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22話 リース対策案

 前世のことだ。

 俺が新人だった頃、仕事に追われているのを見て竹中さんがこう言った。


『伊藤、キツイなら周りを頼れ。なんなら俺でもいいぞ』


 とても嬉しい言葉だった。

 しかしこれは俺に与えられた仕事。自分でやらなければと思っていた俺は。


『すみません。甘える訳にはいきませんので……』


 せっかく気を遣ってくれたというのに考えることもせず断ってしまった。

 しかしそんな態度を取ってしまったにも関わらず竹中さんは気にした様子もなく。


『あのな伊藤。お前、甘えるってどういうことだと思っている?』


『え? えっと……人の力を借りることだと思います』


『いいや違うぞ。人の力を借りることが甘えだというのなら、世の中の人間みんな甘えていることになる』


 一体どういうことなのだろうか。竹中さんは何を言いたいのだろうか。というより喋ってる暇すらも惜しいのに。早く仕事に戻りたいのに……と、当時の俺はそんなことを思っていた。


『自分でやるべきことまで人に任せることを甘え、自分では出来ないことを人に任せることを頼ると言うんだ』


『はい。ですので私も甘えるわけにはいかないと……』


 量は多いものの仕事自体は難しいものではない。それを人にやって貰うのは甘え以外の何者でもない。


『ならそれ、全部期日までに終わるか? 別の新しい仕事も来るんだぞ?』


『そ、それは……わかりませんがやってみます』


 サビ残、最悪泊まり込みでギリギリなんとかといったところだろうか。

 ただ別の仕事を重ねられると足が出そうなぐらいに切羽詰まっている状態だったので、返事の歯切れも悪くなってしまう。


『お前のその責任感には好感が持てるが、間に合いませんでしたじゃ仕事出来ない側の人間になっちまうぞ』


 厳しい言葉だが正論だ。

 仕事には結果が求められる。頑張った、努力はしたでは通じない。


『いいか伊藤これだけはよく覚えておけ』


 その後の、竹中さんの言葉はよく覚えている。胸に、心に刻み込まれていると言ってもいい。



『一人の力には限界がある。周りを頼ることを覚えろ。そうすれば仕事の成果も効率も、段違いに上がるぞ』



 甘えるではなく、頼る。難しい仕事、手間のかかる仕事なら周りを頼る。

 そうすればきっとどんな仕事だって上手くこなせる。


 だから俺はリースに勝つために、周りの力を頼ることにした――。





「き、昨日頼まれた魔術陣完成しました……」


 早朝。

 いつもより青白い顔色をして出勤してきたルミエナが、朗報を持ってきてくれた。


「……貴方大丈夫? 今にも倒れそうだけれど」


「だ、だいじょぶです……ちょっと寝てないだけで……」


 いつも通りの仕事量(他ギルドと比べたらやたらと多いらしい)に加えて、就業時間後に魔術陣の構築。普段から夜中もサビ残している俺と違って耐性のないルミエナにはキツかったと思う。なのにキッチリと仕上げてくる辺り、本当によく出来た後輩だ。


「ありがとう。これで勝機が見えた」


 打倒リースの為に俺が描いた絵では魔術の力が必要不可欠。

 しかし基礎すらほとんど理解出来ていない俺では魔術陣の構築は不可能。そこで出来る者、ルミエナを頼らせて貰ったという訳だ。


「じゃあ早速どんな魔術なのかを確認――ってあれ、二つあるぞ?」


 俺が頼んでいた魔術は一つだけ。なのに魔術陣が描かれた紙がそれぞれ二枚ある。


「えと……イトーさんのお願いですから魔術陣をあげるのはいいんですけど、ちゃんと正しく使って貰うためにちょっとテストします。これでもあたし、魔術師の端くれですから」


 なるほど。魔術師の矜恃というヤツか。

 いつものようなおどおどしたようなものではなく、加えて徹夜明けでフラフラなのにも関わらず、はっきりとした口調で言うルミエナから強い意思を感じ取れる。


「わかった。テストを受けさせてくれ」


 断れる立場でもなければ、断る理由も意思もない。

 自分の商売道具とも言えるべき魔術を明け渡す決断をしてくれたルミエナに俺は全力で応えたい。


「一つは一般的に知られている魔術陣で、何の変哲もない、何の面白みもない、何の凄さもない退屈な魔術陣です」


 そう言いながら魔術陣の描かれた二枚の紙を横に並べるルミエナ。

 見比べてみるがどの辺りが退屈なのか以前に、超上級者向けの間違い探しの問題のように似ているのでどこがどう違うのかすらもわからない。


「もう一つはあたしがイトーさんの為に、あたしが寝ずに頑張って頑張ってイトーさんの為に頑張って頑張って頑張って頑張って頑張ってふらふらになりながらも構築した魔術陣です」


 言葉の節々から凄いプレッシャーを感じるぞ……。


「この二つの魔術陣の違い、わかりますか?」


 全くわからなかった。

 強いていうのであれば片方の魔術陣の右上の方にある棒の一本が2ミリぐらい短いのを見つけたぐらいだが、それが何を意味しているのかもわからない。


「わかりました。ではヒントです」


 ああ良かった。

 あとはどちらも火に関連する魔術ってことぐらいしかわからなかったからな。


「どちらも火に関係する魔術です」


 俺が唯一わかってたところがヒントで答えられちゃったんだけど!? 某クイズ番組の四択問題で二択に絞ってくれるヒント使ったら「これとこれはないな」って思ってた二つの選択肢が削られただけみたいになってんだけど!?


「……もしかしてわからないですか?」


 くっ。こうなればもう勘でいくしかない。けど当てずっぽうだということを悟られない為に、それらしい理由を付けないと。


「こっちだな」


 右側の魔術陣を指差す。ちらりとルミエナの表情を伺うが、変化はない。


「なんというかあっちは量産型ってだけあって無機質って感じがするね。愛が足りないよ愛が。こんな無味乾燥な魔術陣じゃゴブリンの一匹も倒せないね!」


 よし、これだけ言っておけばルミエナの頑張りに応えることが――。


「……………………無味乾燥……」


 …………。

 ……。

 ま……。

 間違えちまったー!?

 ど、どうする? 指差す方を間違えたとでも言うか? いやでもさすがにそれは苦しい――。


「ふ、ふへへぇ……さすがイトーさんです。ちゃんと伝わってました」


 俺が心の中で葛藤を繰り広げていると、突然ルミエナがだらしなく口元を歪ませた。

 この反応を見る限り……正解、だったのか。良かった。マジで良かった。焦った。


「えっとでもいいんですか? あたし程度が作った魔術陣じゃ当てても大した威力にはならないですけど……」


「ちゃんと注文通りに構築してくれたんだろ?」


「は、はい。それはしましたけど」


「なら大丈夫だ。俺の知る限りルミエナは一番の魔術師だからな」


 一緒に仕事をしてきて分かったがルミエナの魔術知識は他の冒険者と比べても非常に高い。にも関わらずEランクに甘んじていたり、いまいち自分に自信が持てないのは本人の性格やこれまでの仕事環境によるものだろう。その辺りの問題もいつか俺が先輩としてなんとかしてやりたい。


「――で、話は終わったかしら? そろそろ今日の仕事を始めて欲しいのだけれど」


「ああすまん。じゃあルミエナは休んでいてくれ。今日の仕事は俺が全部やっておく」


「はいー……助かりますー……」


 よほど眠いのか返事の言葉が間延びしている。

 ルミエナに頼ってしまった分、今日の仕事分ぐらいは俺に頼って貰おう。


「何言ってるのよ。今日は護衛の仕事がメインだから二人一組で行動よ」


「なにっ」「えっ」


 イーノレカの所属冒険者は俺とルミエナのみ。俺が二人分働くことは出来ても、物理的な意味で二人必要な仕事の肩代わりは出来ない訳だから――。


「……すまん」


「ひ、ひぃぃ……寝たいー眠たいー」


「駄目よ。以前教えたでしょう? 上司の命令は?」


「ぜ、ぜったい…………です」


「そうよ。ならわかるわよね?」


「…………し、しごと…………させていただきます」


 順調にルミエナの社畜化が進んでいる……恐ろしい上司だ。

 せめてもの罪滅ぼしとしていつも以上にフォローさせて貰おう。


「それとイトー」


「ん?」


 依頼を確認して現場へ向かおうとした矢先、呼び止められる。


「リースとの模擬戦だけど、仕事である以上負けは許されないわよ?」


「……おう、大丈夫だ」


 正確に言えば今、その言葉で大丈夫になった。

 仕事でもあり、後輩の力を頼り、上司からの厳命もあった。

 これで負けること、失敗することは想像出来ないし許されないしありえない。


「俺はきっちりと仕事をこなす」


 なのでとりあえず今は護衛の依頼からこなしていくとしよう。

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