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21話 Aランク冒険者

 Cランク相当の戦闘能力があるらしいカマセイ君を一撃で沈め、山賊が殺すつもりで振り下ろした斧を背中で受け止めても致命傷にはならず、その他様々な経験から考えるに俺は相当強いのだと思う。

 だからAランク冒険者が相手でもなんとかなるんじゃないか。もしかしたら勝てるかもしれない。そうなったら大きな宣伝になる。


 ――なんて思っていた俺が浅はかだった。



 ロイヤルブラッドのギルドホームに併設された訓練場。

 その入口まで来た俺は、中で繰り広げられている光景を見てすぐに引き返したくなった。


「くそっ……」


「つ、強すぎる……」


 そこら中に倒れている人、人、人、人、人。

 ざっと見た感じ二十人以上はいるであろう誰もが立ち上がることすら難しいほどにボロボロだ。

 しかし、その中に一人だけ悠然と立っている少女の姿があった。



「もー、みんな弱っちいなー。そんなんじゃDランクぐらいで冒険者人生終えちゃうよ?」



 地に伏した人達を眺めながらつまらないとばかりに言い放つ少女。

 背はルミエナより少し大きいぐらいだろうか、一般的に見れば小柄。肩ぐらいまでのショートカットの髪。前髪からぴょこっと飛び出た特徴的なアホ毛。幼さの中に、どこか小悪魔的な可愛さのある顔立ち。

 ……広告に描かれた肖像画と一致する。

 この少女こそがAランク冒険者のリース・ハルーイン。16歳。

 単独でオーガを倒したことを切っ掛けに、多くのA級B級魔物を討伐した実績から特例でAランクまで駆け上がった真の天才冒険者。

 外見からは普通の少女にしか見えないが……。



「やられっぱなしじゃ……終われないッスよ」



 少し離れたところで誰かがよろよろと立ち上がる姿が見えた。

 あのチャラ男のような風貌は……カマセイ君か!


「アースバインド!」


 カマセイ君の拘束魔術がリースに向かって発動した。

 死角である背後からの組込魔術。不意をついた形。完全に決まっている。これでリースはしばらくの間行動不能となる。


「およ? まだ動ける人いたんだ」


 ……はずなのに、何事もなかったかのように振り向くリース。


「え……な、なんで動けるんスか……アースバインドが完全に入ったのに……」


「んーボクが強くてキミが弱いからかなっ」


 愛嬌を感じさせる笑みを浮かべつつ答える。

 一方でカマセイ君は茫然自失といった表情だ。


「そんなことよりキミ、そのボロボロな身体じゃここまで来るのも大変でしょ? だからボクからそっちに行ってあげるねっ。んーボクってやさしー」


「え、いや、その遠慮――」


「はいとーちゃくっと」


 ――それはまさに瞬きする間ほどの出来事だった。

 まるで瞬間移動のように一瞬でカマセイ君の背後へと回ったかと思うと。


「それじゃ、おやすみなさーい」


 無防備なカマセイ君の背中を軽い調子で蹴ると。


「ぶぼぁっ!?」


 まるでバトル漫画のようにカマセイ君が吹っ飛んで、壁に叩きつけられた。

ズルズルと崩れ落ちるカマセイ君。白目を向いて気絶していた。


「んーちょっと強くしすぎたかなー……ま、いっかー」


 …………。

 ……。

 ………………あかん。これあかんやつや。思わず普段使いもしない関西弁でそう思ってしまうぐらいあかんやつだ。

 山賊の一撃に耐えただとか、カマセイ君をワンパンで沈めたとかで得意気になっていた俺が敵うような相手じゃない。

 あの子は戦闘民族だ。バトル漫画に出てくるような人種だ。住む世界が違う人だ。

 俺は今からあの子にボコられに行かなければならないのか……仕事なのに気が重い。

 しかし仕事は仕事。きっちりこなさなければならない頑張れ俺。


「失礼します。私<イーノレカ>のイトーと申します」


 意を決して訓練場へと足を踏み入れ自己紹介。


「おお? キミがイトー君かー」


 先程のような瞬間移動じみた速度ではなく、トコトコと近付いてくるリース。

 そしてクリクリした瞳で無遠慮に俺をジロジロと見ると。


「……なんか顔色悪いよ? だいじょーぶ?」


 何故か心配されてしまった。


「大丈夫です。これは生まれつきのものなので」


「そかそか。じゃー遠慮なくぼっこぼこにできるねっ」


 明るい笑顔でやたらと物騒な事を言う少女。俺もカマセイ君のようにふっ飛ばされるのかと思うといくら仕事とはいえ気が気ではない。


「ボクってさ、ほら可愛いじゃん?」


 首を若干傾けながら、人差し指を頬にあててあざといポーズを取るリース。

 物騒な発言や実力に目を瞑れば確かに可愛い少女にしか見えない。


「だからさー酒場みたいなおっさんくさい店の宣伝なんかに使われちゃったらボクの可愛いイメージが台無しになっちゃうんだよねー」


「誠に申し訳ございませんでした」


 前世で何度もやってきた謝罪の礼。

 ミスキャストをしてしまったのは俺の責任だ。リースという人物のことをよく知らないまま広告に起用してしまった。広告としての成果はあったが出演者に不満を抱かせてしまったのは広告屋としてあるまじき失態。


「うんうんわかってくれればいーんだよ。じゃ、あの広告ってヤツ取り下げてよね?」


「それは……違約金を払って頂ければすぐにでも取り下げますが」


「えー? 勝手に使っておいてお金とるのー?」


「と申されましても、シエラさんとはそのように契約を交わしていますので」


 広告を取り下げるにも費用がかかるし、各方面に影響も出る。

 もしもの時の為に違約金を契約に盛りこんでおいたのだが早速出番があるとは。


「んーじゃあ我慢しよーかな。ボクの知らないところで勝手に決まったことにお金払うのはなんか嫌だし」


「恐れ入ります」


 どうやら丸く収まってくれたようだ。さすがホワイト企業だらけの異世界。クレーマー気質な人が少なくてホッとする。


「でもその代わり」


 気が付いた時にはさっきまで目の前にいたはずのリースがいなかった。



「依頼通りにキミのこと――ぼっこぼこにしちゃおっと」



「がはっ――!?」


 背後から声が聞こえたかと思った瞬間に訪れた背中への衝撃。

 たまらず膝をついた時にようやく攻撃されたのだと理解出来た。


「おぉ? 吹っ飛ばすつもりで蹴ったんだけど、もしかしてキミって結構強い?」


「じ、自分では……わからないです……ね……」


 すぐには立ち上がれない程の激痛。

 山賊の片手斧による一撃よりも、リースのただの蹴りの方が遥かにダメージが上だ。

 ……これがAランク冒険者の力なのか。


「んーすぐに壊れないならこのままやっちゃうのは勿体無いなー…………あ、そーだ!」


 未だに立ち上がれない俺のすぐ傍にしゃがみ込んで顔を覗き込んでくるリース。


「三日後にうちで公開訓練があるんだけどさ、そこでボクと模擬戦しない?」


「公開訓練……ですか」


「うん。ボク達ギルドメンバーの力をお客さん達に知ってもらうために定期的にやってるんだー。そこでボクとやろーよ」


 つまり観客の前で俺をいたぶりたい、ということか……いい性格している。


「その依頼を受ける場合、依頼内容の変更ということで別料金を頂くことになりますが」


「うんうんいいよいいよ。ばーんと払っちゃうっ」


 どうあがいても負ける未来しか見えないが、相手はAランクでこちらはFランク。負けたところでイーノレカの評判が落ちることはないだろう。

 そう考えればただボコボコにされるだけの簡単な仕事だ。


「わかりました。ではその依頼――」



「――受けなくて構いませんわよ」



 凛とした声が響いた。

 続いて背中の激痛が和らいでいくのを感じる。この感じは……回復魔術か。


「ありがとうございます」


 魔術のお陰で立ち上がれる程にはなったので、振り向いて回復魔術の主にお礼を言う。


「お礼を言われる資格はありませんわ。うちのリースの不手際ですもの」


 声から予想した通り、そこにいたのは相変わらず派手な赤マントのシエラさんだった。


「げー……マスターがなんでここに……」


「それはこっちの台詞ですわよ。あなたには別の仕事を割り振っていましたわよね?」


 少しだけバツの悪そうな表情をしたリースに、シエラが厳しい視線を送る。


「いやーだって雑魚狩って素材集める仕事なんて面倒じゃんかー」


 なっ……。

 も、もしかして仕事をサボったのか……?

 なんて恐ろしく勿体無いことを!


「それと公開訓練でAランクのあなたがFランクのイトーさんと模擬戦だなんて、ギルドの品格を下げるような行動は慎みなさい」


 ……なんかナチュラルに見下された発言をされたような気がする。

 まぁ客観的に見ても間違いでもなんでもないので否定はしないでおこう。


「えー? だって元はと言えばマスターが勝手に広告ってやつにボクを使うことおっけーしちゃったのが悪いんだよ?」


「その件についてはわたくしの落ち度ということで何度も謝罪した筈ですわ」


 なっ……!

 頭を下げただって!?

 大規模ギルドのマスターが、ただのギルドメンバーに!?


「でもボク許してないよ? だからとりあえず変な話持ってきたげんきょーを懲らしめよーと思って」


 なっ……!?

 しかも許していないだと!?

 上司が! トップが! 部下に! 頭を下げたのに! 許していないだと……!


「ですからそのような行動が品格を下げると――」


「えー? ボクの行動に制限つけるのー? なんか息苦しいなーやだなー。こんな息苦しいギルド辞めちゃおっかなー」


「そ、それは……困りますわ」


「だよねー? いっちばん稼いでるボクに辞められちゃうと困るもんね? だったらどーすればいいのかわかるでしょ?」


 加えて上司を脅す真似まで……!

 上司が白と言えば黒でも白と答えなければならないし、場合によっては白に塗り替えなくてはならないのが部下というものなのに……。

 仕事をサボり、上司の命令に背き、上司の謝罪も受け入れない。

 こんなこと、ありえない。

 こんなこと――俺が認めてはいけない。



「大丈夫ですシエラさん。俺はこの依頼を受けます」



「そーこなくっちゃっ」


「イトーさん……」


 ウキウキした様子のリースと、申し訳無さそうな表情を浮かべるシエラさん。

 二人は状況に流されて依頼を受けたと思っているかもしれない。

 だが、俺の目的は別にある。たった今、出来た目的だ。


「ただ依頼に関して一つ、こちらから条件を出させて下さい」


「あんまり変なのじゃなかったらいいよー」


 変じゃなかったら、か。

 おそらくこの世界の人達にとっては変な条件だと思うだろうが……。



「依頼達成条件に『イトーがリースに勝つこと』と付け加えてください」



「えっ?」「ほへっ?」


 条件を伝えた途端、二人がきょとんとした表情になった。

 それほど予想しなかった内容だったのだろう。


「えーとそれって……キミがボクに勝たなきゃ依頼失敗になるってこと?」


 まだ理解が追いついていないのか、確認するように聞かれたので頷いて答える。


「……その条件にどんな意味がありますの?」


 まぁ普通疑問に思うよな。

 ゲームの縛りプレイならともかく、わざわざ自分で仕事を難しくしようなんて奴はおそらくこの世界では珍しいと思う。


「当然のことですが、俺はリースよりも弱いです」


 目で捉えきれないほどの速さ。たった一撃で動けなくなるほどの攻撃。この二点だけでも俺に勝算はない……が、それはただ普通に戦った場合の話。



「ですが――仕事でリースに勝てと言われれば、俺は勝ちます」



 どんな無理な状況でも、ベストとまではいかなくともベターを選んでこなしていくのが仕事だ。

 前世でもそろそろ日付が変わるって頃なのにどう考えても一日がかりの仕事を三件持ってこられたりしたことも多々あったが、そんな状況も全て乗り越えてきた。

 仕事であれば、俺はしっかりとベターな結果を出す。


「……本当にボクに勝てると思ってるの? ちょっと蹴られただけで無様に這いつくばってたキミが?」


「はい。それが仕事なら何としてでも勝ちます」


「そっかそっか。じゃあそこまで言うならボクの一撃に耐えてみてよ。そしたらそのふざけた条件で依頼出してあげるからさ」


 ――耐えられるハズがない。そんな心の声を隠そうともしない態度。

 しかしリースには悪いがその言葉を口にした時点で、もう結果は決まっている。


「わかりました。ではどうぞ」


「それじゃー身の程を知りながら――気絶してるといいよっ!」


 相変わらず目では捉えきれないほどのスピード。避けるどころかガードすらも間に合わない。

 でもそれでいい。

 この場はただ耐えるだけでいい。


「ぐぅっ――!?」


 先ほどより強い衝撃が、今度は腹部を襲う。

 けれど俺は崩れ落ちない。痛みをこらえ踏みとどまり前を向く。


「嘘……」


「な、なんで……さっきより強く蹴ったのに……」


「……耐えなきゃ仕事貰えないですから」


 耐えれば仕事を貰える。その理由だけで耐えられる。

 仮に耐えられない程のダメージでも、なんとしてでも耐える。


「意味わかんないし、答えになってない気がするんだけどー……」


「ええ。今のままではわからないのも無理はないです」


 仕事を投げ出し、上司すらもないがしろにしているような、不良社員では。

 だから俺が教える。仕事に対する姿勢、熱意、責任、情熱。その全てを。


「けど安心してください。きっと理解できますよ――俺に負ける頃には」


 FランクとAランク。

 埋めることの出来ない実力差を『仕事だから』という理由で埋めてみせることによって――。

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