にするだけで済むのでさほど難しいことはないだろう。
「で、でもやっぱりこのめーし? でしたっけ。嘘を書くのはよくないと思うんです」
「嘘? どの辺がだ?」
俺がルミエナの為を思って作った手書きの名刺50枚。紙代も安くはなかったので出費が嵩んだ分、しっかりとレイアウトや文面を考えた上で作った名刺だ。嘘偽りなどあるはずがない。
ちなみに文面はこうなっている。
『ギルド<イーノレカ>所属 天才魔術師 ルミエナ・レイマーク
魔術に関するご依頼は勿論その他多数のご依頼、受け付けます』
「え、えとこの………………て、天才魔術師ってところです……ふへへ」
指摘しながらも嬉しそうに口元を歪ませている。なかなか器用だ。
「それは本当のことだろう? 俺の知る中でルミエナは一番の魔術師だ」
これは研修合宿の時にロイヤルブラッドの魔術師から聞いた話だが、カマセイ君のアースバインドはCランクの魔術師相当に完成度が高いらしい。そしてそれよりも強力な拘束魔術を、しかも距離によって複数の魔術陣を構築しているルミエナは魔術師として非常に優秀なのだと思う。
……まぁ山賊との一件を見るに、構築に限っての話になるが。
「そ、そですかね。あたし、天才ですかねふへへ」
「ああ天才だ。だから名刺の50枚ぐらいささっと配れる筈だ」
「ふへへぇ任せて下さいこんなのちゃちゃっと――――む、無理ですぅ……」
ちっ。
乗せればいけるかと思ったがそう甘くはなかったか。
「けどまぁやっぱそうだよな……」
いきなり名刺を配れって言っても困惑するのは当然。求人票や会社説明会の時点では『親切丁寧に指導します』と謳っておきながら、とりあえず名刺交換してこいとだけ言われて放り出された時の俺の気持ちと今のルミエナの気持ちは合致しているに違いない。
これ以上悲しみを生み出さない為にもここは俺の経験からいくつかのコツを教えておこう。
「まず最初に声を掛ける時、緊張するよな?」
「は、はい。どーすればいいんでしょうか?」
名刺配りの最初にして最大の難関である声掛け。
どんな言葉で声を掛けようか、どの人に声をかけようか、タイミングはどうしようか、無視されたらどうしようとか色々な考えが頭を巡り、緊張してしまうのが普通。
緊張しないためには慣れるしかないがそれをそのまま伝えたところでアドバイスの体を成さない。であれば。
「第一声の内容と、誰に声を掛けるかをしっかりと考えるんだ」
緊張の原因の多くは不安。
なので自分で完璧と思える下準備を整えさえすればそれが僅かでも自信に繋がり、不安を和らげてくれる。
「第一声は『すみません、少しお時間よろしいでしょうか』で、声をかける相手は同姓がいいだろうな」
これならば断られても「失礼しました」と一言言って引き下がればいいだけで、同姓であれば異性に声を掛けるよりもハードルが低く、相手からも警戒されにくい。
「その後は『私はこういう者です』と名刺を渡して『何かご依頼などありましたらぜひ当ギルドをご利用下さい』と一礼をして下がる。それだけで一枚終了だ」
前の世界では名刺の渡し方一つ一つに作法があるがここは異世界。失礼のない程度であれば簡略化しておいても問題ないだろう。
「とにかく最初の一枚が一番緊張する。でもそれさえ抜ければあとは大丈夫だ」
「わ、わかりました……やってみます」
緊張した面持ちで人だかりの方へと向かっていくルミエナ。
そして辺りをきょろきょろ見回し、ある一点で視線が定まった。視線の先は……なるほど、露店か。
基本的に客商売というものは愛想が命。将来の客になってくれるかもしれない可能性、そして評判の為にも周りの目がある場では客でなくとも無碍に扱うことはできない。確実に最初の一枚を乗り越えるという意味では限りなく正解に近い選択だ。
「あ、あのっ……」
「いらっしゃい。何にする? 今日は良いブドウが入ってるよ」
「えと、その……い、今お時間……」
「ん? 時間かい? まだ店じまいには早いからね。ゆっくり見てくれて構わないよ」
「あ、あたしはこういう者……その……」
「こういう物? ああ、果物の良し悪しの判別がわからないんだね。そうだねぇ……ウチは新鮮で美味しい物しか扱ってないけど強いて言うならこのブドウがお勧めだね。なんたってここ見てみなさいよ。ほら、水をしっかりと弾いているだろう? これはね――」
「……だ、だめでした」
「向こうの方が上手だったな……」
ルミエナの手にはブドウの入った買い物袋が提げられている。
あの流れでは名刺を差し出す以前に「買いません」とも言い出せない。さすがはプロの商売人。終始会話の主導権を握られていた。
まぁさっきのことは仕方ないとはいえ、この失敗でまた尻込みされるようになると困る。本当は何枚か成功した辺りで告げたかったことがあるのだが……このタイミングで言っておくか。
「名刺は全部で50枚ある」
「いっぱいですね」
そう、いっぱいだ。
紙、それも厚紙というのは意外と高い。それがいっぱいなのだ。
ギルドの宣伝も兼ねさせるという条件だったからファルも結構な金額を出してくれたのだ。
なので。
「これ、全部配り終わるまで帰れないぞ」
「…………えっ」
全て配り終えることが条件として付け加えられている。
ちなみに俺も監視役としてルミエナが全てを配り終えるまで見届けなければならない。その間仕事が完全に止まっているので、遅くなるほど後の仕事に影響が出る。
「……他に何かコツとかありますか?」
やらなければ帰れない。そして50枚という数。
かつての俺と同じように危機感を抱いたのか、やる気を見せてくれている。
ならば俺は先輩として経験者として最後の、超役に立つアドバイスを送るとしよう。
「人間――追い詰められたら大抵のことは出来る」
俺たち下っ端に無理という言葉は存在しない。してはいけない。
無理でも気合いと根性と機転と労働時間でなんとかするのが、仕事なのだ。
無理というのは嘘つきの(略




