25話 研修合宿その1
ロイヤルブラッドが所有する合宿場。街から馬車で二時間ほど、人里離れたところにある宿泊施設。周囲には準備無しで踏み込めばすぐに迷いそうなほどの深い森と山(これもロイヤルブラッドの所有地)があり、ロイヤルブラッドの面々はここで訓練を行うのが恒例行事となっているらしい。
そしてこの合宿場で訓練、もとい研修合宿が始まる本日。初日。
「よし、みんな三人組を作ったみたいだな」
この研修合宿に参加しているロイヤルブラッドのメンバー、冒険者ランクD~Fまでの比較的実力も経験も浅い総勢30名。それぞれが10組に分かれたのを見て声に出す。
慣例に倣うのであれば山や森での戦闘訓練を兼ねた野生動物の駆除。長期遠征を想定したサバイバル生活などを行うらしいのだが、俺が講師として招かれた以上普通はありえない。
むしろ普通を求められているのであれば、俺を講師として招いた意味がない。
なので俺は、研修生達に向かって。
「今からあなた達には――穴掘りをして貰います」
おそらくこの世界では普通ではないであろう研修内容を口にした。
――で、何故俺がロイヤルブラッドの研修に講師として参加しているのか。
その理由は昨日にまで遡る。
□
「面白い依頼が来てるわよ」
そう言ってファルが差し出してきた依頼書。俺とルミエナが二人して覗き込む。
「……講師のお願い、ですか?」
「そ、イトーをご指名よ」
ロイヤルブラッドが行っている研修合宿。そこに特別講師として俺を招きたいという依頼内容。依頼人はシエラ・ルクセンベール。ギルドマスター直々のご依頼だ。
「……なんで俺なんだ?」
「先日のリースとの一戦が原因ね。貴方仕事に対する想いがナントカって言ってたでしょう? その辺りのことを詳しく知りたいそうよ」
「あぁ……」
先日行ったリースとの模擬戦。依頼を達成できず、その上一つの仕事にのめり込み過ぎてファルの手を煩わせてしまったりと俺自身色々と反省するべきものが多かった苦い出来事であったが、シエラさんの興味を惹くぐらいの成果はあったようだ。
「それで受けるのか? この依頼」
「受けるわよ。ライバルを助けることになるのは気に食わないけれど、報奨金が破格なのよね」
報酬欄を見てみると確かに破格だった。具体的に言えば細々とした依頼を十日ぐらい駆け回ってこなすより、この二泊三日の研修に講師として参加する方が稼げるぐらい。
「え? でもこの合宿って明日からですよね? 今抱えてるお仕事はどうするんですか?」
「イトーの留守中は貴方に頑張って貰うことになるけど、とりあえず急ぎの仕事だけは今日中に二人で片付けて貰うことになるわね」
「とりあえず今日はこれだけ絶対に終わらせなさい」と依頼をまとめたリストを手渡された。先程の依頼書と同じように二人で見てみる。
「これぐらいなら楽勝だな」「む、無理ですこんな沢山」
「え?」「えっ?」
予想しなかった反応にルミエナを見る。するとルミエナも俺の反応が予想外だったのか顔を見合わせる形となった。
「いやいや楽勝だろ。例えば護衛依頼とか時間が決まっているのを最優先にして、空いている時間に薬草採取とかを持ってくれば遅れることなく消化出来る」
「えと、それでもこれまでのペースから考えたら……朝までかかっちゃうので……だから寝ずにお仕事しない限りは無理……だと思います」
「そうだな」
「えっ?」
「え?」
再び顔を見合わせる。
どうにも意見というか意識の食い違いがあるらしい――って、ああそうか。
「そういえばルミエナは大残業はしたことなかったな」
「言われてみればそうだったわね」
無遅刻無欠勤なルミエナだが、基本的に日付が変わる前には帰宅している。真面目で頑張り屋の勤務態度からいつもいるようなイメージを持ってしまっていたが、よくよく考えてみれば夜中から明け方にかけての仕事は基本的に俺一人でやってるんだった。
「いい機会だしそろそろ経験させておこうと思うんだが……」
「そうね。イトーの影響もそれなりに受けてきた頃だろうし許可するわ」
「……え、えとそれって……もしかして寝ないで働けってことですか……?」
不安そうに、まるで何かの間違いであって欲しいとでもいうかのように、伺うような、確認するように尋ねてくる。
「大丈夫だ」
そんなルミエナの不安や疑問を一気に解消する為に俺は。
「慣れれば二日寝ないぐらいの方が調子が良いって思えるぐらいになるさ――」
にやりと意地の悪い笑みを浮かべて言ったのだった。
□
――というのが昨日の出来事。
今朝方急ぎの仕事を終えたばかりの足で研修に参加し、講師として働いている。
ちなみにイーノレカの方はファルと一徹したルミエナが踏ん張ってくれていることだろう。
『穴掘り……?』
『穴なんか掘ってどうすんだ?』
予想通り戸惑いと疑問を口にする研修生達。
まだ講師が話している途中なのに口を開くのは褒められた行為ではないが注意するでもなく流しておく。今優先するべきなのは穴を掘って貰うこと。俺は所詮外部から招かれた講師で、しかも冒険者ランクは最低のFときたものだ。先日リースとの戦いでそれなりの力があると知ってもらえたお陰で一応指示は聞いて貰えているようだが、変に波風を立てる必要はない。
「方法は各自お任せします。今はただ穴を掘ってください」
仕事内容、全容を知っていればただ穴を掘るよりも意識を持って取り組むことは出来る。今回の場合であれば掘った穴を何に使うか知っているかいないかで仕上がりも、穴を掘る大きさも変わってくる。だから仕事の意味を知ることは悪いことではない。むしろ良いことだ。
だが今回行うこの穴掘りはどんな仕事だろうが、疑問を持とうが、ただ忠実に命令をこなせる人材を作ることを目的の一つとしている。だからただ穴を掘らせる。
『まぁ……掘るだけならいいか』
『先輩に聞いてたサバイバル生活よりはマシだもんな』
各々がそれぞれ穴掘りに向けて動き出した。
仕事内容に意味を求めず、疑問を抱かず、黙々と忠実に働く人材の育成を目的とした穴掘り研修。であるならば穴を掘る方法も指定するべきなのだが、俺は敢えて方法は各自に任せる方針を取った。当然このことにも理由がある。
作業風景を軽く見回ってみる。
多数のグループはこれみよがしに置いてあったスコップを手に、三人同時に掘り進めている。
だがしかし、一グループだけスコップを持たずに何かをしようとしているグループがあった。他の二人には見覚えはないが一人には見覚えがある。あのチャラ男のような風貌はカマセイ君だ。
「いつでもいいぞ」「こっちも準備出来ている」
「じゃいくッスよ――アースインパクト!」
カマセイ君が地面に向かって魔術を放つ。
すると衝撃で土が周囲へと飛び散――ろうとしたところを残りの二人が防御系の魔術障壁を展開し、周囲や術者へ跳ねるのを防いだ。
「お、結構掘れたッスね。零距離用に組んだ魔術なんで威力には期待してなかったんスけど」
「これなら十分だな」「ガンガンやってこーぜ!」
一瞬で周囲のグループがスコップで掘り進めたものよりも数倍深い穴が出来た。当然それを見て気付いた他のグループ達も一旦手を止め、それぞれ話し合い始めた。
これこそが俺の狙い。
『仕事の内容に意味や疑問は求めるな――けれども効率化に関しては頭を使え』
俺が前世で穴掘り研修をした時に、講師から言われた言葉だ。
ちなみに俺のグループは何故かショベルカーの作業免許を持っている人がいたので、講師を通してなぜか敷地内にあったマイクロショベルカーを借りて掘り、見事社長から直々にお褒めの言葉を賜った。(曰く穴掘り研修の一貫として用意しておいたものらしい)
とにかくどうやれば効率良く仕事がこなせるかということもこの研修で考えて欲しかったのだ。そうでなければわざわざグループを作ってまで行動の選択肢を増やすことなどしない。
そして俺の狙い通り、効率化に気が付くグループが出てきてくれた。これで目的の半分は達成出来たと言ってもいいだろう。あとはもう半分を達成すれば穴掘り研修は終了だ。
「――みなさんある程度掘れたみたいですね」
穴の深さ広さに違いは大小あれど、この辺りが妥当だと感じた俺は作業を一旦中止するように促した。
「それではその穴を――元通りに埋めて下さい」
『……は……?』
『え? 埋めるって……なんで?』
疑問、戸惑いの声が挙がる。中には怒りをはらんだ声もある。
ただ理由もわからずに掘れと言われ、やっとの思いで掘った穴を今度は埋めろと言われる。理不尽な話だ。怒りを覚えるのも当然と言える。
「もう一度言います。元通りに埋めて下さい」
けれどここは譲れないライン。
仕事に疑問を抱かず、意味を求めず、忠実にこなす人材を作るために必要なステップ。
掘って埋めて掘って埋めて――そんな単純ながら地味で意味のないことを一度やっておけば、他の誰かの役に立つ仕事、成果物が目に見える仕事などに極上な面白さとやりがいを感じられるようになる。研修生たちの今後の冒険者生活の為にもここは心を鬼にするところなのだ。
なので俺は――。
「ちなみに穴掘りが嫌な場合は――俺と模擬戦でもしましょうか」
そうにっこりと微笑んで、慣れない脅しをしてみるのだった。
□
研修初日の夜。
「腰いてえ……」
「動けねえ……」
「鬼……」
今日一日の研修が終わり、宿舎の部屋に着くなり倒れ込む研修生たち。
よほど疲れと俺への恨みが溜まっているようだ。
「でもイトーのアニキ半端ないッスね。オレ達以上に動いてたのにピンピンしてるじゃないッスか」
何故かアニキ呼びをしてくるカマセイ君。
俺だけ楽するのは忍びないという気持ちが限界に達し、途中から俺も穴掘りに参加した。結果としてはどのグループよりも成績が上だったが、それでも他の研修生のように倒れ込むほど動けないという程の疲労感はない。むしろこれからのことを考えると丁度いい準備運動になった。
「ってあれ、アニキどこいくんスか?」
「ちょっと動き足りなくてな。もう少し身体を動かしてる」
「ま、まじスか……」
「鬼……」
何故かドン引きされた空気を背に宿舎を後にする。
俺が向かう先は屋内訓練場。ギルドハウスに併設されたものよりは少し手狭に感じる会場。
そこには既に目的の人物が立っていた。
「もーおっそいよー。ボクを待たせるなんていーどきょーしてるねー」
両腰に短剣。背中に長剣と、準備万端なリースが愛嬌を感じさせる笑みを浮かべる。
「それじゃーはじめよっか?」
「ああ、よろしく頼む」
最低限の言葉によるやり取りの後、お互い構える。
ここからは――俺が研修を受ける時間だ。




