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20話 酒場再生計画その3

 所属冒険者が100名を超えるギルド<ロイヤルブラッド>

 この街にあるギルドの所属人数平均が20人前後であることからもその巨大さは歴然。弱小ギルドの俺達と比べるのは失礼に値するぐらい格が違う。

 なので弱小の俺達から業務提携の話を持ちかけたところで――。



「お断りしますわ」



 と、一蹴されるのは当たり前のことである。




 ロイヤルブラッドのギルドハウス。

門から建物の玄関までの距離が離れていて、間の庭には噴水があるというお金持ちや貴族にありがちな豪邸といった建物。

 その応接室に通された俺達はシエラさんに広告起用の話を持ちかけてみたのだが、説明を終える前からお断りされてしまった。


「話は済んだわね。帰るわよ」


「いやいや、まだ話は終わっていない。もう少しだけ待ってくれ」


 即座に帰ろうとするファルをなんとか押しとどめる。俺もロイヤルブラッドに思うところ(仕事取りすぎこっちにも寄越せ)はあるが今回は仕事で来ている。我慢する場面だ。


「この話にはちゃんとメリットもあります」


「メリット? あなた方の仕事を手伝うことに?」


 これまでの経緯から考えて例え頭を下げたとしてもシエラさんは首を縦に振らないだろう。だがロイヤルブラッドにとっても有益な話であれば別。俺達が憎いとしてもギルドの益を優先してくれる筈だ。


「一つは金銭です。広告料としてそちらにいくらかお支払いします」


 まずは目に見えてわかりやすいメリットの説明から。

 依頼主である酒場の店主からは報酬金の他に酒場再生の為の予算を頂いている。この予算内で広告を作ったりスペースを確保していくことになる。スペースについては既に主要な場所での契約は済んでいて、後は広告の作成分を取っておけばいいだけなので、残りを広告出演代としてロイヤルブラッドに支払う計画だ。


「こちらが広告への出演料としてお支払いする金額です」


 俺の思っていた通りこの世界の人達は広告の価値をあまり理解していなかった。お陰でどこもタダ同然で広告掲載契約を結べたので、それなりの金額を充てることが出来た。


「……確かに美味しい話ですけれど、この程度の金額なら別に断っても痛くありませんわね」


 さすがはロイヤルブラッド。

 俺達なら迷わず受け取るであろう金額でもあちらにとっては端金らしい。

 だがこれ以上出演料に割く予算はない……となれば。


「広告はそちらの所属冒険者、リースさんを全面に押し出したデザイン案で通すつもりです。その広告が街の各所で見られるようになった場合、ロイヤルブラッドへの宣伝効果も期待できます」


第二のメリット。ロイヤルブラッドの顔とも言えるべきAランク冒険者の肖像画が街の各所に配置される。広告の全くないこの街では大いに目立つことだろう。


「……ちょっと。私達が宣伝しないといけないのは酒場なのよ? なんで金髪の助けになるようなことしなくちゃいけないのよ」


 ファルが不満そうな視線を送る。

 確かにこの広告戦略が想定通りの結果を出せば、ただでさえ強力なロイヤルブラッドを更に勢い付かせることになる一方でこちらは依頼報酬を受け取るだけ。割に合わないかもしれない。

 けれどこれは仕事。


「一番に考えなきゃいけないのは酒場の宣伝だ。だからここは一番影響力のあるロイヤルブラッドの力を使うのが最も効率的なんだ」


 別に満点を目指している訳ではないが、打てる手を打たない程手を抜くことはしたくない。

 それにもし仮に広告塔を見た目だけはお嬢様風なファルにして<イーノレカ>への広告効果があったとしても、今の規模では受けられる依頼種にも量にも限界がある。

 土台が固まっていないのに広告を打つのは逆効果でしかない。まともな応対が出来ないとせっかく広告効果で来店してくれた客を逃がすことになってしまう。

 自分たちだけで益を独占しようとするよりも、分け合えるところは分け合う方が結果的に上手くいく……なんてことは意外と多いものだ。


「出演料に宣伝効果……そう聞くと悪い話ではありませんわね」


 ロイヤルブラッドにとってはただ出演の許可を出すだけで金が手に入り、勝手に宣伝までしてくれる。こんな美味い話、そうはないだろう……が、美味い話には裏があるように、メリットだけではなくデメリットもある。


「ですがもし酒場の評判が悪かった場合、そちらにも何らかの悪影響が出てしまう可能性があります」


 日本でも出演芸能人にスキャンダルがあった場合には企業側のイメージも巻き添えでダウンし、逆に企業側に何か問題があれば出演芸能人のイメージもダウンしてしまっていた。

 お互いの益になることもあれば一方の過失で双方共にダメージを負うこともある。こちら側から管理が出来ない分、外部との提携はリスクも大きい。


「あら? 良いのかしら、不利になるようなことを仰って」


「仕事には正直でいたいと思ってますから」


 と綺麗事を言ったものの狙いは別にある。

 ブラック企業特有の求人ワードの穴をすぐに見破ったシエラさんのことだ。広告出演に対してのリスクもすぐに気付くだろう。もしかしたら既に気付いているのかもしれない。

 しかし敢えて先にデメリットを告げることで、こちらの誠実さをアピールするのと――。


「ご安心下さい。宣伝対象の酒場には他店の上を行く接客技術を身に付けて貰いましたので」


 評判の良い店にするための対策を既に講じていると知ってもらうのが狙いだ。

 酒場でファルやルミエナにした、隅々まで行き届いた接客方法をシエラさんにも説明する。


「……なるほど。お話を聞く限り、乗らない手はありませんわね。勿論実際に接客のレベルがどんなものなのかを視察させて頂きますけれど」


「では視察の結果次第では交渉成立、ですかね」


「ええ。リースさんは目立つのが好きな方なのできっと今回のお話は喜びますわ」


 シエラさんと握手を交わす。

 この広告戦略が上手く行けば酒場の客は増え、俺達の依頼も達成でき、目立ちたがり屋らしいリースさんとやらも満足のいく結果となることだろう。



                  □



 広告掲載から数日後。

 従業員の手が足りないからと依頼で俺がフロアスタッフとして駆り出される時もあるほどに、酒場は賑わいを見せていた。想像以上の成果があったということで報酬の上乗せまであったほどだ。

 全てが上手くいっている。成功だ。


 ……と思っていたのだが。



「ちょっとイトー、あなたリースにボコボコにされて来なさい」



 いきなりファルにそんな物騒なことを言われ、理由を尋ねると依頼書を渡された。

 内容を見てみる。


『勝手に人を宣伝に使うなんていい度胸してる! あと酒場の宣伝ってのが気に入らない! ボクの築き上げてきた可愛いイメージが台無し! ボコボコにしないと気が済まないからロイヤルブラッドの訓練施設まで来い!』


 という感じのことが書かれてあった。なるほど仕事か。

 ボコボコにされるだけの簡単な仕事か。

 そうか。



 ……こんな仕事でも仕事だから嬉しいと思ってしまう俺はもう戻れないところまで来ているのかもしれない。

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