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30話 違法請求

 ルミエナの給料の使い道を探る。

 プライベートの影響で仕事に支障が出た場合に備えて知っておく必要があるとか、知ることでギルド内の絆を強めるだとかそれらしい理由をつけ、ルミエナの後をつけていた。

 さすがにプライベートにまで干渉するのはやり過ぎではないかと個人的に思うのだが……。


「一体何に使うのかしらね。楽しみだわ。あ、そこ右に曲がったわよ」


 普段であれば調査を俺に任せてギルドで留守番しているであろう我が上司が、自ら尾行をする程に乗り気な様子を見せられては止めることも出来ない。上司の意向や命令は絶対なのだ。

 俺に出来るのはただただ可愛い後輩が、自らの名誉やイメージを崩してしまうような給与の使い方をしないことを祈るのみ。


「……段々と人気のないところに向かってるわね」


 そんな俺の祈りとは裏腹に、人で賑わう中央広場からどんどん遠ざかるように移動を続けるルミエナ。

 気が付けばなんとも治安の悪そうなところまで来てしまっていた。たまにすれ違う人物の身なりや据わった目でこちらをジッと睨みつけるような行動からも、あまり長居はしたくない場所だ。


「ルミエナの家ってこの辺りなのか?」


「いいえ。全くの反対方向よ」


 ……どうにも雲行きが怪しい。一体この辺りに何の用事があるのだろうか。


「っと、ストップだ」


 ルミエナを追いかけ、裏路地に入ろうとした手前で足を止める。

 裏路地には入らず、顔だけを出してファルと二人で覗き込む。視線の先には三人組の男が道を塞ぐように座り込んで駄弁っている。


「え、えと……」


 どう見ても柄が良いとは言えない三人組に話しかけるルミエナ。


「あん? ……ってなんだ。ポンコツ根暗魔術師じゃねえか」


 どうやら知り合いらしいが……あまり友好的な様子ではないな。


「オメー、わざわざ来たってことは、ちゃんと持ってきたんだろうな?」


「あ、はい。持ってきました」


「はん。期限ギリギリってところか」

 

 給料の入った袋を差し出すなり、一人の男がまるでひったくるように袋を取った。



「……あの子、実は駄目な男に貢いじゃうタイプなのかしら」


「いやどう見ても何か事情があるって感じだろ」


 一連の流れを見てファルがとても失礼なことを言い出したので否定しておく。まぁ雰囲気を見る限り、その事情ってヤツも楽しいものではないのは明らかだが。



「おい足りねえじゃねえか」


「え? そ、そんなはずは……だって全部で1万ルピドですよね?」


 ……ルミエナの手取りはそんなにあったのか。

 ってあれ? それって俺の基本給より高くないか……?

 ちらりとファルの様子を伺ってみる。素知らぬ顔をしていた。

 まぁ人件費はギリギリまで削るって言ってたもんな。辞められる可能性を少しでも低くするためにルミエナの待遇を良くするというのは理にかなっている。


「何言ってんだオメー。そりゃこの前までの金額だ。今日まで支払いを待ってやったんだから延滞料金としてもう1万もってこいや」


「そ、そんな…………は、払えません……」


「いいからつべこべ言わずに持って来いや――!」


 そう言って男が腕を振り上げた瞬間、俺は飛び出していた。

 そして男が腕を振り下ろす前に、その腕を掴み。


「そこまでだ」


「……は? て、てめえ! いつの間に!」


 声を荒げ態度こそ強気なものの、突如現れた俺に驚いているのがよくわかる。


「は、離しやがれ!」


 と言いながらもう片方の手で殴りかかってくる男。

 言われた通りに離してやる。ただし、ただ離すだけだと面白くないので。


「あ、あれ……消えた……?」


 ついさっきまで俺がいた場所を空殴りしてからようやく俺がその場にいないことに気が付き、戸惑いながら左右を確認する男。


「どこを見ている。俺はここだぞ」


「どわあっ!?」


 そんな男の背後から声を掛けてやると、飛び上がるほど驚いてくれた。

 ……やばいこれ超楽しい。めっちゃ強キャラ感出せてる気がする。


「い、いとーさん!? ど、どーしてここに……」


「た、たまたま仕事で通りがかってな。猫を探してたんだ。そう猫を」


 まさかつけていたとは言えず咄嗟に嘘をつく。

 迷い猫探しも依頼の中にあったのでおそらくバレることはないだろう。


「イトーってまさかあの……リースと引き分けたっていうあのイトーか!?」


「それってまさか不眠不死の二つ名を持つ……あの……!?」


 俺の名を聞いて他の二人の男が驚く。

 というかなんだその変な二つ名。由来がなんとなく予想できるけどあまり格好良くはない。


「……び、ビビるんじゃねえよ。こっちはこのポンコツ根暗魔術師に至って正当な請求をしてるだけなんだ。部外者は引っ込んでろよ。頼むから」


 殴りかかってきた男が明らかに俺に対して警戒心マックスな様子を見せながら言う。

 ルミエナはポンコツ魔術師ではないし、延滞金で倍額というのはあまり正当な請求にも見えない。部外者と言われようが、可愛い後輩の為にお節介させて貰おう。


「なんでこいつらに金を渡す必要があるんだ?」


「それは……あたしが以前ここのギルドに働いてるときに……ミスしちゃって……」


 以前の、ということはこの三人はルミエナの元同僚か。

 それでミスをして金を請求されているということ損害賠償になるわけだから……。



「それは払わないといけないな!」



 労働過程の過失において第三者に損害を与えた場合、日本の企業の多くは懲戒処分やその仕事の担当から外すだとかの人事的措置が取られることが一般的ではある。

 が、形式的な民事責任論で考えると、故意や過失で損害を与えた場合、損害賠償責任を負うのは普通のことなのだ。

 勿論普通であれば労働契約にこの民事責任論を適用することはない。会社が得た利益を全て労働者に還元することはないからだ。要は「利益は会社のモノだが、賠償責任は労働者が被れ」と言っているのと同じでとても不公平な条件で働くことになってしまう。

 故に、結局普通であれば労働者が損害賠償を支払う義務はない、ということになる。

 けれど、けれどもだ。

 会社の為を思うなら、会社に全てを捧げている身であれば、自分のミスで起きてしまった損害は自分で責任を取るというのも至って普通の考えではないだろうか、と社畜精神に侵されている俺は思ってしまうのだ。


「へぇオメー結構話せるじゃねーか。その通りコイツが魔物との戦闘中にトチりやがってよ。お陰で仲間の一人が怪我しちまったのよ。この金はその慰謝料って訳だ」


「なるほどなるほど。それは尚更払わないと――」




「そういう事情なら別に払う義務はないわよ」




 男と謎の絆で結ばれかかった時、ファルが俺の言葉を遮るようにして現れた。


「次から次へと……なんなんだテメェは」


「魔物との戦いに危険は付き物よ。だからギルド運営法にも『魔物との戦闘で負った負傷はいかなる理由、場合においても従業員にその負担を強いてはならない』と書かれているもの。治療費や慰謝料はむしろギルドが払う義務があるのよ」


 男の発言……というよりも存在すらも気にした様子もなくファルが言う。

 にしてもなんと恐ろしい法律だ。雇われる側が有利すぎる。ホワイト企業だらけなのも頷ける。ともあれ法で決まっている上に上司がそう言っているのであれば。


「そうだぞ。ルミエナが賠償金を払う義理なんてないぞ」


「テメェさっきっと言ってることが違わねえか!?」


 俺個人としては払わなければいけないとは思うのだが、上司の意見に反対する訳にはいかない。許せ、出会い方が違えば友になれたかもしれない男よ。


「とにかく貴方達のギルドマスターと話をさせて頂戴。これ以上うちの大事な従業員に余計なちょっかいかけないように話をつけておきたいわ」


「へぇ。新参風情が歴史ある<魔狩りの鎖>のギルドマスターである俺に話をつけるだと? はっ、随分と生意気な口を叩きやがるな」


 ルミエナを殴ろうとしたり俺を殴ろうとしたりしたこの男がギルドマスター……。なんというかファルに比べてオーラとか知性とかカリスマ性というのが感じられない。きっとコイツは小物だ。

 ただギルド名は求人票で見たことのあるな……確か魔物討伐の依頼をメインにしている中堅ギルドだったと記憶している。


「あら、場合によってはこっちが代わりに賠償金を払ってもいいと言ってるのだけれど」


 「場合によっては」というのはおそらく罠だ。余程のことがない限りファルは払わないだろう。万が一払わざるをえない状況になったとしても「私」ではなく「こっち」という表現を使っている辺り、どちらにせよ自身の懐を痛めるつもりはないと見てもいいだろう。さすが我が上司。


「ボス、払ってくれるって言ってやすぜ?」


「そうだな……いいだろう。話を聞いてやる」


 払ってもいいと払うでは大きな隔たりがあるのだが気付いていないようだ。

 ……はてさて、ファルは向こうのギルドマスターとどう交渉するつもりなのだろうか。


「あ、あの……あたしなんかの為にそこまでして頂く訳には……」


「イーノレカはアットホームなギルドよ。家族とも言えるギルドメンバーが困っていたら力になるのは当然のことじゃない」


「ふぁ……ふぁるさん……!」


 ルミエナが感動に打ち震えている。

 だが彼女はやがて知るだろう。

 『家族が困っていたら力になるのは当然』この言葉は大抵俺達従業員に向けて襲ってくるものであると。家族が困っているなら給料カットでも超過残業でも無茶ぶりな仕事でも我慢しなければならない。それこそがアットホームな職場の真の姿なのである。


「で、でも大丈夫でしょうか……そんな大金……」


「心配するな。ファルのことだ。上手くやってくれるさ」


 何か策があるからこそ相手との交渉を望んだのだろう。

 ならば俺達はファルを信じ、報告を待つだけだ――。





 で、信じて待った結果。


「向こうと勝負することになったから」


 ……どうしてそうなった。


「いい機会だから今後のギルド付き合いを考えてこっちが上だってことを証明しておきたいのよね」


 おそらく最初からこれが目的だったのだろう。交渉が自分の思い通りにいったらしく、とても機嫌が良さそうだ。


「ちなみに負けた場合、今回の勝負の件を含めた賠償額を結構多めに払わないといけないから――わかってるわよね?」


 家族の為にも負けることは許されない。そんな気持ちにさせる脅しのような強い口調。


 イーノレカはとても、本当に、アットホームなギルドです。

働いているのに損害賠償を請求されて借金を背負ってしまう不思議な蟻地獄があるらしいですね。



来週からしばらくの間、金土の二回更新でやっていこうと思います。

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